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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

Intimate Feelings

SS『Intimate Feelings』


 鋭い声が、鞭のごとく老魔族の身を打った。
 背の低い魔族の手足は枯れた木を思わせる。
 魔軍司令補佐に任命された彼の名はザボエラといった。
 対面するのは、彼の上司たる男。新たに魔軍司令に任ぜられたミストバーンは、ザボエラとは対照的に、喜ぶ様子は一切見せなかった。
 主である大魔王バーンの危機を救ったザボエラに対し、男の視線も舌鋒も鋭い。
 彼は煮えたぎる感情のままに指を突きつけ、宣告する。
 裏切れば殺すと。

 紫電のような空気を纏う影の男に、黒い衣装の者がゆらりと歩み寄る。
「怖い顔」
 大魔王の懐刀――それも殺気立っている時に喋りかけるなど命知らずな行為だが、彼は臆さない。
「話したところでムカつくだけなら放っておきなよ。あの手合いは何を言ったところで聞きやしない」
 嘆かわしげに肩をすくめたのち、死神は顔を近づけ、囁きかける。
「警告は最低限で。……疑わしい動きを見せた瞬間に、首を刎ねればいい」
 影の返答はない。
 無言の首肯すら行わない。
 言うまでもないと告げているかのように。
「合わない相手の言うことなんて聞き流しちゃえばいいんだよ」
 影は反論せずに立っている。
 ごまをする言葉に耳を傾ける必要はないと思いながら、無視できない。
 魔族には、幾つもの道があった。
 魔王軍の実力者も一目置くほどの魔力や技術など、確かな力を備えていたのだから。
 栄達を望むのならば、研鑽を積み、魔法の技能を磨き上げる地道な努力こそが一番の近道になっただろう。
 一人で敵を蹴散らすのが厳しければ、仲間と連携し、援護すればいい。危険を他人に押し付け見返りを己の物にするのではなく、どちらも分担する形で。
 直接戦う者と同等の地位や名声は得難いが、研究や開発に専念するのも立派な道だ。
 大魔王は強力な軍団を欲している。
 単身で敵をなぎ倒す猛者だけでなく、数をもって押し潰す雑兵も必要としている。
 研究の成果を他の軍団に提供し、魔王軍全体の戦力の底上げを成功させれば、評価されただろう。

「よりによって……」
 溜息混じりに一言だけ呟いたのは、半ば無意識の行動だ。
 様々な道があるのに、魔族が選んだのは、ミストバーンにとって最も見たくないものだった。
 彼が怒った理由は、尊敬する戦士を卑下されただけではない。
 今まで従っていた相手を売り渡し、新たな上司に媚を売る姿勢が原因だった。
 次から次へと寄生先を変え、生き長らえる。強者に縋りつき、自分のものではない力を得意顔で振りかざしながら。
 その姿勢は、彼のよく知る忌まわしい姿と重なって見えた。
 遠い境遇でありながらわざわざ近づこうとする相手に、苛立ちを覚えずにはいられない。
 あまつさえ、戦うために命を削り、血に塗れ、涙を流した戦士を嘲笑する様は、不快の一言に尽きた。
 鏡像が動き出し、己に向かって唾を吐いてきた気分だ。
 近い生き方をする者が、己とはかけ離れた思考を披露し、理想を侮辱したのだから。

