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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

Sorge il sole 第二十話

第二十話 願い、ひとつ



 金粉が太陽の光によって輝きながら舞い落ちる。
 消耗していながらも、動ける者は全て外に出て太陽の光を存分に浴びていた。魔族や魔物の中には荒れ果てた地面に寝そべって日光浴をする者もいた。
 メルルが誇らしげにポップを見つめ、微笑む。魔獣と化したダイ達が闇に閉ざされそうになっているのを視たのはメルルだった。それをミストから伝えられたポップが、ダイを助けるためにメドローアを放った。
「メルルとあんたのおかげだ。ありがとよ、ミスト」
 ポップは彼の体内に留まっているミストに礼を言った。力を使い果たしているのか返事は無い。
 疲れ切っているのはポップも同様だ。マホプラウスと天照呪文を同時に行使することは、消耗が激しいとはいえども元々できる。通信呪文もミストに魔力を分けるだけだからそこまで負担はない。
 しかし、メドローアを放つためには魔力を割き、神経を集中させる必要がある。二人分の意識があったからこそできたのだ。それがダイを力づけたのだとメルルから知らされ、ポップはひそかに胸を張っていた。
 反動で死人のような顔色になっているポップをマァムが気遣う。
「ポップ、寝てないと駄目よ」
「ダイが帰ってくるのに寝てられるわけないだろ? まだ常闇呪文の影響が残ってんのか、変な感じがするけどな」
 ポップは今回は膝枕も要求せず、空を眺めている。太陽の光をこれほど眩しく感じたのは初めてだ。パプニカの城もあちこちが破壊されているが、光に照らされる様は美しいと思える。

 金粉に包まれて影が降りてきた。
 ダイを迎えようとよろめきながらも飛び出したポップの口がぽかんと開いた。大魔王も一緒だ。それどころか、意識を失っているダイを抱えている。手を貸すことはないと思い込んでいたため予想外だった。
 大魔王の方もポップに気づき、ダイを落とした。慌てて抱きとめるがポップ自身もボロボロである。体重を支えきれずに倒れこんでしまった少年とは対照的に、バーンは優雅に降り立った。
「うぬごとき脆弱な小僧が、よくもあのような口をきけたものだ」
 ポップの背を冷や汗が伝う。希望を失いかけた二人に活を入れようとダイには励ましを、バーンには挑発を叩きつけたが、覚えているとは思わなかった。
 バーンは戦うつもりはないようだ。自身も酷く傷ついている。元は高級だったであろう服はズタズタに引き裂かれてボロ布以下になっており、大半は血液で染まっている。皮膚の至る所に傷があり、四肢と胸には武器が貫通した跡があった。特に胸の傷がひどく、傷口は焼かれた状態から再生していない。全身血まみれの凄絶な姿だ。
 大魔王にこれほど傷を負わせる相手とダイが戦っていたと知って、ポップの顔色がいっそう蒼くなった。完全に尽きた魔力を振り絞ってベホマを唱えようとしたが、予想に反して傷はそれほど深くないことに気づき、安堵のため息を漏らす。
 ダイの名を呼び、起こす。眼がゆっくりと開かれただけでポップの眼から涙があふれ出した。
「ここは……」
「地上だよ。お前が世界を守ったんだ。さすが勇者様だ!」
 乱暴に頭を撫で、こみ上げる感情のまま抱きしめる。
「おれが闇に飲み込まれそうになった時、ポップのメドローアで力が湧いたんだ。……ありがとう」
 ポップの顔面に滝のような勢いで涙と鼻水が流れ落ちた。マァムやクロコダインはすでにもらい泣きし、アバンはどこからともなくハンカチを取り出し、二人に渡している。ラーハルトは今すぐダイを手当したいという衝動と主の希望を優先しようという思いの間で葛藤しており、ヒムは戦友を思い出したのか温かく見守っている。
「おれ、あちこち怪我したはずなんだけど治ってる。ポップが治してくれたのか? 意識が薄れていく中で光に包まれて……誰かが傷を回復させたみたいだった」
「いや、おれの魔力はとっくに空っぽだ。竜の騎士だから治りが速いんじゃないか?」
 そう思ったが、強靭な肉体を持つ大魔王の傷は癒えていない。一体誰が、と頭をひねりかけたところで友情の場面に水を差したのは大魔王の言葉だった。
「ミストよ、そこにいるのだろう」
 それに応じ、ポップの体内から一筋の黒い煙が出てきた。ポップは思わず息を止めた。ミストの姿は腕一本分ほどに小さく縮み、薄れ、今にも消えてしまいそうだ。
「バーン様……共に戦えず、申し訳ありません」
 声もかすれ、囁くような大きさだ。存在を維持するだけで精一杯なのだろう。
 恐縮し、震えるミストへとバーンは手を伸ばした。
「お前は余に仕える天命をもって生まれてきたのだ。お前に生死を決める権限はない」
 声は思いのほか優しいものだった。
「しばらくは余の中で休むがよい。今は回復に専念せよ」
 厳しい主の労うような言葉に、ミストの眼が輝いた。水が砂にしみこむように、影は掌の中に溶けていった。

