SS『氷の涙』
※原作前、バーンとミストの話。短め。
白銀の髪の魔族が豪奢な寝台に横たわっていた。肌は赤みを帯び、呼吸は浅く、速くなっている。
その枕元に立つ者は、黒い霧が凝集したような姿をしている。苦痛を代わりに背負えるならば喜んでそうするだろう。
回復呪文は通じないため、自然治癒に任せるしかない。
華やかな宮殿の主であり、静かに体を休めているのは魔界の頂点に立つ男――大魔王バーン。
傍らに控えているのは忠実なる部下ミストだ。
「分身体作成の……反動だろうな」
大魔王は限りなく永遠に近い生命を得るために己の体を二つに分けた。本体に魔力と叡智を残し、分身体に若さと力を込めたのだ。
自然の摂理を捻じ曲げる行為。
負担は大きく、高熱に冒されることとなった。
常に自分の意のままに動いた手足が、恐るべき力を持っている体が、重い。
なかなか熱が下がらず体力を消耗しているはずだが、眼光にはいささかの衰えも無い。
「望む光景を目にする代償ならば、安いものよ」
その目的は単に己の寿命を延ばすだけではない。
最も望むものを手に入れるためだ。
「バーン、様……」
己の力に絶大な自信を持つ彼にとって、体が思うように動かない状態ははがゆくてたまらないはずだ。しばらく動けぬ以上、今敵対勢力に襲撃されようものならば危ない。
だが、自身の安全に関して彼は不安を抱いていなかった。
すぐ傍にいる部下が絶対に己を守り抜くと確信しているためだ。
主の瞼が閉ざされ、意識が眠りの世界に落ちていくのをミストは静かに見守っていた。
少しでも主の苦痛を取り除くことができないか。
そう考えた彼は己の掌を見つめた。
主の額中央の目に触れないよう注意しながら、熱を帯びた貌にそっと当てる。
冷たい指が、頬をなぞった。