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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

銀の処刑人

B.B.ライダーSS『銀の処刑人』
※マルコと男の交流~シルバが故郷を滅ぼす。


 色素の薄い髪の子供が歩いていく。
 彼の膝はむき出しで、動きやすい格好をしている。
 少年が目指すのは村の外れ。細い道の先にあるのは教会だ。
 少年の名はマルコ。変化や娯楽に乏しい、小さな村の住人だ。
 彼は窮屈さを感じていた。
 村の暮らしは刺激に欠け、親からの再三の「遊んでばかりいないでお手伝いしなさい」という注意も、好奇心や冒険心を鎮める役には立たなかった。
 定期的に教会に行くのも善良さや信心深さの表れというより、習慣に従って足を動かしている側面が強い。信仰心が無いわけではないが、明朗に語れるほど強固ではない。
 表情も足取りも平坦なまま家と教会の行き来を済ませるのが常だったが、最近は違う。少年は足取り軽く進んでいく。
 彼の退屈な生活に変化が訪れたのだ。
 教会に一人の男が住み着いた。
 男の評判はすこぶる悪い。
 身に纏う衣は粗末で、髪もひげも伸び放題。身だしなみに気を遣っているようには見えない。両目の上から下へと傷が走り、よれよれの服の上からでもわかる筋肉は戦いの中で培われたことを窺わせる。
 男がどのようにして現在の風貌になったのか考えると、物騒な結論しか導き出せない。
 説明次第では周囲の目も好意的になったかもしれないが、彼はどこから来たのかも何をしていたのかも語ろうとしない。
 危険なにおいを漂わせる存在から村人達が遠ざかろうとするのも当然の話だった。
 しかし、マルコだけは男に関わろうとした。
 初めて出会った時、男は「英雄を夢見てた、ただのおっさん」と自称した。
 名前すら明かさない怪しい人物にマルコは意気揚々と頼み込んだ。
「おっさん。オレに戦い方、教えてくれよ」
 男が微かに纏う血と暴力の空気は、少年を怯えさせるどころか奮起させた。
 小さな村にはおさまりきれない冒険心を満たす相手が見つかり、瞳が輝いている。
 マルコは教会の扉を開け、男がいつもの位置にいることを確かめてから奥の十字架へと歩を進めた。

 祈りを捧げる間神妙な面持ちをしていたマルコは、男と向き合うと生意気な子供の顔になった。
 他人と関わろうとしない男にマルコの方から話しかけるのが常だ。両親から何度も「男と関わるな」と叱られても続けている。
 だが、男の一言一句に耳を傾け、全てを受け入れるほど素直でもない。
 話を聞き流したり冷たい一言を返したりすることも多く、そのたびに男はむきになったり落ち込んだりする。
 教会入って左奥の女神像の足元に男が座り、男か最奥の十字架の前に立つのがマルコの定位置だった。
 今日もマルコは男の話に適当に相槌を打った後、もどかしげに呟いた。
「あー早く大きくなって強くなって英雄になりたいなぁ」
「マルコは小さいもんなぁ」
 男の目は潰れているが、音や空気の動きで物事を正確に把握しているようだ。
 彼の言葉通り、マルコは小さな子供でしかない。手足も細く、頼りない。
 からかい混じりとはいえ事実を告げられ、マルコはむくれた。
「うっせー! おっさんと違って、強くてカッコよくて敵をバシバシやっつけるすごい英雄になってやるからな」
 マルコに英雄への憧れが芽生えたきっかけは男の言葉だった。
 英雄とは世界の平和を守る正義の味方だと説明され、ロマンを感じたマルコは英雄を目指すことにしたのだ。
 勇ましい宣言に男は苦笑した。わずかに沈黙した後、提案する。
「カッコいい名乗りや必殺技を考えたりしないのか? 金色(こんじき)のオーラを纏うとか」
「子供みたいなこと言うなぁ、おっさん」
「お、俺は永遠の二十代だから……」
「ホントに二十代ならそんなこと言わないだろ」
「ぐはっ!」
 胸を押さえた男に哀れみの視線を送りながらマルコは考え、首を横に振った。
「ハデなのより渋い方がいい。ダークヒーローみたいでカッコいいし」
 無邪気な発言に男はしばし考え込み、名案が浮かんだのか顔を輝かせた。
「じゃあ銀色はどうだ。銀髪なんだろ?」
 男はまともに物を見ることができない。それでも少年の姿を瞳に映そうと、眉間にしわを寄せている。
 必死な様にマルコは笑みを浮かべた。実際は髪は灰色に見えるが、銀の方がカッコいいと思ったから男にそう申告したのだ。男が自分の言葉を覚えていたのが嬉しかった。
 提案も気に入った。相手が真剣に考えて出した案であり、内容も悪くない。
「……うん、かっけぇな! おっさんもたまにはいいこと言うじゃん」
 自分で吐いた褒め言葉に照れくさくなり、マルコは視線と話題を逸らした。
「それにしても金色って……どっから出てきたんだよ」
「ほら、俺、金髪だから。な?」
「えー?」
 マルコは疑問を目に込めながら男の髪を観察した。くたびれた男のぼさぼさの髪を金と形容するのは、金色に失礼だと思った。髭や服装など薄汚れている印象が強いため、髪まで色褪せているように見える。
 マルコが首をかしげていると、男はぽつりと呟いた。
「誰かを照らす、輝ける金色に憧れたんだ」
 遠くを見つめながら語る男の声は悲哀に満ちている。
 彼の言う金色がただの色合いではないことはマルコにも理解できた。おそらく、他者に希望を与える光のような存在を指しているのだろう。
 男が英雄を夢見て戦ったものの、結局なれなかったことは聞いている。
 頑張って戦い続けても人々からは受け入れられず名前を捨てたことから、相当な苦難があったことは想像できる。
 重い声を受け止めたマルコは何も答えられなかったが、金色という単語は意識に残った。


