忍者ブログ

ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

愚者の贈り物

SS『愚者の贈り物』
互いの正体を知った後の話。


 黄昏に染まる世界に、白と黒の対照的な影が二つ、佇んでいた。
 体型のわかりにくい衣を着込み、黒い霧で身を隠す者と、道化じみてはいるがスマートな衣装に身を包む男。二名が立つのは燃えるような色に浸された草原だ。
 吹きつける風の涼しさがいささか不釣り合いな光景だった。
「ねえミスト」
 呼びかけられた者は微かに顔を動かし、傍らの男に視線を向けた。
 相手は仮面を装着している。壊されたものとは別の、笑みを刻んだ貌。両目の下には赤と青の水滴が描かれている。
 鎌を手にした姿は恐ろしい死神以外の何者でもないが、ミストと呼ばれた人物の視線に恐怖は感じられない。
「キミって結構重いよね」
 唐突な台詞に、ミストの眼光がほんの少し細くなる。人間や魔族の姿をしていれば、訝しげな表情をしているだろう。
 疑問に応えるかのように、死神は言葉を付け足した。
「全体的に、さ」
「……どこがだ」
 霧の名を持つ者は己の体を見下ろして呟いた。肉体を持たぬ真の姿を知っている相手にそう言われても、納得できるはずがない。
「フフッ、そうじゃないって。キミの体についてとやかく言うつもりはないよ。……仕事には活かすけどね」
 肩をすくめる死神の言葉は嘘を言っているようには聞こえない。職務に役立つ要素を除けば、相手の正体にこだわっていないのは事実だろう。
 凝視するミストに、ああ、と気づいたように手を叩く。
「キミは違うか」
 相手が偽りの生命体か。鍛えられる体を持っているか否か。
 ミストにとっては関心を向けずにはいられない事柄だ。
「キル……」
 思わず漏れた呟きに動揺がにじんでいた。
 友人の正体を知らされた時の衝撃を思い出し、眼光が翳る。己と正反対のはずの相手が、とても近い境遇にいたのだから。

 内心を見抜いたかのように、死神――キルは答えを口にする。
「ピロロの明かした情報はホントだよ。……でも全てじゃない」
 目を見開くかのように眼光が丸くなった相手に、死神は淡々と説明する。
 機械仕掛けの人形であることは事実だが、普段は自動で動くため禁呪法生命体に近い。
 身体の大半が機械で構成されている分、必要な魔力は少なくて済むが、ピロロが本体であることに変わりはない。ピロロの方を本物のキルバーンと呼んでも差し支えないだろう。
「問題もあるんだよねェ。何だと思う?」
 見当もつかないと言いたげに黙り込んだ友人に、キルバーンは秘密を打ち明けるとは思えないあっさりとした口調で答えを告げた。
「中途半端なんだ。人格が」
 偽りとはいえ生命を与えられた存在と、燃料としてわずかな魔力を注がれただけの違いから生じるのだろう。
 フレイザードは作られて間もないとはいえ、確固たる人格があった。人格に歴史が無いという悩みを抱えていても、思考は成熟していた。
 死神は違う。
「たまに……境界が曖昧になるのさ。ピロロの考えがボクの口から出たりね」
 一個の人格と呼べるほどではない意識に作成者の意思が流れ込み、代弁者と化す。
 周囲に違和感を抱かせぬよう、そんな時は人形は黙り、代わりにピロロが喋るようになった。腹話術師と、人形のように。
 瞬時に切り替える様は滑らかで、もはや当人にも継ぎ目がわからないかもしれない。
 ピロロの感情が心を埋めることもなく、遠く感じるだけだ。
 死神が子供のような言動を見せるのも必然かもしれない。子供じみた口調の本体に時折自我が塗り潰されながら――またある時は完全なる人形となって時間が経過したのだから。
 長い年月を生きていると思わせる知識や判断力と、無邪気な残酷さを併せ持つこととなった。

 年月の中で情報が蓄積され、人形となる頻度はある程度おさまったものの、どこかにふわふわとした感覚が漂っていた。
 どこまでが己のものかわからない心には虚無が広がっている。
「相手の嘆きや絶望の眼差しが。とどめを刺して、それを終わらせる瞬間だけが。……空っぽの器を満たしてくれる」
 悲痛な叫びとそれを断ち切る音が、がらんどうの心を震わせる。
 己が死神だという実感によって、曖昧な意識が形を得る。
 それは同時に、血塗られた遊戯の時間が終わることを告げていた。
 死に様が美しいと感嘆しても、玩具で遊んだ程度しか心には――否、機械仕掛けの身体には残らない。
 そうして形を成した輪郭もまた溶けてしまう。
「バーン様を前にしたボクの態度に感心したって言っていたけれど、それも当然かもしれないね」
 己は死の神なのだという自負の裏に、滅びからは遠い身だという確信の奥に、壊れても大差は無いという投げやりな気持ちがあった。
 それでは恐怖を覚えるはずもない。
 シャボン玉のような心に映るのは、ゆらゆらと揺れる頼りない光景。
 重さが感じられない世界では、全身に流れる熱い液体も虚しいだけだ。心の温度を知らしめるのだから。
 己への嫌悪は無い。
 この身、この心だからこそ楽しみもある。使い魔のような生活は気楽なものだ。
 友と同じようになりたいとも望まない。
 不確かな身でありながら手ごたえを得て、重い何かを抱えて進んでいく――それはそれで別の楽しみがあるだろうが、面倒なことも多いだろう。