 部下を取り戻し、大魔王は一行に向き直った。
 皆の間に緊張が走る。勇者が帰還したとの報を受けて集まりつつある人々も、大魔王その人がいることを知って凍りついている。
 いくら傷ついているとはいえ、地上を消滅させようとした、魔界の神とまで呼ばれる男なのだ。
 視線の中には好奇心も交じっている。絶対悪、諸悪の根源と思われていた存在が角と額の目を除けばほとんど人間と変わらない姿をしているためだ。ヒトの生き血を啜る化物のように考えていた人間も多いだろうが、理性的に見える。
 ダイがよろめきながらも立ち上がり、バーンと向かい合う。
「地上を消滅させようって気はもう無いだろ」
「まあな。今更地上を吹き飛ばそうとしても、一つとなった世界では不可能だ。予期せぬ形であったとはいえ太陽を手に入れ、神々への復讐も果たした」
 だったら戦う必要はない――ダイはそう言おうとしたが、バーンの口調や視線から棘が消えていない。
「だが、世界が一つになったところで人間は異種族の存在を許すまい。天の弓停止も天照呪文も危機に陥ったから仕方なく力を合わせたまで。所詮変わらぬ」
 刃のような言葉に、ダイは首を横に振った。
「嫌々協力してたんじゃ天の弓も常闇呪文も止められなかったはずだ。防ぐことができたのは、心を一つにしたから――」
「ダイよ……お前もやがて人間から疎まれる。誰のために戦ったのかも忘れてな」
 強大な敵が現れたから、世界の危機に直面したから、協力しただけ。異種族への恐怖や嫌悪も一時的に棚上げしたにすぎない。
 それらの言葉は否定できない。
「力が全てという余の考えは変わらんし、人間の気取った理屈も気に食わぬ」
 冷たい光がバーンの眼に宿っている。かつて太陽を手にすると宣言した時のように。
「力だけじゃ止められなかったはずだ」
 おそらくそれはバーンもわかっている。
 だが、認められないのだろう。力によって太陽を奪われ、不毛の地に押し込められた。ならば力によって太陽を奪い返す。厳しい環境では力が全てを支配する。
 ただそれだけの単純な理屈で何千年も生きてきた。
 地上破壊計画の阻止、天の弓停止と天照呪文の行使と、力ではない何かを実感する機会はあったが、考えを変えるには至らない。
「人間を滅ぼすなら、邪魔なおれを殺しておけばよかったじゃないか」
 そう反論され、バーンは黙り込んだ。
 ダイはもどかしさに拳を握り締める。負傷や疲労を除いても大魔王はきっと戦わないはず。あとわずかな距離だ。
(何か……何か、きっかけがあれば)

 その時風が吹き、漂っていた金粉がダイの周囲に集まった。懐かしい声が蘇る。
『何か……かなえたい願いは、無い?』
 幼少からの友の最後の声。
 砕かれた神の涙は再生まで十年以上かかるが、天帝は言っていた。常闇呪文は時間も空間をもゆがめると。
 過去と未来が現在で交差する。
 願いは、地上破壊計画を阻止した時と同じ。
「世界中の人々の心をひとつにできたら……!」
 金色の光がバーンとダイを繋いだ。
 ダイの心に膨大な映像が流れ込む。
 見渡す限りの不毛の地。マグマがたぎる光無き世界。
 生命が絶え果ててしまいそうな世界が一転、光に包まれる。地上の光景だ。
 『彼』は風に揺れる草原に立ち、自然溢れる景色を眺めている。常ならぬ感情の動きが湧き起こり、空へと視線が移った時にそれは激しくなった。
 どこまでも広がる空と白い雲、太陽の光が目に焼きつく。『彼』はやがて黒いローブを脱ぎ、両手をゆっくりと広げた。全身がぬくもりに包まれる。幸福を噛みしめるように瞼を閉ざし、時間を忘れ光に照らされていた。
 同時にバーンにもダイの記憶が流れ込んでいた。閃光のようにめまぐるしく移り変わるが、一つ一つが確かに心に刻まれる。地上で仲間と過ごした、短いけれど何物にも代えがたい日々が。
『たしかに人間はたまにひどいことをするよ。勝手なことをしたり、いじめたり、仲間はずれにしたり……。でも中にはそうじゃない人間もいるんだ!』
『おれはみんなが……人間たちが好きだっ! おれを育ててくれたこの地上の生き物すべてが好きだっ!』
『おまえを倒して……! この地上を去る……!』
 さらに天帝との戦いが映る。親友から勇気を与えられ、あらゆるものを照らす光に包まれた勇者。彼の剣に宿り輝きを与えた不死鳥と、それを放った大魔王。
 両者の共闘が金の光に彩られつつ再生される。

