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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

楽園への招待状

強制救済ゲーム シャングリラSS『楽園への招待状』
※時系列はバラバラです。


【色欲ヘイトリッド】

 北高校の屋上に人影が二つあった。
 ガッチリと髪をセットしている二人はフェンスにもたれかかり、景観を眺めている。
 片方は柔和な表情を浮かべているものの、もう片方は険しい顔をしている。
 前者は八木山兎、後者は小森孔司という名だ。
 小森は八木に顔を向け、尖った髪をかきながら口を開いた。
「……あのな。こういう問題に口挟むのは気が引けるけどよ」
 小森は躊躇うように視線を彷徨わせた後、意を決して言葉を吐き出した。
「告白されて、仕方なく受け入れて、自分からは何もしませんっての繰り返して……おめー、何がしたいんよ?」
「だよなぁ」
 八木は眉を下げた。ばつの悪そうな表情や口調から、明確な答えなどないことが窺える。
 八木とは反対に小森は眉を吊り上げ、唾を飛ばす勢いで食ってかかる。
「ンだよその他人事みてーな返事は! そんなだから、その……悪く言われんだろうが」
 小森は具体的な説明を避けたが、八木には伝わった。
 女遊びの激しいクズだの、異性を弄ぶゲスだの、悪評が立っていることは八木自身も知っている。噂が巡って耳に入る場合もあれば、本人の前で聞こえよがしに貶す者もいた。
 そんな時に憤慨するのは小森だけで、八木は反論しなかった。腹を立てる小森を宥め、「気にしねーって」と笑うだけだ。
「全然違ぇってのに」
 憤りを解消するように小森が右拳を掌に打ちつけると、乾いた音が響いた。
 小森は八木とは中学からの付き合いで、どんな人間か知っている。頼まれれば断れない性格のせいで損をする場面を何度も見てきたのだ。
 苛立ちを隠せない小森の姿に、八木は瞬きした。
「コージ……」
「何だよ」
 ぶっきらぼうに答えた小森の耳に飛び込んだのは、意外な一言だった。
「いい奴だなあ。おめーはよ」
「はあ?」
 予想しない言葉に小森の声が甲高く跳ね上がった。ポカンと口を開けた小森に対し、八木は無害を具現化したような笑みを浮かべている。
「俺のこと心配してくれてさ」
「しっ、しんゆうを、心配すんのは……当たり前だろ。それより今はおめーの話してんだよ!」
 台詞の前半は歯切れが悪く、後半はそれを誤魔化すように声が大きくなった。勢いのままに小森は八木の耳を引っ張り、前後左右にぐいぐい動かす。
「ダチが痴情のもつれで刺されてくたばるなんてゴメンだからな。な・ん・と・か・し・ろ・よ」
「あだだだだ!」
 八木は降参の証に両手を挙げ、耳を解放してもらった。赤くなった耳たぶを指で摩り、八木は途方に暮れたように溜息を吐く。
「何とかって言われても」
「そこは自分で考えろや。マジで憎まれる前にな」
 八木の面から視線を外し、小森は大きく伸びをした。
 二人は知らなかった。八木に対し、すでに深い憎悪を抱いている者がいることを。

【強欲に浸かる指先】

 茶色い髪の少年が自身の掌に視線を落とし、ほくそ笑んだ。
「へへっ」
 瞳に映るのは腕につけるタイプの装飾品だ。幼さの残る少年にはそぐわない輝きを放っている。
 指で輪郭をなぞる彼の名は、猫俣孤宇介という。
 高価な品を彼が入手した方法は単純だ。
 手に入れた時の状況を思い返し、猫俣は上機嫌で呟く。
「チョロいもんだぜ」
 彼は、盗みを働いた。
 初めてではない。何度も行っていることだ。
 猫俣の表情に曇りはない。良心の呵責を感じている気配は微塵も感じられない。
 罪を犯しているという認識は一応あるが、実感が伴わない。法に背いていようとやめる理由にはならず、やめる気もない。
 バレなければいい。捕まらなければ問題ない。
 外面の良さに自信のある彼はたかをくくっていた。
 もし捕まっても、殊勝な顔をして反省した振りをすればやり過ごせる。
 万が一内心を見抜かれたところで、どうということはない。
(別に手や指を切り落とされるワケじゃねーんだ)
 肉体を痛めつける罰を受ける心配はない。ましてや命を脅かされるなどありえない。
 欲深さを矯正する必要などどこにもないはずだ。
 欲しい物は必ず手に入れる。
 どんなものであっても。どんな手を使っても。
「だから――」
 猫俣の目が鋭く光る。
 恋人の顔が浮かんだためだ。
 自分と付き合っていながら、他の男に言い寄った女。
 彼女への憎しみはあるが、それ以上に憎いのは恋人に手を出した男の方だ。
「色んな女に手ェ出すクズなら、女で破滅するのがお似合いだよな?」
 欲望を満たすために彼は思考を巡らせた。指先で戦利品を弄びながら。

