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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

人形遊び

SS『人形遊び』
※原作開始前、魔界での話。
戦闘メインで、登場するのはミストバーンとキルバーン。



 太陽無き空の下、荒れた世界に似つかわしくない宮殿を目指し、黒衣に身を包んだ者達が黙々と歩んでいた。
 ある者はたくましい体躯を持つ青年であり、ある者は長い髭を垂らした、顔中に皺の刻みこまれた老人だ。肌の色はそれぞれ大きく異なっており、耳は尖っている。魔族の中には女性や幼さの残る顔立ちの若者も含まれていた。
 声も出さず、顔を見合わせることもせず、ひたすら典雅な建物を目指す。
 宮殿の主に庇護を求めに来たような態度だが、忠誠を誓う意思が無いことは眼光が告げている。玉座を血で染めるために来たと表情が物語っていた。
 宮殿の主は血で血を洗う争いの続く世界の頂点に立つ、最強を背負う男だ。それに軍勢も無しに挑もうというからには、よほど力量に自信があるのだろう。
 外見が異なっていても、各々が持っている力に誇りを抱いていることがうかがえる。
 彼らの抱く感情は空気を伝わり、広がっていく。それは内部まで届き、主を守護する者が即座に動いた。
 集団の前に現れたのは青白い衣を身にまとった人物だった。
 魔物でも魔族でもない異形の姿。闇夜に似つかわしい黒い霧の集合した姿からは性別も年齢も判別できない。無言で両手を垂らし、少しずつ距離を詰める彼らを見つめている。
「我らを相手にするつもりか。たった一人で」
 自負心を傷つけられた憤りがわずかに見えたが、それを発散させずに彼らは動いた。
 魔族が散開すると同時に風が巻き起こった。
 旋風が通り過ぎたあと、集団の後方には男が佇んでいた。
 表情の読めない影と、笑みをとどめた仮面の間に位置する者達の表情が変わる。
 王の守護者と死神。
 どちらも大魔王の名を帯びている。
 事前に情報を得ていた彼らは果敢に攻めかかる。
 この二人を倒しておかなければ、大魔王を殺すことなど不可能だ。
 王が直接出向き三人同時に攻撃してくればさすがに厳しいが、二人だけならば各個撃破で戦力を削ることができる。
 それから王を倒す。
 彼らは勝利を確信していた。

