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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

からくりサーカス感想 11

からくりサーカス感想 11



フランシーヌ人形に恋をしたと語るハーレクイン。
彼の考えは造物主そっくりです。
フランシーヌ要素を含んでいるとはいえ別人に執着する。
肝心の想い人のことすらモノ扱いし、暴力を振るう。
人類が滅びようがお構いなし。
そんな彼を笑い飛ばすパンタローネが最高。
「笑ってくれる客もいない世界でコメディーだと!?」
この台詞は、昔の自分達の行動の虚しさに気づいているように聞こえます。
もっと時間があれば、自分達の所業の罪深さをはっきりと自覚したかもしれません。

おどけていて真剣にならないはずのハーレクインが本気の顔に。
マジになるのはカッコワリイと言っていたのに。
パンタローネは力では負けても、敗北の種を植え付けたので見事です。
「あの女性はな、フランシーヌ様ではない」
以前はハーレクインがエレオノールに仕える最古達を馬鹿にしていたのに、ここではパンタローネの方がハーレクインを嘲笑する。
笑う側と笑われる側が逆転しています。
改めて考えると、最古は強いな。
全盛期より力が落ちているはずなのに、最新型の二体相手に食らいついているなんて。
シルベストリ戦の時は戦う理由を見失い、闘志が最低まで落ち込んでいたのか。

しろがねも一時の気の弱さが嘘のように戦う。
そして、あの台詞が。
「ありがとう、出会ってくれて。ありがとう、私に声をかけてくれて。ありがとう、思い出をくれて」
「あなたが私をまた憎んでもかまわない。だから……」
「いつかまた、私と出会ってくださいね」
ここでフランシーヌと重ねるのは反則だ。

ブリゲッラ対鳴海は短いですが、迫力がある。
鳴海は一方的にやられる中で、しろがねにひどいことばかり言ったと自覚し、謝らなければならないと悟る。
ブリゲッラは鳴海の力に失望し、拳法家にとっては不名誉な、ミサイルでの死を与えようとする。
しかし、その言葉で鳴海が師の教えを思い出し、反撃。
ミサイルが逆転のヒントを与えてしまった。
アルレッキーノを粉々にした時に暗い快感が生まれ、もう一度味わおうと思ってしまったから。
(あの一発さえなかったら!)
アルレッキーノがいなければミサイルを使用することはなく、敵を消し飛ばす快感も芽生えなかった。
逆転のヒントを与え、破壊されることもなかった。
顔や体を消し飛ばされたアルレッキーノですが、彼の戦いは無駄ではなかった。エレオノールや鳴海のために道を拓いた。

ブリゲッラは、ミサイルを封印したままならアルレッキーノに敗北しても武闘家の誇りは守れた。
解禁しても、己の力量不足を痛感して今後は絶対に使わないと決意すれば、鳴海に勝てた。
しかし、理由をひねり出してでも使おうとしてしまった。
安易な方向に流されてしまう様は他人事とは思えない。
いっそ武術など身につけず、最初から開き直ってミサイルを使いまくっていれば、苦しむことはなかったでしょうね。
また、ミサイルを使おうとした理由に気づかなければ、逆転に狼狽えてそのまま倒されるだけで済んだかもしれない。
敗因を悟るだけの器はあったのが不幸だった。
己の弱さを噛み締めながら壊れていったと思うと哀れだ。

仲町達もサーカス芸人の意地を見せて格上の敵を倒す。
三牛親子も、「人間のいなくなった世界で」「みんなを裏切った思い出を抱えたまま」自分たちだけ生きてはいけないと敵を抱いて飛び降りる。
多くの犠牲を払いながら、最後の希望を乗せて列車は走る。

『背中を守る者』
この題名だけで非常に燃える。
多くの仲間が命がけで運んできたシャトルを守るため、大量の自動人形と戦う鳴海。
数が違いすぎて四方八方から攻撃される状況に変化が訪れます。
背後から攻撃が来なくなった。
彼の後ろを守っている者がいる。
敵への対処で精一杯で振りむけないが、確かにいる。
(誰がオレを守っている!?)
鳴海が頼もしいと認めるほどの実力者。
その相手とは……鳴海と背中合わせで戦う勝!
少年は男へと成長し、対等な存在として背中を守る者になった。
見開きには、今までの展開への不満、これからの展開への不安を消し飛ばす破壊力があります。

