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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

獄中の炎

ノクターンSS『獄中の炎』



炎獄の魔王

 金色の髪が月光を浴びて煌めいた。仮面で左眼を隠しているが、相貌が整っていることは見て取れる。背からは黒い翼が生え、その身を浮かしている。全身を包む真紅の衣は炎のように赤く、腰の辺りから黒い布が広がっている。
 彼は宙を漂い、ゆっくりと移動する。一身に月の光を浴びながら。
「良い、夜だ」
 月を見上げた彼は深紅の眼を細め、微笑んだ。
 瞬時に姿を現し行動に移るのも魅力的だが、今夜は狩りを始める前に散歩したい気分だった。
 目的地はさほど遠くない。たまには、急くことなく進むのも悪くない。狩場に行くまでの一時もなかなか趣がある――そうひとりごちた。
 目的地に来た彼は、地に足をおろし、闇に溶けるように踏み入っていく。
 人間が暮らす、町村へと。
 異様な風貌に目を剥いた住人もいたが、彼は視線を気にせず悠然と進んでいく。
 やがてその動きが止まった。
 すいと片手が上がり、愉悦に満ちた声がこぼれる。
「愉快な狂宴の開演時間だ。美しく囀っておくれ、可愛い駒鳥よ」
 軽く指を弾くと、それだけで通行人が崩れ落ちた。
 一拍遅れて悲鳴が上がる。
 それが地獄の始まりだった。
「ア――アヴィルト!」
 恐怖を顔いっぱいに浮かべ、後ずさる者。武器を構え、誰何する者。いずれの面にも天敵に対する感情が浮かんでいる。
「な、何者だ!?」
「ヒュプノシス。……あァ、炎獄の魔王と呼んだ方が理解し易いか? 君達が、つけた名だ」
「ま、魔王……!」
 世界を業火で焼き尽くさんとする悪魔に与えられた称号。獲物からつけられた肩書だが、ヒュプノシス本人は気に入っている。「人間を滅ぼす」という使命を抱く己に、この上なく相応しいのだから。
 魔王と聞いていっそう怖気づいた人間に笑いかける。優雅な笑みは、相手を安心させるどころか恐怖を煽るばかりだ。
「フレイムハウンド」
 獲物の足元に魔法陣が浮かび上がった。炎が中央へと集束するように向かい、棒立ちの人間を包み込む。
 叫びさえも焼かれた犠牲者が崩れ落ちた。
 目撃者が口元を押さえ、転がるように駆けていく。建物の中に入り扉を閉めた相手に、ヒュプノシスは優しく語りかけた。
「逃げないで。さァ、共に最高の一夜を楽しもう。君達にとっては最後の夜を」
 空間がゆがみ、室内に逃げ込んだはずの人間が吐き出された。突然の変化についていけず周囲を見回したのも束の間、魔王の姿に愕然として地に座り込む。
 獲物を屋外に招くことなど、彼には造作もない。
「た、助け」
 大量に召喚された闇の剣が舞い踊り、懇願ごと命を絶った。切り刻まれて倒れ伏した獲物を見下し、ヒュプノシスの笑みが深くなる。
「愉しいな。ああ、とても」
 陶酔に浸る彼の動きがわずかに鈍った。
 人間の命を奪いながらも、顔を曇らせていた悪魔がいたことを思い出したのだ。それも、何名か。
(何故、だろうな?)
 衝動に従い、人間に死を振りまこうとしているのは同じ。
 一体何が彼らの心を沈ませたのか、理解できない。
 攻撃の手が緩んだ隙に少しでも傷を負わせようと、氷の矢が何本も飛来する。彼は隻眼を光らせ、掌を向けた。
「プロミネンス」
 太陽のごとき輝きが、その場にいた者達の眼を射た。
 幾重もの炎の波が弾け、飛来した矢のみならず術者をも焼き尽くす。
 心地よい断末魔が耳をくすぐり、彼は頬を緩めた。
「良い声で鳴いておくれ。もっと……もっと。高く、遠くまで響き渡るように」
 彼にとって、人間は楽器だ。心地よい音色を響かせる道具だった。
(無粋な輩だったのか)
 憂鬱そうな面持ちをしていたのは、風流を解さぬ心の持ち主だったのだろうとヒュプノシスは結論付けた。
 虫の声を聞いて季節の変化を感じる者もいれば、耳障りだと思う者もいる。苦しげな悪魔が後者だとすれば、何らおかしいところはない。
「嘆かわしいコトだ」
 溜息を一つ吐き、天空の月を仰ぎ見る。
「世界は、これほどにも……鮮明だというのに」
 再び見下ろせば、己の生み出した死骸が幾つも転がっている。それらを見るたびに、えもいわれぬ心地よさが全身を駆け巡る。
 指揮者のごとく腕を振るえば、動きに応じて音色が弾ける。その調べを聞くたびに、己の生きる意味を実感できる。
「ク、ハハハハッ!」
 炎は鎮まらなかった。

