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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

Tendi la mano

SS『Tendi la mano』
※バーンに肉体を返還した後、仮の器でミストが戦う。



「お返しいたします。あなた様の肉体を」
 最強の肉体を主に返却した影はその場にいる者達、陸戦騎ラーハルト、大勇者アバン、武闘家マァムを睥睨した。
 長年守り続けてきた秘密が白日の下に晒され、数千年の間預かってきた身体を返した。背負ってきた役職名は以前の名――ミストに戻り、沈黙の仮面も剥がれ落ちた。
 大魔王の全盛期の肉体という最高の器を返したことで、最大の武器は失われた。
 それでも彼は戦いをやめるわけにはいかない。アバンが張った結界により、部屋からの撤退は不可能となった。
 何より、心の柱が逃亡を許さない。
 この場の敵を始末し、一刻も早く主の元へ向かわねばならない。
 大魔王の計画の邪魔はさせない。主が夢を叶える瞬間を見届けることが、彼の望みでもあるのだから。
「来たれ」
 黒い手を伸ばすと、空間が捻じ曲げられるような感覚とともに一つの体が出現した。身体を返還した時のために用意していた予備の器だ。
 屈強な体躯の肌の色や、尖った耳から魔族だとわかる。瞼は閉ざされ、眠りに落ちているかのように安らかな表情だ。
 アバンが攻撃するより早く無数の帯を伸ばし、体内に潜り込んでいく。
 さほど時間がたたないうちに額に装飾品のような黒い影が現れた。短時間で憑依が完了したのだ。抵抗なく乗っ取るためにあらかじめ意識を絶っていたのだろう。
 ミストが手に力を込め、解き放つ。
 三人がそれぞれの武器を構え、迎え撃った。

 魔族は強かった。
 膂力や敏捷性など身体能力はもちろんのこと、魔力も高い。繰り出される技も、呪文も、暗黒闘気も、強力だ。
 それでも三人にはわかる。ミストバーンには遠く及ばないと。
 秘薬や呪法を用いて寿命を延ばしただけで、凍れる時間の秘法のようにあらゆる干渉を受け付けぬ術をかけたわけではない。
 暗黒闘気も完全には発揮できない。
 並の相手ならばともかく、地上の戦士たちの中でも手練の三人では厳しい戦いを強いられることとなった。
 ラーハルトは敏捷性が極めて高く、残像を生みだすほどの速さで移動、攻撃することができる。マァムは生物が相手ならば一撃必殺となる閃華裂光拳を繰り出せるため隙を見せるわけにはいかない。アバンは直接的な戦闘力は他の二人に劣るものの、仲間の動きを把握して的確に援護する。
 ラーハルトが超人的な速度で撹乱しつつ槍を突き出し、マァムが作り出した隙をついてアバンが攻める。
 陸戦騎の槍が魔族の身体を、大勇者の闘気が内側の本体を抉り切り裂く。
 一度に相手をしなければ勝てたかもしれないが、高い実力を誇る戦士が巧みな連携によって攻めてくるのだ。今の身体を捨てて新たな器に入ろうとしても、その隙を見逃しはしないだろう。
 防戦一方のミストの表情に焦りが募る。
「そこだっ!」
 閃光が走り、得物が魔族の右腕を貫き壁に縫いとめた。何らかの術がかけられているのか、左手で掴んでも抜けない。傷口が広がるのも気にせず右腕を動かそうとするが、果たせない。
 動きを封じられたミストへ、ラーハルトが冷然たる口調で告げた。
「しょせん借り物の強さだ」
「……その通りだ」
 否定しないミストにマァムは憐憫の眼差しを向け、アバンは穏やかに告げる。
「終わりだ」
 滅びが近づいていることを悟ったミストが無言で目を細める。
 このままでは葬られてしまう。虫のように踏みつぶされ消えてしまう。
 “改心”すれば、今までの思想を捨てると誓えば、生き延びることができるかもしれない。正義の名の下に戦う者達は、真情の込められた言葉を聞けば、罪を重ねた相手であっても許すだろう。

「……フン」
 ミストの答えは決まっている。
 主を裏切る真似などできるはずがない。己の存在する理由を否定して生きながらえても、自ら死を選ぶようなものだ。
 主と出会うまでは生きている実感を抱くこともなかった。
 己から切り離せない能力を忌み嫌いながら、永遠の闇の中を彷徨うのだろう。
 そう思っていた時に、言葉がかけられた。
『お前は余に仕える天命を持って生まれてきた』
 疎んでいた身体に意味があったことを知った日から世界が変わった。
 生きる理由を、誇りを、全てを与えられた。
 主と出会う前と後では、同じはずの長い時間もまったく異なっていた。
 その中で様々な強者と出会い、名を魂に刻んできた。