「キミから少しは伝わってくる気がするけどね」
「私は、お前の望むものを与えてはいないだろう」
 嘆きも絶望も、死神に対して向けたことはない。当然、葬られることで死の神という感覚も与えていない。
 伝わってくるものの中身をそう解釈したミストの台詞に、キルは首を横に振って否定した。
「そういう意味じゃないよ。……キミにつられるってこと」
 ますます不思議そうな友人に、キルバーンは笑みを漏らす。
 霧の名を持つ者と出会ってから、他者という弦があって成り立つ楽器は調子よく音を響かせてきた。
 ここまで反響したのは初めてかもしれない。
 その源は友の正体にあるのかもしれない。
 暗黒闘気生命体――どす黒い思念の集合体ゆえに、零れる感情が絶望を欲する心身に沁みるのか。
 自我など持てずともおかしくない身体で己を保っている相手が、感情を向けてくるからか。
 どちらにせよ、初めての体験だった。
「……昔のボクのままなら、怖いなんて思わなかっただろうねぇ。ムカつくアバン君に知らされたのは癪だけど」
 ミストにも心当たりがあったのか、少しだけ目を伏せる。
(遥か昔は、私も――)
 軽くてたまらない体でいつ終わるともしれない彷徨を続ける生に、執着は持たなかっただろう。
 気の合う友人との一時を楽しむ心境にもなれなかった。
 年月の彼方に思いを馳せようとした彼を、友人の声が引き戻した。
「それで、どうするのかな?」
 何を言いたいのかわからず目を瞬かせたミストに、死神は意地の悪い口調で問う。
「ボクは人形だよ。……キミの嫌いな」
 偽りの生命。
 彼が嫌悪する、鍛え強くなれない身体の持ち主。
 夜の迫った空間に沈黙が降りる。

 世界が薄闇に閉ざされる頃、ミストは口を開いた。
「私は……それでも、友情を感じる。会話していて楽しかったことに変わりはない……!」
 率直な言葉に返ってきたのは、この上なく簡潔な反応だった。
「エッ?」
「えっ」
 大魔王の部下でも特に恐れられる者達のやり取りとは思えない、間の抜けた空気が漂った。
 闇色の霧の下で口をぽかんと開けている姿が容易に想像でき、キルは噴き出した。
「何言ってるの?」
 正気を疑うような口ぶりに、ミストは身を強張らせたようだった。
「……お前は違うのだな……」
 わずかに俯いた友人に、死神は笑いながら手をひらひらと振ってみせる。
「気を悪くしないでくれたまえ。驚いただけさ」
 友情を肯定すること自体は予想の範疇だった。
「まさかあれほど……ねぇ」
 咳払いしてから鎌をくるくると回す。
「暗殺を前提にした付き合いなのに、そう言われると困っちゃうよ。悪い気はしないけど」
 心から言っているのかどうか判別するのは難しい。友人の真意は、腹の読み合いや探り合いに秀でていないミストには掴みきれない。
「……そうか」
 淡々と答えたミストにキルバーンは溜息を一つ吐き、呆れをにじませながら呟く。
「ボクは例外ってワケかい」
「最初からそうだろう」
 主を殺すと宣言した者に友情を感じることも。
 努力して強くなった者を嘲笑う相手に好意を抱き続けることも。
 普通ならば、ありえない。
 例外と言える要素が一つ増えただけだ。
 特別だと告げているも同然の台詞にも、キルバーンは動じない。
「わりと重いキミを楽々受け止めるバーン様って器広いよね。ウフフッ」
「何を今更」
 愉快そうに笑う死神に対し、答える声には呆れが混ざっている。
 己の命を狙う死神を部下にする時点で、酔狂という域を超えている。
 友情が育つ土壌を与えた主の計らいに想いを馳せ、ミストは眼光鋭く死神を見つめる。
「お前が望むものは与えてやれん」
 彼の真の絶望。魂の奥から生まれる嘆き。
 それは、主を喪うこと。
 死神が己の役目を果たす時だ。
 闘気以外の攻撃を受け付けない体質上、死神は主の方を仕留めようとするだろう。
「許すわけにはいかぬ……!」
 己の使命にかけて。信頼され、任されたこの身にかけて。
「『はいあげる』なんて差し出されることを期待しちゃいないよ。勝手に手に入れるから」
 死神は身を震わせ、小さく笑う。主を殺すという物騒な宣言をしているとは思えない姿だ。
「……お前の正体についてとやかく言うつもりはない。それは私も同じこと」
「仕事に活かすのも同じ。そう言いたいんだね?」
 会話の内容と相手の正体をいちいち結びつける気はないが、主を守るための行動に関しては別だ。黒の核晶が仕込まれているとわかっていれば、それを念頭に置いて動く。
 真剣な眼差しに対し、キルは否定するように指を振ってみせる。
「トリックのバレた手品をいつまでも続けるほど、ネタに困っちゃいないよ」
 細められた眼光に怯えるでもなく、死神は鷹揚に両手を広げた。
「きっと驚くだろうなァ」
 観客の喝采を期待する手品師のように、指をゆっくりと折り曲げながら笑う。

