SS『Seven Shades』
※ハドラーの死を知らされた時のミストバーンの反応。
尊敬する男の死を知らされたのは、主を守るべく帰還した時だった。
大魔宮へ戻ったミストバーンに、大魔王は何が起こったかを簡潔に語った。
彼の尊敬する戦士が見事な戦いぶりを披露し、黒き灰と化したことを。
「……」
沈黙とともに受け止めた彼の心に、驚きはなかった。
それも当然だろう。
ハドラーが近いうちに死を迎えることは容易く予測できた。
体の一部と化した黒の核晶を摘出される前から。竜の騎士親子を単身で迎撃すると決意した時から。
ハドラーの選択が明かされた際、影と死神の反応は対照的だった。
「勇者とはハドラー君が。竜の騎士サマとはボク達が戦うんですね?」
気負いの感じられない口調で確認する死神に、大魔王が訂正する。
「いや。二人ともハドラーが相手をする」
「ワオ!」
死神、キルバーンは感嘆したように手を叩く。
「すごいすごーい!」
一つ目の小人も笑い声を響かせて跳びはねる。
茶化すような態度だが、ハドラーは怒りを見せなかった。
眼を動かし、主の傍に控える影を見据える。
視線を感じたためだが、相手は何も言わないままだ。
決意を聞いた刹那、黒い霧に浮かぶ眼光が揺らいだのは気のせいだったかもしれない――そう結論づけたハドラーは視線を外し、背を向ける。
退室するハドラーにミストバーンは沈黙を貫き、見送った。
白い廊下を進みながらミストバーンはひとりごちる。
(わかっていたことだ)
己の全てを懸けて、命を削るようにして高みを目指す。
それは、滅びに近づく行為に他ならない。
わかりきった結末が訪れただけだ。
滅んでも復活できる不死身の肉体を捨てた以上、永遠を生きることは叶わない。
主という悠久の輝きに比べれば、他は全て儚い灯火に過ぎない。
ほんの一瞬道が交差した後は遠ざかるのみ。
永劫に限りなく近い時をともに歩む者はいないのだ。
忠誠を胸に戦い続ける相手など。
(……数え切れぬほど目にしてきた)
尊敬する戦士も。彼らの死も。
数多の強者の名を心に刻んできたが、悲嘆にくれることはなかった。
惜しいと思う気持ちと、称賛する感情。
その両者が心の大半を占めていた。
今までずっとそうだった。
今回もそうなるはずだった。
ハドラーの死を聞いた時、それら以外の何かが湧き上がった。
主に刃を向け逃げ延びた男が、宿敵と戦い、死を迎えた。
それだけの話だ。
かつて、道具のように始末しようとした。
相手の信頼を裏切り、全てを捨ててまで臨んだ戦いを穢した。
そんな仕打ちをしておきながら――殺そうとしておきながら死を悼むなど、矛盾している。
内に響く声に同意しながらも、生じた靄は離れない。
その理由は、自問するまでもなく見えている。
『お前には――』
記憶に刻まれているのは、謁見前の一幕。
影にとって忘れ得ぬ語らい。
(魂を……)
金属に覆われた掌を持ち上げ、見つめる。
光を呑む黒い体。
熱を留められぬ空虚な器。
生まれ持った体ゆえに侮辱され、自ら忌まわしいと否定してきた。偉大なる主から肯定され、必要とされてきた。
能力ありきの存在――己に対してそういう意識があった。
主と出会う前も、主のために戦い続ける永い歩みの中でも、魂を認められたことなどなかったのだから。
幾千年も抱えてきた想念に衝撃を与え、亀裂を生じさせた相手だからこそ、これほどまで関心を抱いたのかもしれない。
尊敬する戦士の一人では片づけられないほどに。
最期を見届けられなかったのが心残りだが、立派に戦ったと確信できる。
「……ハドラー」
生き様は流星のように目映かった。
空の彼方に駆け去るところまで、流星のようだった。
己の魂を認めた相手はもういない。
感情の色が混ざり合い、心に濃淡のついた影を落とす。
大魔王の影は視線を上向ける。
天井に阻まれ見えないが、瑠璃色の空に太陽が輝いているだろう。
なすべきことに変化はない。
薄い闇を纏わりつかせながら、彼は正面に視線を戻した。