忍者ブログ

ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

L'Oscurita dell'Ignoto

SS『L'Oscurita dell'Ignoto』
※バルジ島の戦いでヒュンケルに倒されたハドラーをミストバーンが復活させる。



 
 鬼岩城の一室を雷光が照らした。
 室内を歩むのは、影を織ったような人物だけだ。
 親衛隊のガーゴイル達を追い出し、寝台に横たわる人物へと近づく男の名はミストバーン。魔影参謀の肩書を持つ、魔王軍幹部だ。
 視線の先には、胸から血を流しぴくりとも動かない魔族。
 魔王軍を率いるハドラーはヒュンケルに倒され、運び込まれたのだ。
 苦悶の形相を浮かべて事切れた男を目にしても、ミストバーンに動揺は見られない。
 まるで傷んだ道具を観察するかのように 驚愕も哀惜も存在しない眼差しで見下ろす。
 事実、彼にとって、目の前の男は道具でしかなかった。
 そこそこ役に立ち、「修復」できるため長持ちする道具。
 ただの駒でしかない相手に対して、視線や声に熱が宿ることはないはずだった。
「……フン」
 低い声にこもった熱は、心地よいものではない。
 にじみ出る感情は、敬意と呼ぶにはあまりに暗いものだった。
 息絶えた魔族を見下ろす影の姿は、どす黒い炎を思わせる。

 心臓を貫かれ敗北したものの、ハドラーの実力は確かだ。
 恵まれた身体能力と魔力は、魔王を名乗り世を席巻しただけのことはある。
 単純なスペックの高さだけでなく、それを扱うセンスを備えている。一芸に特化した者にはさすがに劣るものの、格闘と魔法、両方を操る技術に秀でている。
 大抵の魔族が羨むであろう肉体と、戦闘における感覚を併せ持っているのが、ハドラーという男だった。
 現在の彼は、それらを十全に活かしているとは言いがたい。
 実力が高いのは事実だが、それが仇となっている。多くの相手に優位に立てるからこそ、敵を侮りがちだ。彼より力が劣るはずの敵につけ入る隙を与え、予想外の反撃に狼狽し、追い詰められてしまう。
 そのような心構えでは、いくら力で上回っていようと苦戦は免れない。
 今の彼は、死しても力を増して復活できる特性をも備えているが、大幅な強化にはつながらないだろう。
 戦いに臨む姿勢が変わらなければ、多少力が増したところで効果は薄い。
 増幅された力に溺れ、心の脆さが露呈する可能性すら十分にあった。
 ミストバーンの観察と思考は続く。 
 ハドラーは実力に相応しい誇りと地位を備えているが、それらがかえって本人の力を削いでいる。
 プライドや地位が高いからといって悪影響を及ぼすとは限らない。窮地において爆発力を生むなど、良い方向に作用することもあるだろう。
 ただ、現在のハドラーには毒になっている。
「……」
 見下ろす者の口から深い溜息が吐き出される。
 ハドラーの姿勢が変わらないままだとどうなるか、想定してみたのだ。
 見通しは明るくない。
 常人では及びもつかない領域へ行けるのに、至ることなく終わってしまうかもしれない。高みを目指すどころか、ずるずると堕ちていく結末も十分考えられる。光る素質を腐らせ、覇気や闘志を錆びつかせて。
「せっかく……」
 ミストバーンは呻きに近い声を漏らした。
 ゆっくりと指が動き、強く強く握られる。
 ハドラーのような、強靭な体や豊かな素質を望む者はいくらでもいる。
 彼らの中には、今のハドラーの戦いぶりを見て歯噛みする者もいるかもしれない。
 彼らは怒り、苛立ちながら、羨み、焦がれることだろう。
 持たざる者の思念が乗り移ったかのように、ミストバーンの眼光が一瞬燃え上がった。
 魔王軍の幹部らしからぬ眼差しを見る者は、誰もいない。

 ミストバーンは冷たい金属に覆われた手を差し出した。
 ハドラーの胸の傷に向けて掌をかざし、想いを巡らせる。
 精神面の脆さをある程度抑え込むだけでも、この男は強者となれるはずだ。
(もし、完全に克服すれば……)
 続く言葉の代わりに、空気がざわめいた。
 ハドラーがどんな道を歩むにせよ、今影のなすべきことは一つ。
 主の命に従い、復活させること。
「死の安穏すらお前を阻むことはできん」
 詠唱するかのように朗々と響く声。それは、神託を告げる口調に似て厳かだった。
 瘴気がミストバーンの全身から立ち上る。
 手に力が入り、指がピンと伸ばされる。
「闘い続けろ……!」
 掌の中央から暗黒の糸が伸びる。凝集した闇が、傷口に吸い込まれるかのように滴り落ちる。
 人形師が傀儡に糸を付けるのと似ているが、気味の悪さは比較にならない。
 屍に暗黒の力を注ぎ込む光景はおぞましく、邪神に生贄を捧げようとしているかのようだ。
 黒い雫はじわじわと死せる肉体の内部に広がってゆく。暗黒闘気が体の隅々まで行き渡り、死の淵から引きずり戻そうとする。
 音にならぬ音が響いた。
 ハドラーの胸の内で鼓動が刻まれ、指がぴくりと動く。
 四肢が震え、酸素を求めるかのように口が開閉した。
「カハ……ッ!」
 ハドラーが生命を取り戻しても、掌と体をつなぐ糸はつながったままだ。細い帯が不気味にうねり、途切れることなく力を送り込み続ける。

 意識を取り戻したハドラーと会話しながら、ミストバーンは闇の衣の裏で観察していた。
 ハドラーの目の中には恐れが潜んでいる。
 どれほど強くなるのか未知数の、アバンの使徒達への恐怖がちらついている。
 怯えるのは、同じ陣営の者に対してもだ。
 底知れぬ力を持つ主君、大魔王バーンに対する畏怖を湛えている。
 己の地位を揺るがす、竜騎将バランのことも恐れているだろう。
 目の前の相手――ミストバーンも例外ではない。
 能力も、思想も、主の名を冠する理由も未知の相手を疎んでいる。ハドラーが隠そうとしても、隠しきれるものではない。得体のしれない生物に向ける眼差しがどんなものか、ミストバーンはよく知っている。
 ハドラーを観察した結果、魔王として世に覇を唱えようとした意気は感じられない。
 そう結論づけようとしたミストバーンだが、一旦答えを保留することに決めた。
 死してもなお戦う運命を告げられた時、ハドラーは笑みを浮かべてみせたのだから。
「のぞむところよ……!」
 過酷な道を喜ぶかのような台詞に、ミストバーンは評価を改める。
 ハドラーの心には、彼を戦士たらしめる何かが残っている。
 現状では権力欲や保身を望む意思に追いやられ、心の隅で燻っているだけだが、火が点く可能性もある。
 もし彼が驕りを捨て、真の戦士となったならば。
(その時は――)
 ハドラーがどれほど強くなるのか、未知数だ。
 その姿を目にして、自らの心に湧き上がる感情はどう変化するのか。
 それもまた、未知数だった。
PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

最新記事

(04/28)
(04/21)
(04/14)
(04/07)
(03/31)
(03/24)
(03/17)
(03/10)
(03/03)
(02/25)