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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

デッドエンド

ノクターンSS『デッドエンド』



 森の奥、木立に隠れるような屋敷の前に、小さな泉があった。傍に立つのは、白銀の髪の女。周辺の仙草を摘むでもなく、佇んでいる彼女の耳に足音が聞こえた。
 音の方へ視線を向けると、二人の人物が視界に入った。黒衣の男と、後ろに控える少女。前者の表情は険しく、後者の面には何の感情も映っていない。数時間前まで泣いたり笑ったりしていたとは信じられないほどに。
 少女――ルナの血のように紅い眼を見、金色の瞳に動揺が走った。
 口を開きかけ、虚しく閉ざす。
 彼女の身に何があったか知っている。
 主のカオスとともに、彼らがどのような道を歩むか見守っていた。
 夜が明け、彼らの来訪も予期していたが、対面すると衝撃を受けずにはいられなかった。
(ルナ……)
 ころころ表情を変え、良くも悪くも感情を表に出す人間が、人形のように動くだけ。
 何が起こったか知っていても、衝撃を和らげる役には立たなかった。
 感情が揺さぶられ、疑問が浮かぶ。
 主にはどこまで見えていたのか。
 いくら心の中で問うても、彼の考えを窺い知ることはできない。
 カオスは森の中で起こった出来事は把握している。特に、同胞に関する事柄は。
 ルナがリスティルの指導を受け、法術の才覚を発揮したことも。意見が対立した時、獲物であるはずの相手を、レヴィエルが殺さず見逃したことも。
 レヴィエルとの会話でルナについて触れたものの、ああしろこうしろと指示することはなかった。
 干渉は最低限だ。
 訪ねられ、求められれば応じはするが、自ら動くことは少ない。
 リスティルがルナを使って実験しようとした時シルフィールに止めさせたが、直接対峙するわけではなかった。

 シルフィールの心の中で、疑問の泡が浮かんでは弾ける。
 この事態を避けることはできたのか。主や己が動いていればどうなったのか。
 ルナが野盗に攫われたと聞いた時、身を案じながらもどこかで大丈夫だと思った。
 レヴィエルはきっと、ルナを助けに動く。彼が救出に赴けばすぐに方が付く。野盗達がよほど血迷って人質を傷つけでもしない限り、無事で済む。
 不穏な動きを見せるリスティルの方も、牽制されたことでひとまず危害を加える気は無くなっている。レヴィエルを招待する準備に夢中になっているため、邪魔される真似は避けたいはずだ。干渉されたくないのはこちらも同じで、計画を進める以上、目立つ行為は慎まねばならない。
 救出されたルナが大人しく家に帰り、事件は解決すると思っていた。
 予想通り、野盗の壊滅という形で終了し、ルナは村へと戻った。カオスやシルフィールが動く必要は全く無い。
 生じた問題と言えば、敵への仕打ちで二人の間に亀裂が生じたことぐらいだ。
 その問題にしても、彼女の性格を考えればわずかな時間で解決するはずだった。怒りと悲しみを露にしたものの、思い直して謝りに行くだろう。わざわざ彼女を救出しに行ったレヴィエルが、真摯な謝罪を切って捨てるとは思えない。
 紆余曲折を経て絆は強く結ばれる。ほんの少しタイミングが違っていれば、そうなっただろう。

 近づいてくる二人の姿は、屋敷の中の主にも見えているだろう。
(……マスター)
 彼はただ見ていた。始まりを。終わりを。
 彼にはこの結末も予測できたはずだ。
 冷ややかな視線と言葉を浴びせながら、危険を伝えたのだから。
 自身の選択を必ず後悔すると。
 それでも関わろうとするルナを無理に遠ざけようとはしなかった。
 時には使い魔を向かわせて守った相手が、命を落とすこととなった。
 今回の事態を避けられなかったか考えるうちに、ある考えが脳裏をよぎった。
(まさか、あの時と同じ)
 過去の選択と重なる。
 彼は、本人の意思に任せたのかもしれない。行動を縛ることで、彼女を彼女たらしめるものが砕けしまわないように。
 答えに確証はない。あくまで推測にすぎない。単に彼女の行動を読み切れなかった可能性もある。
 主の過去や記憶の欠片に影響されて浮かんだだけの考えだ。

 逡巡していたシルフィールは、気を取り直していつも通り忠告を口にした。
 レヴィエルは関心を見せない。
 構っている余裕など無いのだろう。
 シルフィールはかける言葉を探したが、何も言えなかった。
 ルナの身を案じれば、彼を責めているように聞こえてしまうかもしれない。
 レヴィエルは、ルナの死について己に責任があると思っている。
 同胞との争いに巻き込み、死なせた。
 死に瀕した彼女に牙を突き立て、人としての生を奪った。
 危険を承知で関わることを望んだのは彼女の意思。血を吸ったのは、どんな形であれ彼女を生かそうとしての行為。そう告げたとしても、背負うものが軽くなりはしない。
(希望は――)
 苦いものとともにこみ上げた言葉を飲み込む。
 根拠があるのかと反論されれば、思わず答えてしまいかねない。真剣に問うてくるレヴィエルの表情が目に浮かぶようだ。方法を知っていながら、本気の追及を躱しきる自信は無い。
 計画云々を抜きにして、ルナならばもしかしてという気持ちもあるが、今の彼に告げたところで根拠もない慰めとしか思えないだろう。
 そのまま自我を保っている例すら少ないのに、使徒と化して時間が経ってから目覚めるなど考えられない。
 仮に自我が回復するとしても、数日以内でなければ関係ない。主の計画が完了すれば、何もなかったことになる。回復を悠長に待つ時間など無い。
 間に合ったところで、主が陣を発動させれば同じことだ。回復しようと、しないままだろうと、意味は無くなってしまう。
 奇跡的にルナが意思を取り戻し、計画を知ることができたとしても、その先に待つのは戦いだ。
 希望を探せば探すほど、否定する材料が見つかるばかりだ。
 道が閉ざされたような感覚に襲われ、心が冷えていく。
 シルフィールは己の胸にそっと手を当てた。
 希望はあるという言葉を、レヴィエル以上に聞かせたくない相手がいる。
 他でもない、カオスだ。
 奇跡は起こらないと証明した自分が、可能性はあると主張するのを聞けば、彼がどう思うか。

 ルナに、友人に戻ってきてほしい。
 湧き上がる想いに寄り添うように、不可解な感情が混ざっている。
 それは恐れに近いかもしれない。
 ルナが自我を取り戻せば、レヴィエルの想いが届いたことになる。
 カオスは満たされた友人の破滅を望むような性格ではない。羨んでも、呪いはしないだろう。
 同時に、考えずにはいられないはずだ。
 同じ道を歩み、異なる結末を迎えたのは何故か。己が届かなかった理由はどこにあるのか。一体どこが違うのか。
 答えの出ない問いを己に付きつけながら、深まった迷いを抱えて計画を進めようとするだろう。
 異なる結末に辿りつくことを望んでいたのに、自らの手で叩き壊そうとする矛盾に、気づかぬはずが無い。

 胸元の手に力がこもる。
 友の人形のような姿は見たくない。これ以上苦悩する主の姿も見たくない。
 あと数日もしないうちに見ることはなくなる。己の存在は消え、永遠に何も見られなくなる。
 物言わぬルナに対し、何も言えないままだった。
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