かつて臆病だった自分に勇気を、力を、強さを与えてくれた「ナルミ兄ちゃん」と共に闘える喜びに涙を流す勝。
弱虫で逃げていた勝は、あれほど憧れ尊敬した相手から「頼もしいぜ」と評される男にまで成長しました。
それどころか、鳴海に代わり、自分が宇宙へ行くことを告げる。ゾナハ病の止め方を聞き出すため、帰れないことを覚悟の上で。
ずっと戦ってきた鳴海は、最後にいなくなってしまいそうな危うさを漂わせていました。
彼の「他の人間のために自分を燃え上がらせて消えてしまう」生き様は、命がけで守られた勝が誰よりもよく知っている。
だからこそ、もう「兄ちゃん」を失いたくはない。二度とあんな思いをしたくはない。
勝がえんとつそうじと名乗ったのは以前演じた劇からきています。愛する人の幸せのためなら自分が傍にいられなくてもかまわない。
大好きなしろがねと鳴海のために色々な物を背負って宇宙へ旅立とうとしています。
自分一人が幸せになるわけにはいかないと言う鳴海を一喝し、告げる。
すべきことを「今、心で考えろ」と。
憧れの相手からかけられた言葉を本人に言えるまでに成長した勝。
「ゆけ、カトウ。オレが上がる」
ここでグッときました。

『抱擁』
赤ちゃんを守るために戦うエレオノールは、かつて彼女を守り抜こうとしたフランシーヌ人形を思わせます。
絶体絶命の窮地に鳴海が現れ、ハーレクインに疾走。
ハーレクインが余裕とともに迎撃しようとした瞬間、雷を発生させる装置が壊れ、最後の四人の中で最も強かった彼は一撃で倒されてしまいます。
パンタローネが装置の一点に集中し、ずっと攻撃していたから。
アルレッキーノ、パンタローネ、この二人は敗れこそしましたが、鳴海の勝利の礎となりました。
最古はそれぞれ破滅の種を植え付けていきました。
コロンビーヌ→ディアマンティーナ:本当に愛されてはいないと告げ、フェイスレスの元へ向かわせる
アルレッキーノ→ブリゲッラ:封じていた力を使わせ、暗い快感を芽生えさせ、逆転のきっかけを作る
パンタローネ→ハーレクイン:挑発して突っ込んできたところに集中攻撃し、装置を故障させる
最期に「バカにしてた相手に一本とられた」と言いたげな表情になったハーレクインも味がある。切られた顔の下半分が舌を出しておどけているように見える。

戦いが終わり、目が見えない鳴海はしろがねの名を叫ぶ。
エレオノールではなくしろがねと呼んだことに感動した。
フランシーヌ人形の生まれ変わり、憎むべき相手ではなく、以前出会った愛する女性として呼んでいる。
「オレはおまえに会うためにここへ来たんだ。サーカスのテントではじめて会った時からずっと、しろがね、おまえを愛していた」
初めて会った時からと言うのは、正二の「一目惚れたい!」を想起させます。
正直、惹かれたタイミングは違うだろと言いたくなりますが。
銀も正二も鳴海も最初は「何だコイツ」と思っていたのが変化していった印象を受けるので、初めて会った時からと言われると違和感があります。

神父が語る言葉もまた詩的。
「神よ、これ以上の奇跡はありますまい。悪魔が愛にひれ伏し、今、天使が――」
教会を舞台、発射されたシャトルを背景にして、接吻。
かつて悲劇の始まりとなった場が、今度は祝福の場となる。

涙を流すしろがねに戸惑う鳴海の目から憎悪が消え、優しい鳴海に戻っています。
ただ、告白より先に言うことがあるのでは?
優しさゆえに背負い込んで辛く当たったことも、彼女への仕打ちを後悔しているであろうことも十分理解できますが、まずは謝ってほしかった。
これから一生かけて、彼女にもたらした苦痛や悲しみよりはるかに多くの笑顔と喜びを与えてください。
「大好き」
の泣き笑いに胸が熱くなる。
「柔らかい石はいい笑顔の者に」という言葉どおりです。