死神と紅焔

 神父服を着た若者が、浅黒い肌と白銀の髪の持ち主へと語りかけた。
「あの男……どう思います?」
「クライブか」
 魔剣を帯びた黒衣の男、クライブは契約を持ちかけてきた。
 二名の悪魔へと協力を申し出たのだ。
「興味深い」
 白銀の髪の男が短く告げると、語りかけた若者は露骨に顔をしかめた。すぐ感情を表に出す彼に対し、白銀の髪の男――スカーウィズは淡々と語る。
「人間と悪魔の関係など決まっている。にも関わらず、協力を申し出た。我らの正体を知り、目的も薄々勘付いていながら」
 復活させた人間を手にかけた悪魔を前にしても、クライブは平静なままだった。
 何人も――何百人も殺してきたのだから、同類のようなものだと平然と語った。
「信用できません……人間など。肝心な所で裏切り、計画を台無しにするのでは?」
 クライブは魔剣ファクティエを持っている。悪魔を殺すことに特化した剣は、結界や魔術を容易く破ることができる。
 悪魔にとってこの上なく厄介な代物ゆえに、カーディナルは警戒している。悪魔殺しの武器を所持している相手を、悪魔が簡単に信用できるはずがない。
 カーディナルと違い、スカーウィズはそれを振るう者の力量も軽視してはいなかった。
 魔剣を使いこなすことができる人間は限られているが、クライヴは力を引き出し、自在に扱える。もし彼が本気で攻撃してくれば、スカーウィズも苦戦は免れないだろう。
 顔中で不満を訴えるカーディナルに、スカーウィズはそっけなく呟いた。
「利用できる間はすればよかろう。我らは人の中で動けん」
 魔の者ゆえに行動は大きく制限される。騒ぎが大きくなる前に計画を進めるには、人間の駒が必要だった。
 カーディナルもそれは承知しているが、面白くないように顔をゆがめる。
「人間風情の手を借りるなど……」
「目的のためだ」
「……そう、ですね」
 不快げに舌打ちしつつ、カーディナルは渋々従った。
 スカーウィズは相手がいるかのように虚空の一点を見つめる。
(何を考えている? 死神よ)
 クライブは、己は闇の住人なのだから、闇の存在の手先として行動したいと告げた。死神として死を与え続けてきたのだから、これからもそうするのだと語っていた。
 どこまで本気かはわからない。
 別の目的があるのかもしれない。
 それでもかまわなかった。
「ヒトを滅ぼすために造られた我らが、ヒトと手を組むとはな」
 人間と戦い、滅ぼすためだけに存在している悪魔が、人間と共に行動する。同類のような相手とはいえ、復活直後は考えもしなかった事態だ。
 スカーウィズは目を細め、この場にいない男へと語りかけた。
「闇に生きる者同士、共に行こうか」
 光の中で生きる人間に同じ感情を抱きながらもそうできぬ者同士、気が合うことだろう。
 スカーウィズの真紅の眼が楽しげに光った。

