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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

Sorge il sole 第十一話

第十一話 失敗作



 神々の住処、白き宮殿に魔族が足を踏み入れた。
 宮殿に入ってすぐの部屋は円形で、面積に比して天井が高い。鏡のように磨き抜かれた床面には挑戦者たる大魔王の姿が映っている。
 バーンを待ち受けていたのは二名。銀色の短い髪を逆立て、黒い衣に身を包み真紅の眼を光らせた魔族と、琥珀色の瞳をした竜であった。
 ただの魔族や竜ではない証拠に空気が震えている。常人ならば戦意喪失するだろうが、バーンは平然と受け止め、跳ね返すように鋭い視線を向けている。
「竜の神と魔族の神か」
「その通りだ。我はファメテルネ。こちらは魔族の神、ジェラル。人間の神キアロは奥で勇者ダイの相手をしておる」
 ファメテルネが好意も敵意も浮かべないまま説明する一方、ジェラルは眉間に皺を寄せている。まるで汚らわしいものを見るような目つきだ。
 針のような視線をぶつけ合う両者に嘆息し、ファメテルネは憂鬱そうにバーンに告げた。
「血が騒いでいるようだが期待に沿えるか分からんぞ。我らは全知でも、無敵でも、万能でもない。ほんの少し力があっただけで、それも昔の話だ」
 消極的な態度のファメテルネに、ジェラルの眉間の皺が深くなった。
「戦いたくなければ下がってろ」
「……いや、関わったからには最後まで付き合おう」
 ゆったりと尾を動かし体勢を変える竜に合わせて、ジェラルも腕を上げてバーンに人差し指を突きつける。
「貴様のような奴がいるから世界が荒れるのだ。ここで滅ぶがいい、咎人よ」
 ジェラルの冷酷な宣告にバーンは微笑で応じた。彼の表情には抑えきれぬ歓喜が溢れている。
 ようやく訪れたのだ。
 願い続けた、神々への復讐の時が。
「かつての愚行をその生命で償え」
 バーンが構え、ジェラルが吼える。
「図に乗るな、失敗作が! ひざまずけ!」
 ジェラルの手に光が灯り、閃熱が走る。迎え撃つのは火の鳥だ。
 光と熱の激突に室内が照らされ、震える。通常では考えられぬ膨大な魔力のぶつかり合いは、神話の戦いと言えた。
 両者の攻撃呪文の威力に大きな差はない。
 だが、この戦いは一対一ではない。
 竜がいる。
 ジェラルとバーンが呪文対決を繰り広げる間にファメテルネが飛び上がり、息を大きく吸い込む。豪炎が吐き出され、バーンの全身を包んだ。ヴェルザーの時と同様にカイザーフェニックスを身に纏わせようとした彼だが、その眼が見開かれる。
 ジェラルは全身を炎で焼かれることを気にも留めずに走りこんでいた。近距離から爆裂呪文を唱える。
 バーンは咄嗟に防御の姿勢を取ったものの、後退した瞬間悪寒が彼の全身を貫いた。
 竜神が重々しく告げる。
「具して来たれ」
 熱風が複数の槍の形状に凝縮され、肩を食い破った。
 ジェラルの接近に神経を向けていたため、ファメテルネが空中で呪文を詠唱していたことに気づくのが遅れた。ただの竜ならば、攻撃は爪、牙、尾、ブレス、巨体を生かした突進などに限られるが、竜の神ともなれば呪文を操ることができる。ジェラルのように即座に威力のある呪文を連発するような真似はできないが、遠距離から予期せぬ攻撃を繰り出してくるのは脅威だ。
 肩口から血を滴らせつつ大魔王は跳躍した。空中を翔け、一気に竜に接近し、顔面に手刀を突き出す。距離を詰めれば小回りの利く彼の方が戦いやすい。
 いかなる武器にも勝る手刀が鱗に叩きこまれる。
 顔面を深々と切り裂かれ体勢を崩す敵の姿を予想したバーンだが、ファメテルネは表情を変えずに爪を振るった。
 鈍い音が響く。
 攻撃後の隙を突かれ、バーンは腹部を裂かれた。
 バランスを崩した彼へジェラルの火炎呪文が放たれる。直撃を避けられぬタイミングだったが、バーンは空中で体勢を立て直し、掌で弾いた。火炎はファメテルネの方へ飛んだが、竜神は避けようともせず滞空しているだけだ。食らっても平然としている。
 地に降り立ち、バーンはファメテルネとジェラルを交互に見た。
「補助呪文か」
「正解だ。扱いが難しいため使う者はほとんどいなくなってしまったが……。あらかじめ防御を高めておいた。そして今、速度と攻撃力を高める」
 二色の光が彼らを包み込み、吸い込まれる。ただでさえ強力な攻撃を繰り出せる両者に補助呪文の力が加わり、さらに強くなった。力が抑えられていては、いくら大魔王でも厳しい戦いになる。
 ファメテルネもジェラルも、相手の傷が癒えていない今が好機と見て攻撃に移った。