 ミストは右腕の付け根に手をかけた。
「私はあの男のように捨てることはできん」
 次の瞬間、マァムが手で口を覆った。
 彼が腕を握りつぶすようにして引きちぎったためだ。鮮血が噴き出し床を青く染める。
 ミストは壁に残された右腕に目もくれず、口元を血に染めながら笑う。部屋に張られた結界の影響か、再生速度は低下している。片腕を失ったまま戦おうとしているのだ。
「自分の腕を……!」
「私のものではない」
 ミストは冷静に返す。
 借り物でしかないと知っているからこそ、それに相応しい戦い方を選んだ。このままでは勝てないと悟ったのだから。
 自分の身体を持たぬ彼は、ハドラーのように生まれ持った身体を捨て、長く生きられる命を捨てて、強くなることはできない。
 預かってきた身体は絶対に守りぬかねばならない。勝利より、己の生命より優先すべきもの。
 それを捨てるなんてとんでもない、と言うだろう。
 今入っている身体も他人のものにすぎない。
 だが、ミストは覚悟を決めた眼差しで宣言した。
「私も捨てよう」
 魔族の全身から陽炎のように暗黒闘気が立ち上った。闘志も殺気も先ほどまでとは比べ物にならない。
 魔獣のような眼光が三人を射すくめる。殺気をほとばしらせながら襲いかかる姿は、野生の獣そのものだ。今の彼は手足をもがれようと、敵の喉笛を噛みちぎって殺そうとするだろう。

「ううっ!」
 吹き飛ばされ、叩きつけられたマァムが身を起こしながら尋ねた。
「どうしてそこまでして戦うの? バーンはあなたが滅んでも涙一つ流さないのに」
 激高するかと思いきや、ミストの返事は静かだった。
「それでいい」
 大魔王は、部下が役に立たなければ容赦なく切り捨てる。
 必要とされているのは能力だということも、知っている。
 もし彼がここで滅びても顧みることはない。心を痛めはしないだろう。
「それでいい!」
 自分の消滅が王の歩みを止める方が耐え難い。
 主が影に囚われるようなことがあってはならない。
 大魔王は振り返らず、眩しい光に照らされた道を進んでいく。それが影の望みでもあるのだから。
「私は……あのお方の道具なのだ」
 報酬や見返りを求めはしない。地位も名誉も最初からどうでもよかった。
 役に立つ存在であればいい。
 必要とされる存在でありたい。
 主の傍にあること。
 大魔王の影であること。
 それだけが望みだった。
 そのために、捨てた。
 体面を繕うことも忘れ、なりふり構わず勝ちに行く。
 すでに忌まわしい身体を晒した。今さら見栄に拘泥するのは滑稽だ。
 力を温存するという考えも捨てた。生命を擲つ覚悟がなければ、勝利し、生き延び、主の元へ赴くことはできない。

 捨て身の攻撃を繰り出すミストの気迫にマァムは呑まれ、ラーハルトも表情を緊迫したものに変えたが、アバンは冷静に空の技を放っていく。
 その中の一撃が、防御が疎かになっているミストに叩き込まれた。
「ぐっ!」
 苦痛の声が弾けた。
 本体を抉られ、もはや立っているだけでやっとだとわかる。
 倒れる力もなくしたかのように、今にも消えそうな呼吸を繰り返す彼はひたすら惨たらしく、目をそむけたくなる姿だった。
 息を吐き出すたびに血が口からこぼれ落ちる。
 蒼い血液が全身を染め上げ、滴り落ちた液体は床に染みを作っている。体中が切り裂かれ、突かれ、刻まれた布のようになっている。魔族の強靭な生命力を考えても生きているのが不思議なほどの傷だ。
 壮絶な眼光だけが生命の火がまだ消えていないことを示していた。
 ミストの意識は徐々に闇に沈みつつあった。己の身を削って暗黒闘気を使い続けたため、身体を操ることも難しくなっている。
 彼が現在考えているのはたった一つ。暗黒闘気の相性を極限まで高めた理想の器のことだった。
 その身体に入ればミストバーンに匹敵する暗黒闘気を振るい、もっと有利に戦いを進めることができる。
 時機を見計らったかのように登場する男は姿を見せない。
 ならばこの器で勝利を掴むしかない。
 なおも戦うミストへマァムが声を震わせながら問いかけた。
「どうして……?」
 少女の哀れみの眼も、問う声も、影には届かない。
 その先に安楽が無くてもかまわない。血塗られた道だろうと、どれほど深い闇の中だろうと、進んでいくことができる。
 全力を振り絞っても勝ち目の無い絶望的な戦い。
 食らいついているのは精神力のなせる業かもしれないが、それも終わりを迎えようとしている。

 最後の力を振り絞り、攻撃を繰り出そうとした影の意識に何かが引っかかった。
 千切れかけの不完全なものとはいえ、暗黒闘気の網に身体を捕えられたアバンは顔をこわばらせた。
 致命的な隙に鋭い爪が突き出される。
 その動きがわずかに鈍った。
 ほんの一瞬にも満たない間、あれほどみなぎっていた殺意が――あらゆる表情が抜け落ちた。
 敵を貫くため伸ばされていた指が曲がる。
 何かを掴もうとするかのように。

 アバンが振り返ると、そこには白銀の輝きを帯びた兵士と使徒の長兄がいた。
 ミストの口が動く。
 名を呟いた瞬間、空の技が彼の心臓を貫き、生命の火を消した。
 仮初めの器は唇にかすかな笑みを刻み、手を伸ばしかけたまま立っていた。
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