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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

doll

SS『doll』
※ヒュンケルと、彼を乗っ取ろうとするミストが内部で戦いを繰り広げる。



 勇者一行の戦いは大詰めを迎えていた。
 最強の肉体を返し、真の姿を現したミストは傷つき疲弊した青年の背後に移動し、黒い手を伸ばした。
 幾本もの帯が若者の体に潜り込み、影の姿が消える。
 魂の回廊を進みながらミストは語る。
 体を返した時に備え、命を救い技を教えたことを。己の傀儡にするつもりであることを。
 黒い手が魂を掴み握りつぶそうとした刹那、金色の光が弾けた。
「なっ……!?」
 ヒュンケルは驚愕とともに周囲を見回した。
 最後に選ばれるのは自分だという予感を抱いたため、光の闘気を溜めていたはずだった。
 だが、光と闇の激突の後、どことも知れぬ空間に立っている。
 壁や天井は限りなく遠いように見える。白と黒が混じり合い形成された色の中に、時おり銀色の煌めきが映る。流動する模様は現実のものとは思えない。
 ミストと同様に魂の回廊に入り込んでしまったようだが、自分の中に自分がいるという想像を超えた現象だ。
 己の身体を眺めると、ボロボロになった現在の姿ではなく、友から託された鎧を身にまとい戦える状態になっている。二度と戦えぬはずの身体は軽く、力がみなぎってくる。
「どういうことだ?」
 掌を見つめながら問いかけると、答えはどこからともなく響いてきた。
「この空間はおそらく魂の狭間。それゆえ己の思い描く姿になったのだろう」
 目の前の空間が扉の形に歪み、そこから一人の人物が現れた。
 黒い霧が人に近い形を取り、青白い衣を身にまとっている。鈍く輝く金属に包まれた拳は、感覚を確かめるように固く握りこまれている。
 真の姿ではなく闇の衣をまとった状態のミスト――ミストバーンだ。
 魂の中の世界であるため、本人が最もイメージしやすい姿をとることになったらしい。強さも実際の身体と同じはずだ。封印を解除する機会は限られていたため、普段の力で戦うようだ。
 多くの魂を砕いてきたミストだが、このような現象は今までになかった。
 何を意味するかはわかる。
 決着をつける時がきたのだ。

 戦いを始める前に、ヒュンケルは闇の師を見つめながら静かに言葉を紡ぐ。
「オレはお前のおかげで生き延びることができた。利用するためだったとはいえ、恩がある」
 ミストバーンは無言で弟子の言葉を聞いている。反応は特に示さないが、真剣に耳を傾けている。
「だが、お前を倒さねばならない。こういう時語る言葉をオレは持たん。だから戦士として、弟子として、戦う」
 紫の瞳に闘志が燃え上がり、周囲の空気があっという間に張り詰める。
 得物を構え、ヒュンケルは咆哮するように叫んだ。
「ミストバーン! お前に救われた生命、お前から教わった技、仲間と出会いによって得た新たなる力……その全てをもってお前を倒す!」
 ミストバーンも眼に闘志を燃え立たせ、手を掲げた。掌を弟子に向け、殺気を立ち上らせる。
 両者の姿を見ている者がいれば、よく似ていると思ったかもしれない。
 以前と違い、ミストバーンは無理だと告げようとはしなかった。今の弟子には己を倒すだけの力があると見抜いている。
「よかろう。ならば私も全力で戦うのみ!」
 直後、光と闇が重なった。