 それが脆くも崩れ去るまで時間はかからなかった。
 まず死神は複数の相手を誘導し、守護者から遠ざけた。手強い者達が残ったのは偶然か、必然か。
「任せたよ、ミスト」
 という声が運ばれたのは気のせいだったのかもしれない。
 力を合わせて立ち向かうという発想は無く、互いの好む形、やりやすい方法で戦うだけだ。
 手練に対し、銀の光が続けざまに走った。金属性の籠手に包まれた指が目にもとまらぬ速度で動き、ある時は槍のように敵の身体を穿ち、ある時は剣を形成し、ある時は鞭のようにしなる。軽やかな足運びに首にかけられた金と赤の飾りが小さく音を立て、衣が翻り、黒い糸が伸びる。
 見惚れるほど鋭く、無駄のない動きが実力者の生命を断ち切っていく。影のように音のない死の腕に抱かれ崩れ落ちる。
 鮮血が大量にほとばしり装束を汚すが、すぐさま蒼い染みは消えていく。侵されざる存在であるかのように。
 返り血を浴びながら優雅に舞っていた影は、最後の一人に向き直ると予備動作をほとんど見せずに跳躍した。
 その下を無数の銀光が薙いでいく。
「大魔王の部下、ミストバーン。おそらくはバーンの秘密を担う者だな」
 襲撃者は多数が斬り伏せられ、残ったのは両手に手袋をはめた人物だった。整った面に酷薄な微笑を浮かべている。容貌の美しさこそが、わずかににじみ出る残忍さを引き立たせている。
「あの御方からの命令だ。大魔王に挑む前に、洗いざらい吐いてもらう」
 声は獲物を前に舌舐めずりする肉食獣のようだ。
 指先からは極細の銀の糸が何本も伸び、赤い輝きを放っている。鮮やかな色ではなく、どこか暗く陰りを帯びた色。特殊金属製の糸に暗黒闘気を流し、強度を上げている。魔炎気を帯びているため高熱を発しているのだ。
 単純な物理攻撃の効かないミストバーンにも、この糸ならば通じる。
 突如、無数の糸が地面から槍のごとく突きだされた。
 神技と呼ぶに相応しい巧みさで糸を操り武器としている。刃と化し切り裂くことも絡めて動きを封じることも意のままだ。指を軽く動かしているようにしか見えないのに、生命を吹き込まれたかのように糸は身をくねらせながら獲物に迫る。
 ほんの一部が腕に触れた。
 それだけで他の糸も急激に方向を変え、巻きついていく。
 断ち切るより早く全身を絡め取られ、ミストバーンの身体がわずかに宙に浮いた。両腕を横に伸ばし、十字架に磔にされた罪人のような姿勢だ。糸を力ずくで切ろうとするが、腕が震えるばかりで戒めは解けない。
 男が愉悦に喉を鳴らした。
「指一本動かせまい」
 声には陶酔が含まれていた。徒労に終わる抵抗を観賞している。
 ここからは戦闘ではなく尋問の時間になる。
「貴様の隠された素顔は何を意味する?」
 返事は無い。
 ぱしゅ、という音とともに衣が裂けた。糸が闇で形成された身体を切り裂いたのだ。闘気によって傷つけられる体質であるため、人間が皮膚を切られたのと同じ痛みを味わっているはずだ。
「答えろ」
 袖が弾け、首飾りがひび割れる。
 やはり黙っているが、男は苛立ちを見せなかった。
 むしろ、痛めつける理由ができたことに喜びを覚えてさえいるようだ。
「沈黙しているのは何故だ?」
 時おり身体が揺れ、わずかに黒い霧が散る。
 少しずつ身体を削られながらも大魔王の名を冠する者は終始無言だった。
 指先は注意して見ないとわからぬほどかすかに動いており、徐々に足元の影が濃くなっていく。
 やがて彼は口を開いた。
「お前たちの主は何者だ」
 ようやく反応を引き出した男は上機嫌で自分たちの主の名を告げた。
「あの御方こそ魔界の神に相応しい。貴様の主人など紛いものの王にすぎん」
 返事の代わりにミストバーンの指先から闇色の糸が滑り落ち、足もとの影に吸い込まれた途端勢いよく噴き出した。
 全身を戒める糸にまとわりつき、むりやり捻じ曲げていく。拘束が緩むと同時に爪を伸ばしつつ身体をひねる。ぶちぶちと銀の糸が千切れ、ばらりと地に落ちた。
 再び両腕へと金属の糸が伸びるが、ミストバーンは爪の剣に巻きつけるように動き、自ら剣を折った。ごとりと落ちた爪を踏むようにして前進する。
 地から這い上る糸を黒い糸が抑え込み、身体に飛来した糸は両手に生じた暗黒の渦――闘気を集中させた掌圧が軌道を捻じ曲げた。
 後退する男へと糸が疾走する。一本一本は細いが、束ねられたことで奔流となり、飲みこまんと迫る。
 ほんのわずか触れただけで動きが止まった。陣に飲み込まれた彼の身体は凄まじい圧力に抑え込まれ、動けない。
「指一本動かせまい」
 闇の中から響いてくるような陰鬱な声が男の背を凍らせた。
 ここからは尋問の時間だと知ったためだ。
 主の弱点となりうる情報など、すべてを聞き出そうとしている。
 簡潔な命令が下された。
「吐け」
 強がりを口にするより先に鋼の爪が刺さった。鈍く光る片手を突きつけている。
 ミストバーンが指をひねると蒼い血が滴った。闇の中から響くような感情のこもらぬ声で同じ言葉を繰り返す。
「誰が――」
 言葉は呻きで中断された。
 さらに指が突き立てられたのだ。
 答えるまで数を増やすつもりだ。
 それでも吐きはしないと決意を新たにした男の脳髄を激痛が刺し貫いた。陣の圧力が増し、全身を砕かんとしたのだ。
 覚悟していても、それを凌駕する苦痛の波が口を開かせた。

 情報を聞き出したミストバーンは手を緩めかけ、拳を握り直した。
 もう片方の手も向け、傀儡掌も重ねたのだ。
 動きを封じられていなければ地をのたうちまわるほどの苦痛が襲いかかる。男の口から魂を凍らせるような叫びが吐き出された。
「なぜだっ……!」
 もう用済みになったはず。
 ぱくぱくと口を動かした彼の耳に、不思議でたまらないと言いたげな、素朴な疑問の声が届いた。
「楽に死ねると思ったのか?」
 主への侮辱は許さない。安らかな死など論外だ。
 ここから先は尋問ではない。
 彼が軽く指を折り曲げただけで絶叫が上がり、空気を震わせた。
 反応は、“不服”だった。
「もっと大きな声を上げろ……。バーン様のお耳まで届かんではないか」
 激痛に焼き切れそうな男の意識を絶望と恐怖が染め上げた。

 死神はミストバーンに合流すると目を瞬かせた。
 敵の骸を見て感嘆したように呟く。
「なかなかえぐいことするね、キミも。……じゃ、戻ろうか」
 王の守護者は頷き、宮殿の方を向いた。
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