【忘因暴食】

 金に黒の混ざった、虎の毛並みのような髪の男がぼそりと呟いた。
「ちぎろうなんざ思ってなかったってのによ」
 不満を漏らしたが、処遇は何も変わらない。
 他校の生徒の指と耳を食いちぎったため、彼は少年審判に掛けられようとしている。
「あー、しくった」
 彼にとってしくじりの内容の大半は、現在自分の陥っている状況だ。
 頭に血を上らせて相手を過剰に攻撃したことはさほど大きくない。
 やりすぎだと言われれば否定する気はないが、己の過ちを悔やみ、改める方向には行かない。相手の指と耳がちぎれたのは力が入りすぎただけで、「そんなつもりはなかった」のだ。
 トラと呼ばれている彼は、荒っぽい戦い方をすることで有名だった。
 トラの中では、噛みついたり引っかいたりするのは殴打や蹴りと大差ない。
 強く噛んだ結果ちぎれた件についても、相手の運が悪かったという印象が拭えない。
 被害者がどうしているか。自分は何をすべきか。そういった事柄は頭に浮かばなかった。
 喧嘩をするのはいつものことだ。自分が暴れた後に、血に塗れ呻く者が転がっているのもいつものことだった。
 彼にとっては当たり前の行為と風景。そこに疑問を抱くはずもない。
 顧みない姿勢を糾弾されたとしても、特殊な状況下でない限り彼の心には響かないだろう。何故喧嘩に勝った者が負けた者の――狩る側が狩られる側を思いやらねばならないのかと突っぱねて終わる。

 彼は忘れている。
 狩る側が狩られる側に転落する可能性を。
 因果が巡り己に跳ね返る物語を。

【嫉妬と嫌悪のウロボロス】

「……あ……」
 今蛇犬丸の口から呆然とした声が漏れた。
 叩き壊された車数台に囲まれるようにして、彼は佇んでいた。
 西高校の教師達の車を廃車にしたのは彼の仕業だった。
 ある出来事がきっかけで理性が吹き飛んだ彼は、荒れ狂う感情を無機物にぶつけた。
 ヘビと呼ばれる彼は、「普段は大人しくしているが、時折前触れもなく暴れ回る」と恐れられている。手にはねじ曲がった鉄パイプが握られており、噂が正しいと証明したばかりだ。
「つ……」
 ヘビは指を軽く開いたり閉じたりして感覚を確かめた。五指や掌、腕が痛む。力を込めて得物を振るい続けたせいだろう。
(くだらないことしてしまったな)
「先生方にとってはくだらなくありませんが」
 ばつの悪そうな表情で呟くも、答える者はいない。
 ヘビは細い眼をますます固く閉ざし、重い息を吐き出す。
 これは喧嘩などではない。一方的かつ理不尽な仕打ちだ。
 被害を受けた者達は怒り、悲しみ、怯え、苦しむだろう。
 彼らには何の関係も落ち度もない。
 ヘビとて彼らを苦しめたいという考えは微塵もなかった。無関係の人間を巻き込むべきではないと理解していた。
 怒りが噴き出した時、越えてはならない境界線は頭から飛んでしまった。
「直さないと、いけないんですけどねぇ」
 苦笑しながら頭をかく彼の心に声が響いた。
(本当に?)
 内なる囁きにヘビの眉間の皺が深くなった。
 彼の中には『蛇』がいる。己を嫌い他者を羨む、嫉妬深い生き物が。
 心に絡みつく『蛇』に悩み、抗おうとする衝動は常に渦巻いている。
 それが怒りと結びついた時、理性は容易く弾け飛び、目の前にあるものにぶつけずにはいられなくなる。
 爆発を無理に抑えつけようとすれば苦しむだけだ。
 心を蝕む嫉妬と嫌悪が軽くならなければ、暴走はなくならないだろう。
 本当に直るのか。直そうとしているのか。
 自分の性(サガ)を疎ましく思えば思うほど、『蛇』は心を締め上げる。
 自分を嫌い、他者に嫉妬し、荒れ狂う感情に振り回され、そんな己を嫌悪する。不毛な円環から抜け出せずにいる。

