男の生は、光と熱に彩られていた。
生まれ落ちた際、己を誕生させた者を燃やした火焔の化身。
赤子の穏やかな寝顔は、血塗られた出生が生涯に暗い陰を落とす可能性が欠片も無いことを示していた。
額の中央には第三の目。他の魔族にはない眼球が埋まっている。
親の片割れは妻の無惨な最期を目にしながらも興味深げに眺めている。
己の血を継ぐ者が力の片鱗を示したのだ。
一つの生命を代償とした証明だったが、魔族にとって忌まわしい事柄ではなかった。
弱肉強食の理に支配された魔界では親殺し子殺しも特別な事件ではない。
年老いた魔族が一人、男の傍らに立っている。
面には数え切れないほど皺が刻まれ、昔は艶やかだったであろう髪はすっかり色褪せている。
全身を包む紫の衣や幾つもはめられた指輪、胸元に連ねられた装飾品などから判断すると占い師のようだ。
髑髏のような形の水晶を撫で、老婆は重々しく口を開いた。
「この子は世界を焼き滅ぼす業火になるやもしれぬ」
不吉な予言を裏付けるように、辺りには肉の焦げた臭いが漂っている。
宣告を聞き、男の口が動いた。
素晴らしい、と。
詳細が老婆の口から語られることはなく、彼女はその場を後にした。
その後、己の武勇に絶対の自信を持っていた男は我が子に討たれた。
別段珍しくもない話だ。
未来を垣間見た相手の名が広まっていることを知り、占い師は再度水晶玉を覗いた。
確定してはいない事象を覗こうと、老婆は映像の断片へ問う。
「王よ、汝が魂は何処にありや? 神々よ、彼の者に何を与えたもうた」
炎が揺らめき、幾つもの破片を映し出す。
夢か現か、過去か未来かも判然としない光景を。
彼は光を浴びながら立っていた。地上を訪れるのは初めてではないのか、珍しそうに周囲を見回すこともなく歩いていく。
滅ぼす対象の知識を得ておこうという義務感や、見聞を広めたいという欲望などがあるだろうが、目に躍る輝きはそれだけではない。
彼が最も心惹かれたのは、太陽だった。
ただ一つのものがあるだけでこれほどまでに違うのか。豊かな世界を見るたびにそう思った。
魔界では目にできぬ色のうねり。鼻孔をくすぐる香り。肌をなでる柔らかな風。
訪れるたびに地上の光景は変わっており、彼の心を刺激した。
赤く色づいた木々の葉。降り積もる雪。風流を感じさせる虫の声。
時とともに姿が移り変わる世界。
柔らかい草に覆われた地面の感触を味わうように歩んでいたが、その足が止まる。
視界いっぱいに色とりどりの花が咲き乱れていた。
生命の息吹が魂に直接伝わってくる景色。燻っていた怒りも空の彼方へ昇華されるような光景。
風が草を揺らし、花びらが頬をかすめていった。色彩の暴力に、彼は思わず目を細める。
ゆっくりと唇が動く。
この景色を、魔界でも。
遥か昔に捻じ曲げられた世界の形を、自分の力で正す。
意気込んだ彼は己の腕を眺め、唇を噛んだ。
全盛期に達していない未熟な身体。従う部下もおらず、頂点はまだ遠い。
理想の実現までに気の遠くなるような年月が必要だろう。
だが、と呟く双眸には鋭い光がみなぎっている。
何千年かかろうとも、叶ってしまえばただの夢。結実までの永劫に近い時も、仮初めのものと成り果てる。
「もっと、光を」
言葉は自然と漏れたものだった。
神々への復讐。世界のあり方の変革。
そういった大義で飾り立てた奥にあるのは単純な衝動。
偽りの輝きでは足りないだけだ。
言ってしまえば、暗い室内に日光を入れるのと大差ない。
地の底に押し込められて長い年月が経ったというのに、本能は変わらない。身も心も光を欲するままなのは、祝福か、呪いか。
彼は手を広げて花びらの雨を浴びた。春の来ない魔界に、四季をもたらすという決意を新たにして。
やがて紅が水晶玉を埋め尽くした。
示されたのは、炎を飲み込む巨大な炎。
彼が比べ物にならぬほど偉大な光炎に焼かれることを暗示していた。