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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

In■■nity

SS『In■■nity』
※原作開始前、魔界でバーンに仕えるミストバーンの話。
自分と同じ存在に出会った彼は……。



 大魔王の傍らに立つ男がふと顔を上げた。
 彼の名はミストバーン。大魔王に長年仕える腹心の部下だ。
 言葉をかけられたわけでもないのに反応を示した彼に、対になるように立っていた男は視線を向ける。黒ずくめの衣装を身にまとう彼はキルバーン。死神の異名を持つ男だ。
「侵入者? 気配は感じないけど」
「……呼ばれたような気がした」
 答えを聞いたキルバーンは目を丸くした。彼には聞こえなかったらしく、不思議そうに首をかしげる。
「誰に?」
 今度の質問にはミストバーンは首を横に振った。わからないと示したあと、主の方に顔を向ける。
 大魔王バーンは鷹揚に頷き、ミストバーンも了解したと言うように視線を下方へ落とす。
 それだけで意志の疎通を行う主従に呆れるキルバーンを残し、ミストバーンはその場を離れた。
 何者かが招いているような感覚は強くなっていく。源を探ろうとするまでもなく、足は勝手に進んでいく。

 接近する者の気配を察知したかのように、華やかな宮殿の一角に闇がにじんだ。
 にじんだだけで、それから何も起こらない。近づいてきた生物を呑みこもうとする不穏な兆候はない。
 見る者に違和感を抱かせるが、それだけだ。照明の効いた室内に夜を切り取って貼りつけたようなちぐはぐさを感じさせるばかりで、何かを主張するわけでもない。排除したいほど場違いだと思わせないのは、静穏を保っているためかもしれない。
 黒い霧に向かって、ミストバーンは正体を問うた。
「お前は……何者だ?」
 他人が見れば訝しみそうな光景だが、本人は真面目だ。炎や氷ですらない何かに意思があることを感じ取っている。
 返答は、尋ねた者の内側に直接響いた。
『わたしは、おまえだ』
 答えになっていない答えがミストバーンの心に広がり、沁み込んでいく。
 わけのわからないことを、と切り捨ててもおかしくない内容だが、ミストバーンには心当たりがある。
 自身の正体を鑑みれば、目の前の存在が何者か、『それ』が何故そう答えたのか、どちらも理解できる。
 ミストバーン――ミストと同じ無数のどす黒い思念から生まれた存在だとすれば、自分と相手を同一とみなしても不思議ではない。発生源も、身を構成する闘気も、誰でもあって誰でもないからだ。
 誕生の仕方が他者と異なっているからこそ、起こり得る現象だ。
「……そうか」
 彼は疑問を抱くことなく答えを受け止めた。
 暗い感情はいつの世もなくなることはなく、戦いも際限なく起こる。自分以外に暗黒闘気の集合体が現れてもおかしくない。

 起こった現象と正体に納得はしたものの、ミストバーンはその場に留まっている。
 彼は不機嫌そうに眼の光を細めて舌打ちした。
 彼の本来の姿と違い、『それ』は人の体に近い形をなしていない。どこからどこまでが『それ』なのかすら判別できない。虚無が無理に姿を現わせばこうなるかもしれない。
 目らしき部分はないのに、空虚な眼が彼を見つめているのがわかる。
 害意は無い。悪意も殺気も感じられない。
 それなのに、ミストバーンの心に嫌悪感が湧き上がる。
 彼の内心を知らぬのか、同類と呼べる存在は戸惑いを伝えてくるばかりだ。
『わたしには、わからない』
 何をするために生まれ、こうしてこの場に存在しているのか。
 ミストバーンは、素朴な疑問に答える気にはなれなかった。
 黒い靄を観察したところ彼ほどの力はない。
 他者の身体を乗っ取り操ることはできず、暗黒闘気を使って戦うこともできない。
『この世界に住んでいても、光を求めるものがいるようだ。……なぜだ?』
「必要としているからだろう」
 彼自身はそうでもないが、主が焦がれ欲しているのだから、そう答えた。

 わずかな間、誰でもない者は思考に浸った。体質が近いためかミストバーンの心を部分的に読みとったらしく、吟味している。
『どうすれば、わたしも……』
 その後に続く内容は混然としていて読みとれない。
 ただ、彼を羨んでいることは感じられた。
 ミストバーンの眼が細められる。
 相手が悪意をぶつけてくるわけでもないのに、無性に気に障る。苛立ちのままに彼は口を開いた。
「お前が私より使えるようになれば、あの御方は必要とするかもしれん」
 消耗しない身体でも疲れきるほど彷徨った果てに、能力を得るかもしれない。
 新たな“彼”に忠誠心があり、より役に立つならば、大魔王が選ぶのは。
 役目に必要とされるのは一人だけ。
「だから……」
 ミストバーンの眼がギラリと光った。
 掌から黒い波動が噴き出し、刃を形成する。彼が手を大きく振るうと霧が裂かれ、実体を持たない者が苦しげに悶えた。
「私以外の“私”は要らん」
 声は、眼光は、感情で滾っている。
 身をよじるかのように揺れ動く霞に幾度も攻撃を叩きつけ、生命を削り落とそうとする。
 動揺と恐怖、混乱に襲われている相手にミストバーンは宣告した。
「バーン様にお仕えするのは……この私だ!」
 同種と呼べる存在に対しての冷酷な仕打ちに、躊躇いはない。
 今まで大魔王のために繰り広げた戦いは数え切れない。これから起こるであろう戦いも同じく、無限に近いはずだ。どれほど強大な敵を相手にするか、どれほど多くの生命を奪うか、見当もつかない。その中には大切な存在も含まれるかもしれない。心身ともに激しい苦痛を味わうかもしれない。
 それらも全て、切り捨てることができる。
 悲壮と呼ぶには晴れやかな表情で、彼は先のことを想った。
 主が存在するならば、闘志が尽きることはない。

 姿が薄れつつある相手は恐怖を感じたように後ずさった。親しみを覚えて招いたはずなのに、今は遠ざかろうとしている。
『おそろしい』
 自分と主以外の全てを敵に回してもかまわないという意思。世界より個人を優先する思想。
 それほど重きを置くならば、たった一人の魔族がいなくなるだけで生きる意味すら感じなくなるだろう。
 出会いによって執着が芽生えた。
 大魔王と出会わなければ、生き延びることへの執念も弱かったかもしれない。
 やるべきことがあるから消滅するわけにはいかない。誰かのために勝利しなければならない。そのような想いは、仕えるまではなかったものだ。
 消えかけながらも暗黒闘気の塊は意識を伝えようとしてきた。
『どうして、そこまで』
 果てなき想いは狂気に近い。
 答えぬまま、ミストバーンは爪の剣を一閃した。

 主の元に戻った彼は、何事もなかったかのように同じ位置に立った。
 その姿から何をしたかは読みとれなかった。
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