 ヘビは己の内面から現状へと思考を移した。
「どうするかな」
 彼が我を忘れた最大の理由は親友が酷い目に遭ったためだ。
 だが、犯人も原因の一つだ。
 ヘビの親友は指と耳を食いちぎられた。ヘビがいつもつるんでいる相手――トラによって。
 病院のベッドに横たわる親友の姿が鮮やかに浮かび、ヘビの手から鉄パイプが落ちた。彼は震える手で頭を押さえ、低く呻く。
「僕が……!」
 トラが暴れるのはいつものことだと看過してきた結果、こうなった。
 普段からトラにやりすぎるなと忠告していれば、親友は重傷を負わなかったかもしれない。
 事件が起こった時一緒に行動していれば、惨劇を防げたかもしれない。
 再び自己嫌悪に陥りそうになった彼は、強引に未来のことを考えようとした。
 自分が過ちを犯したことは認識している。
 咎人がなすべきことは、己の罪と向き合うことだ。
 反省しようが謝罪しようが、惨たらしく壊された物は元通りにはならないと理解している。
 だが、それらをしなければ何も始まらない。
「アンタもだ。トラ」
 この場にいない相手に告げながらも、ヘビは自分の願望が叶わないことを悟っていた。
 トラは自分の行動を省みることはなく、謝罪など考えもしないだろう。
 無意識のうちにヘビは鉄パイプを拾い上げた。
 彼はトラに罪を突きつけ、謝罪を促すつもりだった。
(もしトラが跳ね除けたら――) 
 手からみしりと音がする。
 『蛇』が鎌首をもたげた。

【怠惰なる獣】

 体格のいい若者が己の両掌を見下ろしていた。
 彼――猪熊吾牛は顔を曇らせている。
 動かず喋らず立ち尽くす彼の脳裏に、自分が何をしたのかが再生される。
 発端は両親の小言だった。
 珍しく親子間の会話が発生したというのに、流れる空気は和やかとは言いがたい。冷たく、刺々しく、張り詰めていた。
 己を咎める物言いに吾牛の顔がこわばった。急速に冷える心を反映するように眼差しが険しくなっていく。
 反射的に答えた彼の声は低く、暗かった。
「今更親みたいなこと言い出すんだな」
(どうせ)
「指図だけは一丁前に」
(どうせ)
「うるせえんだよ」
(どうせ)
「愛してないくせに!」
 迸った叫びは何年も何年も溜め込んでいたものだった。
 彼の目には、父も母も自分を愛していないように映った。
 彼にとって両親は、苦しい気持ちを抱かせる存在だった。見えない壁で隔てられていた。
 嫌い、だった。
 怒りとも悲しみともつかぬ感情が込められた言葉に両親はびくりと身を震わせた。父親は目を大きく見開き、母親は口元を掌で覆って絶句する。
 凍った時が動き出す。
「吾牛!」
 両親の上げた叫びは悲鳴か釈明か。
 確かめる前に吾牛は拳を振るった。

 追憶が終わっても吾牛の視線は手に据えられたままだ。
 喧嘩には慣れているはずなのに、拳が妙に痛む。傷一つ負っていないのに息苦しい。
 暴行の時間は短くはなかった。
 終わらない悪夢を見ているような気分だったが、彼は自身の行動も周囲の状況も正確に認識していた。
 父は、苦しげな顔をしていた。
 母は、悲しげな顔をしていた。
 嫌悪の対象を痛めつけたというのに、心のどこを探しても高揚感は見つからない。眼前にあるのは、自らの手で居場所を壊したという事実のみ。
(こうなったのは――)
 決定的な出来事を挙げようとするが、上手くいかない。
 その理由に思い至った吾牛は、胸中の塊を出そうとするかのように息を吐いた。
 何かをしたためにこの事態を招いたのではなく、何もしなかったからこうなったのかもしれない。
 状況が良くなることはないと諦めて、道を探すこともせずにいた。怠惰に時を過ごしてきた。
「親父。オフクロ……」
 眠りを求めるかのように彼は瞼を閉ざした。