 戦いはなかなか決着がつかなかった。
 槍で攻めかかると、爪で形成された剣――デストリンガーブレードがそれを食い止め火花を散らした。鎧に仕込まれた武器で攻撃すればミストバーンも爪を伸ばし、武器を破壊しつつ刺そうとする。
 弟子はある時は暗黒闘気を使い、またある時は光の闘気を放ち、相手の闘気技を破ろうとする。師もそれに応じて回避、防御、反撃を行い追い詰める。
 あふれる光に身を焼かれても闇でできた手に力を込める。
 攻撃し、攻撃され、互いにどれほどの傷を負わせたのか、戦いがどれほどの間続いたのかわからない。
 次第にヒュンケルは劣勢になっていく。
 魔界の闇を体現したかのように世界が暗く染まり、心までも沈めていく。
 ヒュンケルの脳裏に絶望がよぎった瞬間、声が響いた。
「ヒュンケル!」
 聞こえるはずのない声に、ヒュンケルは目を見開いた。
 声の主は、かつて心の底から憎み、殺そうとした相手。窮地を切り拓くきっかけを与え続けた存在。
 ヒュンケルの唇が動き、問いが吐き出される。
「先生……あなたにとってオレは何ですか?」
「決まっているでしょう。誇りです……!」
 光が弾け、奔流となって押し寄せる。かつて彼の命を救い、理想の器へと育て上げた闇の師へ。

 影が倒れた。
 瓦礫にもたれかかるようにして横たわったミストバーンの黒い霧が薄れ、衣の輪郭さえも霞んでいく。
 空間の端から黄金に染まり、徐々に中心へと迫る。
 戦いが終わったことを悟り、ヒュンケルは静かに問うた。
「お前にとって、オレは道具にすぎなかったのか?」
 ミストバーンの眼光がわずかに細められたものの、答えはゆるぎない。
「そうだ。……バーン様にとって、私がそうであるように」
 ヒュンケルがわずかに目を見開いた。
 ミストにとって、大魔王の道具という言葉はある種の称賛でもある。
 役に立つもの。誰かに必要とされるもの。
 唯一無二の道具、最高の武器として。
 ヒュンケルの体を手に入れようとしたのも全ては主のため。傍らで働き、共に在るため。
 主がミストを自分の影としたように、ミストはヒュンケルを一部どころか己そのものにしようとした。最も近い、決して切り離せぬ存在へと。
 ヒュンケルは瞼を閉ざし、己の歩んできた道のりを振り返った。今まで出会った人々、体験したことの全てを思い描き、目を開く。
「……オレはお前が疎ましかった」
 闇の道を歩んでいた時期の象徴であり、暗い過去の具現化した存在。
 抹殺すべき悪の化身だと。
 そう思わなければ過去が追いつき、身も心も絡めとる気がした。再び闇に囚われることが怖かった。
「だが、お前がいなければ今のオレは存在しない」
 ミストバーンがいなければ数々の戦いを生き延びることも、ダイ達と出会うことも、父の死の真相を知ることも、アバンと再会することもできなかった。
「……ありがとう」
 人形にするために生かしたのだとしても、罪や痛苦を背負うことになっても、人として生きている。
 己を超えた弟子を見つめていたミストバーンが息を呑む。
 彼の眼に一瞬だけ、弟子の姿と重なるようにして堂々たる体躯の戦士が映ったためだ。
 彼は、弟子がハドラーの生み出した兵士によって育てられたことを思い出した。
 その影響を考えかけたものの、ただの幻だろうとすぐに打ち消す。
 姿が薄れる中、ミストは項垂れた。
 何よりも耐え難いのはこれ以上主の力になれないこと。恩に報いるためには、与えられたものを少しでも返すには、まだまだ働かねばならないというのに、今にも消えんばかりだ。
 次第に意識が遠のく中、光の彼方に誰かの姿が見えた。
 ミストは光へと手を伸ばした。中心に見えた人影へと。
 最後の力を振り絞り、呟く。
 生きる理由を与えてくれた相手。数千年にわたって仕え続けてきた、敬愛する主の名を。
 ミストの身体を金色が包み込んだ。太陽を思わせる光が揺らめき、消えゆく師へヒュンケルは別れを告げた。
「さらばだ、ミストバーン。……もう一人の我が師よ」

 ここに、闇の師弟の戦いが終わった。
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