 終わりは突然だった。
 隣町が切り裂き魔の被害に遭ったと聞いた時、少年は深刻に捉えていなかった。
「そんな奴、きっとおっさんがなんとかしてくれるさ」
 呟いて教会へと向かう心に不安や恐怖はほとんどなかった。
 彼は信じていた。
 英雄を目指し戦った男は、力なき人々を守るために立ち上がる。
 相手は切り裂きトーレと呼ばれる極悪人だが、打ち倒すだろうと。
 だが、男が切り裂き魔を止めたと称えられることはなかった。
 彼こそがトーレであるという疑惑を掛けられたのだ。
 両眼が潰れているという特徴が一致したため、同一人物とみなされた。
 元々村人から疎まれていた男を庇い立てする者はいない。立場は急速に悪化し、覆しようがない。
 疑惑から処刑までの一連の流れが速かったのは、少年の存在も原因の一つだった。
「アイツが、子供に闘い方を教えている?」
「やっぱり危険人物だったのよ」
「マルコが危ない、引き離さないと……!」
 異質な存在を排除しようとする衝動だけでなく、少年を想う心も男を死へと追いやった。
「なんでだよ……!」
 マルコの口から呻くような声が漏れる。
 彼がいるのは村の広場だ。普段は子供達が遊んだり老人が散歩したりして、たまに催し物が行われる。小さな村のささやかな楽しみが味わえる場所だった。
 今そこには多くの人間が集まっている。危険な存在が取り除かれる瞬間を見届けるために。
 彼らの視線の先には小さな高台がある。
 その上で男が複数の方向から槍を突きつけられている。男は体の前で両手を拘束され、無防備な体勢だ。
 彼の表情は無に近く、何を考えているのか読み取れない。無数の敵意に晒されている現実をどこまで認識しているか疑わしい。
 生気のない姿を見ていられず、マルコは声を上げた。
「おっさんは、おっさんは切り裂きトーレなんかじゃない!」
「騙されるなマルコ! こいつはお前を自分の後釜に仕立て上げようとした切り裂き魔だ!」
「戦い方教わりたいって言ったのはオレの方からだ! おっさんはなんも関係ねーよ!」
 マルコは必死に男の無実を訴えるが、大人は聞き入れない。母親も息子の言葉を否定するばかりだ。
 彼の叫びを肯定する者は誰もいない。
 擁護されている本人すら何も言わない。身の潔白を主張することも命乞いもせず、無言を貫いている。
 マルコは男に向かって何か言うように訴える。何でもいいから男の言葉が欲しかった。
「何で何も言わないんだよ……!」
 縋るように叫ぶ少年の瞳から雫が零れた。
 涙で視界がにじむ中、マルコは懸命に男の姿を見ようとした。
 槍の切っ先がぎらりと光り、男が頭を垂れる。
「……え?」
 俯いて表情が見えなくなる寸前、マルコの目は男の口元の綻びを捉えた。
 彼は、微笑んでいた。死がすぐそばに迫っている状況で。
 マルコは理由を探ろうとしたが、思考は凍りついたように止まっている。
 疲れたような、諦めたような笑みが心に焼き付き、離れない。
「やめろおおぉぉ!」
 闇雲に放たれた言葉は何の力も持たなかった。
 銀色の刃が動き、鈍い音が響く。
 何本もの槍に貫かれ、男は絶命した。
「ひっ、あ、あぁっ……ぅああぁぁ」
 マルコは自分の喉を押さえた。
 声が上手く出ない。
 体に力が入らない。
 手足がどうしようもなく震えている。
 霞む視界に男の姿が映るが、髪の色も分からない。男の髪は、奇妙に濁って見える血に塗りつぶされてしまった。
(黒、い。暗い……)
 途切れがちな思考の中でそれだけが理解できた。
 少年の精神がゆっくりと、男の血と同じ色に染められていく。
 マルコは己の内で何かが死んでいくのを感じていた。
 冷え切った心は痛みすら感じない。
 呼びかける最中は溢れていた涙が、処刑の瞬間に止まった。
 代わりに零れ落ちたのは、掠れた声だった。
「……んで。なんで、みんなのために戦ったおっさんが……」
 人々から疎まれ、殺されなけばならないのか。
 答える人間は誰もいない。
 その日、村から一人の少年が消えた。
 少年の名はマルコ。
 祈りを捧げに教会に通う子供は、もういない。