(その時は――)
 死神の目が遠くを見つめた。
 友から望むものを得た時のことを考える。
 心に湧き上がるのは、人間が「恐れ」と呼ぶ感情かもしれない。現在己に危機が迫ってはいないのだが、アバンに追い詰められた時の切迫した気分と似ている。
 友を喪うのが怖い――などと考えはしない。
 そんな人間のような感性は持ち合わせていない。眼の前の友人とは違うのだ。
 どれほど気が合う相手だろうと、親しみを込めつつ、心の痛みを感じず殺せる。
「キミは違うよね?」
 相手に聞こえぬようこっそりと、半ば心の中で呟く。
 敵や道具、ただの障害だと理性では理解しながらも、割り切れないまま切り捨てるだろう。
 今までそうしてきたように。
 尊敬する男を自らの手で葬ろうとしたように。
(『尊敬はしてるけど邪魔だから殺すよ、バイバイ』で済ませることはできない。……ホント、難儀な性格)
 泥濘の中に自ら身を進めるような行為を、死神は幾度も見てきた。
 わざわざ進みづらい道を選んでいるようにしか見えない歩みを。
「……愚かな、とても愚かな友達」
 相手に届かぬ呟きには、どこか厳かな響きが宿っていた。
 愚者であるがゆえに、死神に見えぬものを見て、死神がこれから先も知ることのできないことを知っているのだろう。

 己に向けられている呟きを知らず、ミストは質問を投げかける。
「最近は実感を得られていないようだが……適当に獲物を狩らぬのか?」
「ボクにとって暗殺は仕事。その過程で楽しさを味わう。……それだけ」
 目に映る相手を片っ端から殺しにかかるわけではない。それではただの殺戮者だ。
 残酷でも、気まぐれでも、神を自称するからには最低限のルールが必要だろう。心からの忠誠を捧げる性格でもないのに、長年主に従っているのはそのためだ。
(神――)
 何となく繰り返した死神の脳裏に、魔界の神と呼ばれる男の顔が浮かんだ。
 彼にとっては、いずれ仕留めるべき標的――それだけだ。
 従っているのは自分の主の命令にすぎず、器が大きいとは思うが心酔はしていない。
 友人にとっては違う。世界そのものと評しても過言ではないだろう。
 それを壊されれば、おそらく彼は“死ぬ”。
 守り抜いてきたという誇りを奪えば、数千年の歩みの重さを“殺す”ことができる。
 魔界最強の王と影を葬った時、真に死の神だと実感できるかもしれない。
 飢餓と呼ぶにはあまりに曖昧な感覚も消えるかもしれない。
 恐ろしいのは、その後だ。
 友人からの最後の贈り物はさぞ甘美で、刺激的だろう。
 自分の命が喪われる狼狽や恐怖を眺めるのは楽しいが、守りたい相手を死なせた者の絶望はそれを上回る。
 精神が強ければ強いほど、折れた時の音はよく響く。
 愚か者の嘆きと、それを絶つ感触は、どんな美酒より己を酔わせることだろう。
 それでも再びぼんやりとした渇きが襲ってくれば、それからの日々は――。
「……軽いなぁ」
 調子よく響いていた楽器は、以前よりも音が鳴らなくなるかもしれない。
 贈物が呪いと化して、蝕んでいくかのように。
「重いのか軽いのかはっきりしろ……」
 訝しげな友人の台詞に、死神は笑みの仮面で応えた。

拍手

PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

最新記事

(09/16)
(09/09)
(09/02)
(08/26)
(08/26)

リンク