ここまででもう腹ァいっぱいだと言いたくなりますが、直後に涙腺に来るシーンが。
顔と体の一部を消し飛ばされたアルレッキーノは首だけになったパンタローネを腕に抱え、やっとのことで戻ってきた。
たとえどれほどボロボロになっていても彼は戻ったことでしょう。「戻ってきなさい」と命令されたのですから。
アルレッキーノが目撃したのは、自動人形の使命、そして悲願だった主の笑顔。
「人の運命とやらを司る神など私達にはいないと思っていたが……機械仕掛の神も……どうやら、おわすらしい」
「機械仕掛の神」という語をここで使うか、と感嘆。
『からくりサーカス』は、案内役のピエロが登場し、章の合間に口上を述べるなど、舞台で演じられているかのように描かれてきました。
そのため、演出技法であるこの語はピッタリだと思っていました。
同時に「強引すぎる展開」「安易な解決」などのマイナスイメージも抱いていましたが、彼の台詞で全く別の印象が与えられた。
物語を強引に終わらせる存在が、自動人形に祝福を与えたもう存在へ。
わずかな流れで見せる顔ががらりと変わった。異なる意味を持たせるのが上手い。

「なァ、パンタローネ……お美しいな……フランシーヌ様は」
この時のアルレッキーノの表情は「人間」らしいと思いました。登場時はあれほど無機質で、人形らしかったのに。
彼のこんな笑顔が見られるなんて予想していませんでした。破壊力が大きく、心を揺さぶられてしまう。
彼の笑顔もまた最高のものです。
途中から「エレオノール様」と呼んでフランシーヌ人形と区別していたはずの彼がここで「フランシーヌ様」と呼んだ。
「今、私の中で二人のフランシーヌが頷いている」という彼女の台詞がありますので、しろがねを通して主の笑顔を感じ取ったのかもしれません。
パンタローネに見ているかと呼びかけた彼は、しかめっ面をしていた相手が笑っていることに気付く。
「なんだ……見ているじゃないか……」
と呟き、機能停止。
敵として冷笑した時や暇乞いを除けば、ほとんど笑っていなかったアルレッキーノやパンタローネが……!
無数の人間を苦しめ殺戮してきた恐ろしい人形達が、明確に改心・悔悟を見せたわけでもないのに、満ち足りた顔で綺麗に退場して、どうして心を打つんだろう。
「壊れた」「停止した」ではなく「息絶えた」、もっと言うならば「生き切った」と思わせる姿でした。

二人が求めた彼女の笑顔は、彼らの健闘のおかげで生まれたんですよね。
物陰で崩れ落ち、誰にも看取られることなく動きを止めた二人にどことなく悲しいものを感じますが、彼らは満たされていた。
最期の瞬間を主から見られておらず、悼む言葉もかけてはもらえなかったけれど、確かに忠誠が報われたという後味の良さがあります。

本当ならばアルレッキーノは自分で涼子に小鳥を渡したかったでしょうし、パンタローネは法安に歌を聞かせたかったはず。フランシーヌ人形もエレオノールの世話をしたかったでしょうし、ジョージも子供たちのためにピアノを弾きたかった。
決して死を望んでいたわけではないのに退場しなければならなかった。それぞれ心残りはあります。
それでも彼らの笑みが素晴らしいのは、最後まで生き切ったため。キャラクターが死んだからではなく、生き様をこれでもかと見せて物語を盛り上げ、素晴らしい笑顔で退場したから心を打たれます。
ページが少なくてもこれほど余韻のある最期が見られることに震えた。
『微笑』や『背中を守る者』を読んだとき、同じくらい感動することはもう無いだろうと思っていたのに、心を激しく揺さぶられました。
最古は皆いい散りざまでしたが、アルレッキーノとパンタローネの最期は、もう……。最初から「フランシーヌ人形の笑顔」という目的が一貫して描かれ、最後に悲願が叶い、これまでの道程が昇華された印象を受けます。
人間側につかないためここまで美しい流れは望みませんが、『ダイの大冒険』のミストも歩んできた道のりに相応しい退場だったらなあ……。
阿紫花の最期はあっさりしすぎな気もしますが、彼らしいと言えば彼らしい。
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