 その瞬間、世界が輝いた。
 光の網が広がり世界を覆う。
 人も、魔族も、知性を持たぬと言われる怪物も、天界から降りてきた住人の魂さえもつながれていく。
 映像の奔流が収まったあと誰も口を開かなかった。
 誰もがダイとバーンに注目している。
 バーンが言葉を発したが、その内容は予想外のものだった。
「少し時間が欲しい。今の内に行きたい場所があるのでな」
 ダイは意表を突かれ判断に迷ったが、今さら地上を破壊するつもりもあるまいと思い、頷いた。バーンは呪文で移動しようとしたが、アバンが止める。その手には小さい袋が握られていた。
「そんな状態じゃ観光もできませんよ。お弁当作ってる時間はないので、それで勘弁してくださいね」
 遠足に行く子供を送り出すような態度で、茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる。
 バーンは確認こそしなかったものの中身を察したようだ。無言で受け取り、空の彼方へと飛ぶ。残されたポップがアバンに詰め寄る。
「先生、何を渡したんですか!?」
 一同の視線が集まる中アバンの手が素早く動き、効果音をつけつつ懐から奇妙なデザインの眼鏡を取り出して装着した。ミエールの眼鏡と呼ばれあらゆる罠を見抜く効能があるのだが、見た目が悪いため誰も使いたがらない道具である。
「せ、先生……」
 何とも言えない空気が漂う中でアバンは咳払いしつつ眼鏡をはずし、再び効果音をつけつつ手をかざした。
 銀色の羽根がきらりと輝き、ポップの眉間に突き刺さった。生き返ったような表情になったのもつかの間、アバンに猛烈な勢いで食ってかかる。
「痛っ! って、なんでシルバーフェザーが!?」
 ポップ達が携行した分は、天の弓停止に奔走した時に使い果たしていた。
 これがあれば常闇呪文の阻止も楽になったのに――そんな思いを込めて羽根を見つめる彼を、アバンが宥める。
「まあまあ落ち着いて。先ほど新しいものがようやく完成したんですよ」
 フェザーは誰にでも作れるようなものではなく、大量生産はできない。他の活動の合間を縫って少しずつ作るため、完成も一度にまとめてとはいかなかった。
 バーンの行動に不安を隠せない一同に、アバンはあえてゆっくりと告げる。
「敵意が無いならいいじゃないですか。彼はもう人間を攻撃する意思はないはずです。それならば真っ先に勇者を葬るでしょう」
「でも――」
「天帝と戦って傷だらけのダイが無事に降りて来た……それだけで十分です。先ほどの神の涙の働きもありますから。今から寄ってたかって痛めつけるわけにもいかないでしょう?」
 そんな真似をすればどれほど犠牲が出るかわかったものではない。どれほど弱っていても、戦いを挑まれれば矜持にかけて大魔王は全力で立ち向かうだろう。
「これからのことは彼が戻ってからじっくり話し合うべきです。力に力で返していたら今までと変わりませんよ」
 張りつめた空気がほんの少し和らぐ中、アバンはニンマリ笑って腕を組んだ。
「私は一足先に失礼します。皆さんお疲れでしょうから、厨房をお借りして腕によりをかけてごちそうを作りますよ」
 そのままアバンは駆け足で走り去ってしまった。
 一同はあっけにとられたが、自分の調子に巻き込むのがアバンの特技だ。そう言ったからには大丈夫なのだろう。

 しばらくして大魔王が戻ってきた。シルバーフェザーである程度回復したはずなのに顔色が悪い。呼吸も乱れている。それでも眼光にはいささかの衰えもない。
 彼の言葉を待っている人々へ大魔王は宣言した。
「今ここで争うと復興が遅れる」
 ひとまず人間への攻撃はないと確定したため、安堵の空気が広がった。
 人間は大魔王や天界との戦いで受けた痛手から、魔族をはじめとする魔界の住人は魔界浮上の際の混乱から回復しきっていない。そんな状態で戦端を開いても混乱が広がり、互いの状況が悪化するだけだ。
 彼は冷酷であっても血を求めるだけの暴君ではなく、ましてや破壊衝動の塊などではない。
 攻撃する意思がなくなったとはいえ、まだ完全に歩み寄ったわけではない。
 ようやく手にした平和を一時的なものにしないことを心に誓いつつ、さらなる困難を覚悟の上で、ダイは新たな目標を定めた。
 地上の者と魔界の者の共存を。
 彼は心の中でそっと呟いた。
(ありがとう。ゴメちゃん)
 友の力があったからこそ、状況を変えることができた。
 新たな一歩を踏み出した彼らを、太陽が優しく照らしていた。
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