【憤怒は静かに時を待つ】

 何かが擦れる音が響いた。
 丸い眼鏡をかけ、白い鉢巻を巻いた男が、拳を握り締めては開くことを繰り返している。
 少しでも怒りを発散するための行動だが効果は薄い。
 激情は際限なく噴き上がり、時間が経とうとおさまらない。
(ろくでもねえことばっかじゃねえか!)
 最近の出来事を彼は一つ一つ思い返した。
 虫の居所が悪く、兄と喧嘩した。
 いっそうむしゃくしゃして、無免許でバイクに乗って爆走した。
 暴走の果てにパトカーのガラスを割った。
 その結果、捕まった。
 やったことを挙げてみると、誰もが呆れるものばかりだ。同情の余地も擁護できる材料もまるでない。
 日頃から南高のNo.2、猿飛三狼だと高らかに宣言している男がこの有様では格好がつかない。
 三狼は頭を抱えたくなる衝動を堪えた。
(ほんと何やってんだか……)
 発端となった兄弟喧嘩も原因は三狼にある。三狼が兄の恋人を馬鹿にしたため兄は怒り、喧嘩へと発展した。
 三狼も何から何まで自分が悪いということはさすがに理解している。捕まるのは仕方ないということも。
(だが、やることがある)
 眼鏡の下の瞳に暗い炎が宿る。 
 兄弟喧嘩した日に機嫌が悪かったのには原因がある。
 南高校に襲撃を掛けた男が数十人を病院送りにしたと知って、火が付いたのだ。
 暴走している最中も、捕まってからも、感情は燻り続けている。憎い敵に復讐するまで炎は消えないだろう。
「たっぷり思い知らせてやらねえとなァ?」
 南高の生徒に手を出すことがどれほどの過ちか。
 南高のNo.2――猿飛三狼を本気で怒らせた者がどんな末路を迎えるか。
 愚か者にその身をもって償わせるまで、死んでも死にきれない。
 三狼は軽傷の生徒から犯人の情報を聞き出していた。
「小森、孔司」
 仇の名を呟き、三狼は湧き出る怒りを押し殺そうと拳に力を込める。
 今感情を爆発させるわけにはいかない。揉め事を起こして復讐の機会を遠ざけてはならない。
 憤怒をぶつけるのはまだ先だ。
 血に飢えた獣の笑みが三狼の面に浮かび上がった。

【シンの傲慢】

 南高校で騒乱が起こっていた。
 自分達の縄張りに単身乗り込んできた男に対し、荒っぽい連中が「丁重に」お引き取り願おうとしたものの、失敗したのだ。
 闖入者――小森孔司は拳を繰り出し、敵の顔面に叩き込んだ。豪快に吹き飛び、壁に叩きつけられた男は潰れた蛙のような声を上げた。
 ずるずると床にへたりこむ男の胸ぐらを掴み、小森は勢いよくつるし上げる。
「言え! どいつがうちのモンに手を出した!」
「何、言ってやがる」
「サツにパクらせやがったのは誰なんだよ……吐け!」
「知らねーよ」
 疑問をぶつける小森に返ってくるのは何の意味もない言葉だけ。
 舌打ちした小森に背後から複数の罵声が飛ぶ。
「死ねやコラァ!」
「クソボケが!」
「チッ……」
 小森は即座に手を離すと、己の耳を掠めるようにして両拳を後方へ振るった。手の甲が顔の中央にクリーンヒットし、後ろから殴りかかろうとした二名が崩れ落ちる。
 呼吸を整えながら振り返った小森の目に増援が映った。
 何人殴り倒したか覚えていない。
 誰にどれほど質問を浴びせても、情報は得られない。
 加害者どころか被害者の確認も不十分なまま乗り込んだのは無謀だったかもしれない。
 復讐に逸るあまり視野が狭くなっていたことを小森は自覚しつつあった。
「でも……でもよ」
 小森は歯を食いしばり、敵勢を睨みつける。
「ナメられっぱなしで終われっかよ!」
 仲間に手を出されて大人しくしているのは、彼のプライドが許さない。
 吼えた小森は床を蹴った。宙に跳んだ彼の足が動き、滑るような軌道を描く。
 鋭い飛び蹴りが相手の体に突き刺さった。


 もうすぐ罪人達が一か所に集められる。
 命を懸けて互いに助け合うゲームが行われる。
 中心となる人物は小森孔司。
 彼の行動で全員の運命が変わり、決定される。
 彼の針がゲームの行方を左右し、結末を指し示す。
 楽園を築く実験が始まるまであとわずか。
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