赤き終焉

 スカーウィズは水晶にもたれかかるようにして崩れ落ちた。
 痛ましげに唇を噛んだ黒髪の少年を見て、呆れとも微笑ともつかぬ表情が自然に浮かぶ。
(何故、悲しそうな目をする?)
 敵、それも異種族に向ける視線とは思えない。
 人を滅ぼすべく定められ、世界に破滅をもたらそうとした悪魔なのだ。戦い、倒すしかなくても、悲しむ必要など無いはず。
 それでも、目の前の人間は心を痛めるのだろう。
(何故、貴様は……)
 悪魔を倒すべきただの敵と考えず、心を知ろうとした。
 戦うことでしかわかり合えなければ、その間に想いを伝えようと全力をぶつけてきた。
(何故。私は)
 リックスを認め、ただの人間と侮らぬことを決めた。目的に立ち塞がる最大の障害として、全ての力をもって排除すると決意した。その意思に沿って戦いながらも、ずっと意識していることがあった。
 人間の血によって神の卵は孵化する。
 幾度もリックスに攻撃をくらわせ、傷を負わせた。神の卵に血を浴びせることも容易かった。すぐ近くで戦闘を繰り広げているのだから、かからない方が不自然なほどだ。
 リックス達を倒すまでは孵化させないと心に誓い、従った。
(……そうだ。最初から――)
 元々、六神結界を破って侵入する人間などいないはずだった。リックス達が現れたことは想定外で、人間の血は別の手段で入手し、使う予定だった。
 やろうと思えば、実行できたはずだった。
 計画の成功まであと少しというところまで来ておきながら、踏みとどまった。
 戦いに敗れ、神の卵は孵らない。最後の好機を逃してしまった。
(作られた目的すら、果たすことができぬか)
 与えられた目的を達成した時、自由になれるかもしれない。解放され、己という存在を手に入れることができるかもしれない。
 そう信じて、もはや誰も望んでいない使命を果たそうとしてきた。
 それも貫き通すことができなかった。
 スカーウィズの口元が微かにゆがむ。
 もし目の前の少年のような人間ばかりならば、この身に制約は植え付けられていなかったかもしれない。それどころか、悪魔自体存在しなかったかもしれない。
 己に制約さえ無ければ、と考えずにはいられなかった。
 リックスが差し出した手を掴むことも、望む答えを与えることもできただろう。
 実際は、縛られた力を求めた相手に憎悪を募らせ、手にかけた。衝動に逆らえなかった。

 リックスは背を向け、帰ろうとしている。その姿を見送る中、意識が少しずつ遠のいていく。
 野望は潰えた。封印され、長い眠りに就くことになるが、動揺は無い。
 静かに結末を受け入れようとしていたスカーウィズは目を見開いた。
 顔に、生温かい液体がかかったのだから。
「リッ、クス……?」
 少年の背から魔力の刃が突き出している。溢れ出た血潮が己の頬を――それどころか背後の物体までも、濡らした。
 魔術を放ったのは、スカーウィズの同胞だ。
「カーディナル……!」
 リックスが倒れ、歩み寄る仲間の姿が目に入った。
「くくっ……あははははっ!」
 カーディナルは、笑っていた。深い傷もそのままに、身を反らすようにして、喉から笑い声を迸らせる。泣いているかのように顔をゆがめ、愉快でたまらないように身を震わせている。
「何を迷っているのです? ……スカーウィズ!」
 細い目に残酷な光を浮かべ、カーディナルはスカーウィズを睨んだ。
 生み出した者達は遥か昔に死に絶え、目的を叶える意味など無い。それでも二人の悪魔は使命を果たそうとした。
 スカーウィズがその先に解放を望むならば、カーディナルは――。
「誰からも必要とされていない。ならば、渇きを癒すだけ……この心の命ずるままに」
 憎悪を瞳に燃やしながらカーディナルは叫んだ。
「人間を、滅ぼす……! それ以外無いんですよ、我々には……何も!」
 同じ絶望を抱き、異なる結論を出した悪魔は、高らかに宣言した。
「『回帰せし者』が誕生し、ヒトが滅ぶ。これが――これこそが、全ての悪魔の望み!」
 リックスの仲間に斬られながらも、カーディナルは満ち足りた顔だった。
 スカーウィズは言葉を紡ごうとするが、声が出ない。
 脳裏によぎったのは、魔剣ファクティエを携えた黒衣の男の姿だった。
(あの男、ならば――)
 悪魔殺しの魔剣を完璧に扱える剣士、クライブ。
 彼がいれば、『回帰せし者』さえも止められたかもしれない。
 だが、彼はもうこの世にいない。
 リックスの仲間がファクティエを持って現れた事実こそが、クライブの命が尽きたと証明している。
 背に触れている水晶が脈打つのを感じる。
 中にいる者が――『回帰せし者』が動き出そうとしている。
 己を縛る枷ごと全てが壊され、解放されるかもしれないというのに、歓喜は遠い。
「……!」
 あることを望みながら、彼の意識は途絶えた。
 他ならぬ『回帰せし者』とリックスがその望みを叶えたことを、彼は知らない。
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