 不穏な気配を漂わせる友人に、キルバーンは軽い口調で提案する。
「釘刺したらしばらくは大人しくするだろうから、雑用でもさせれば? キミから見たら大した力はないだろうし」
「力はある」
 淡々と返答したミストバーンは、一拍おいて言葉を付け足した。
「あのハドラーをも拘束し、バーン様の命を救ったのだ」
「なるほどねぇ」
 死神の相槌には苦笑がにじんでいた。
 あの、という箇所に力が込められているように聞こえたからだ。
「そこそこ使えるとは思ってるんだ?」
「掃除道具にはなるだろう」
 嫌悪感を催す性格だろうと、能力まで否定するつもりはない。
 大魔王の役に立っているのは事実だ。
 何の役にも立たなければ、脅しに留めず処刑してしまったかもしれない。
「……ボクは?」
 キルバーンはくるりと指を回転させ、己を指した。
 唐突な行動にミストバーンは目を瞬かせる。
「キミとって駒になるのかい?」
 付け足す口調は深刻なものではない。
 目の前の男は、大魔王以外の存在全てを駒や道具と見なせる。
 例外はないと知りながらあえて問うた行為に、深い意味はない。
 ミストバーンもさほど考え込まずに答えた。
「得難い駒だ」
「へえ?」
「友と思える相手などそうおらん」
 いつでも切り捨られる対象に友情を抱き続ける。矛盾しているようだが、彼にとってはおかしくない行為だ。
 さらりと言い放ったミストバーンは魔界の彼方を眺めるように視線を動かす。
「それに……お前の本来の主は冥竜王だ」
 彼の真の主は、大魔王バーンと同格の冥竜王ヴェルザー。その使者であるキルバーンは、大魔王と対等に近い立場にある。
 ミストバーンが死神を葬ったとしても、駒として始末したと言いきれるか怪しい。
 キルバーンが口を開こうとしたところで、ミストバーンが言葉を発した。
「道具として大人しく処分されるお前でもないだろう。何をしでかすか分からんからな、お前は……」
 しみじみとした口調にキルバーンは呆れをにじませる。
「ちょっと、危険物扱い?」
「ひどーい!」
「……間違ってはいないけど」
 抗議する使い魔を宥めつつ、キルバーンは笑った。

 いつしか肌を刺すような空気は霧散している。
 機嫌が直った様子の友人に、死神は軽く切り出した。
「ハドラー君は?」
「訊かずとも分かるだろう。お前ならば」
「まあね」
 キルバーンはすんなり頷いたものの、返答を待つ。
 わずかな沈黙の後、答えが吐き出された。
「道具として扱った。それが全てだ」
「フフッ……キミって結構分かりやすいよね」
 予想外だと言いたげにミストバーンは目を瞬かせる。
 表情の読めぬ容貌と、沈黙。彼が何を考え、どんな反応を示すか、予想できる者はそう多くないはずだ。
 説明を待つかのように黙っている友人に、キルバーンは言葉を並べていく。
「そのまま返してるからさ。あの謎の特技に似てるっていうか……ホラ、増幅して撃ち返すやつ」
 道具として利用しようとする者は切り捨て、寝首をかこうとする者は踏みにじる。
 弟子とは互いに忌まわしい過去の象徴と見なし、相手を消し去ろうとしている。
 悪意には悪意を。
 敵意には敵意を。
 殺意には殺意を。
 覗く者の心を映す鏡のように。
 跳ね返すのは、どす黒い感情だけではない。
 肯定に忠誠を。
 期待に献身を。
 幾星霜もの間、捧げ続けてきた。

「もちろん毎回そうってわけじゃないけど。バーン様絡みだと全然違うし――」
 主君の顔に泥を塗ったという理由で敵意を向けていない人物に斬りかかったように、同一の感情をそのまま返すとは限らない。
 最たる例は、彼が始末しようとした男だ。
 彼がどんな感情を抱き、向けてきたにせよ、同じもので応えなかった。驚愕と苦渋を味わわせ、死を以って終わらせようとした。
「どちらが先にぶつけたか分からなかったり、ね」
 続けた言葉にミストバーンが思い浮かべた人物は、やはり同じ。
 影の男の行動に誠意を見出し、熱さを感じたハドラー。
 その中には、自身の熱も含まれていたかもしれない。
 彼が闘志を燃やし、真摯に頼み込んだからこそ、ミストバーンは時間稼ぎを引き受けたのだから。
 恐怖に凍え、竦みきった心のままでは、暗黒の奥にある焔にも気づけなかっただろう。
 どこまでが、どちらの熱か。
 判然としないが、未だに闇の中に熱は残っている。
 どれほど時が経とうと、ハドラーを侮辱されれば鮮やかに怒りが燃え上がるだろう。
 自ら断ち切ったというのに、心の奥の感情は消えそうにない。
 消し去るつもりも、なかった。

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