 男の処刑から十年後、村を訪れる者がいた。
 青みがかったコートを着ている彼は建物の壁に寄り掛かり、思索に耽るように目を閉じている。
 前を通りかかった村人――中年の女性が青年の顔をみとめ、目を見開いた。
 かつて村からいなくなった少年の名を呼び、十年間も何をしていたのかと問いただす。
 母親が心配していたと告げられた若者は、瞼を閉じたまま答えた。
「悪かったな」
 次の瞬間、青年が目を開いた。冷たい光を黄金の瞳に湛えて言い放つ。
「あんたらを十年も生かしておいて」
 青年の手が滑らかに動き、何かを掴んだ。握ったそれを相手へと向ける。
 ぱん、という短い音がした。
 村人は戸惑いを面に貼りつけたまま崩れ落ちる。
 青年が携帯しているのは二挺の拳銃だ。彼は死体に一瞥もくれず、村の中心へ歩き出す。散歩のような足取りで。
 
 銀の二挺拳銃が命を持つかのように舞い踊る。
 乾いた音が響くたびに生命が消えていく。哀願も怒号も全て撃ち抜いて。
 青年の面には憎悪も興奮もなく、単純な作業に従事しているかのようだ。壁の汚れを落としているような顔で、淡々と銃弾を撃ち出していく。
 軽やかに殺戮を繰り広げながら、彼は誰にともなく呟いた。
「俺は、あんたみたいにはならない」
 誰も信じず、守らず、救わない。
 他人を守るために戦い、疎まれ、排除されるのが英雄の末路ならば、それに抗う。
 覚悟を口にする間にも死体は増えていく。
 かつて処刑が行われた広場には村人達の骸が転がっている。表情は様々だが、青年が目をとめることはない。
 彼は広場の高台に登っていく。
 最後に残した標的は、処刑を決定した村長だ。男が絶命した地点に追い込まれ、青ざめている。
 村長が顔をゆがめて外道と罵るが、青年は一切動じなかった。
「俺もあんたらもそう変わらんと思うぜ」
 その言葉に村長は顔をこわばらせた。青年が凶行に走った動機は十年前の恨みだと思い至ったが、知ったところで何の役にも立たない。
 銃声が響き、最後の一人の命を絶った。
 自らの手で故郷を滅ぼした青年は静かに宣言した。
「俺は英雄になる。……あんたがなれなかった英雄に」
 青年の名はシルバ。
 携えている銃と同じ色の髪が風に揺れた。
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