 ファメテルネが低空飛行で突進し、バーンが横っ跳びにかわした瞬間、狙いすまされた尾の一撃が繰り出された。胴を強打され、肺から空気が押し出される。
 呼吸と動きが一瞬止まった彼へ真空の刃が襲いかかる。壁を蹴り、空中へ逃れた彼は、背後で膨れ上がる魔力に弾かれたように振り向いた。
 ジェラルの両手から純白の輝きが放出され、体を凍りつかせる。バーンの右腕が炎に包まれ、己にぶつけるようにして氷を溶かすが、ジェラルから放たれる冷気はさらに強大になっていく。
 部屋中が白銀の光に彩られ、氷が水晶のように煌く様は幻想的だ。無数の氷柱が、巨大な氷塊が、あらゆる方向からバーンへ迫る。
「俺は氷雪系呪文が得意でな。貴様のメラゾーマ同様、俺のマヒャドも独自の形態を持つ」
 雪と氷の乱舞によって雪の結晶を思わせる花がいくつも生み出され、高速で回転する。冷気を吐き出しつつ、ありとあらゆるものを凍りつかせる立花がバーンの周囲から続けざまに打ち込まれる。
 極寒の呪文にバーンは連続でカイザーフェニックスを飛ばし、撃墜していく。蒸気が立ち込め視界がふさがれた。
 いつ果てるともしれない氷と炎の相克をジェラルは冷静に見つめている。
 視界のあちこちで煌めきが弾ける様を見て、ジェラルの表情がわずかに曇った。
 それらはかつて目にした輝きとよく似ている。
 遥か昔、彼の友が地上の力無き生物の苦しみを嘆いて流した涙の色に。
「あの頃は――」
 続く言葉を飲み込み、ジェラルは思考を過去から現在へと引き戻そうとする。
(神の涙は今、どうしている?)
 意思を持ち、わずかながら神の力をその身に秘め、手にした者の願いを叶える存在。それが神の涙だ。
 つい最近まで勇者とともに行動してきたが、力を使い果たし、握り潰された。
 再生には十年以上かかるため、力を取り戻しながら勇者の戦いを見守っているのかもしれない。
 記憶を失っても、再び友となるために。
 そんな考えが浮かんだジェラルの眼に冷気が宿る。
「友……友だと?」
 友情の形に思いを馳せる声は、苛立ちに揺れていた。

 ジェラルが動き出すより早く、ファメテルネがバーンとの距離を詰める。
 バーンはトベルーラで避けようとしたが、わずかに動きが鈍い。普通に二対一で攻めては回避されるが、ジェラルが最強の呪文をぶつけることで集中を逸らし、完全に凍らせることはできずとも機動力は削いだのだ。
 死の顎が開き、勢い良く閉じられる。
 尖ったものが肉に刺さる音がした。
 頑丈な顎に挟まれ、鋭い牙がバーンの腹部を貫いている。下半身は食物のように口内にある。
 溢れ出る血液で喉を湿しつつファメテルネが体を食いちぎろうとした瞬間、大魔王の両腕が跳ね上がった。目くらまし代わりに爆裂呪文を連発し、噛む力が緩んだところで顎を持ち上げ、無理矢理牙を抜く。
 強引に脱出したバーンは、今度は口の中に上半身を突っ込む勢いで腕を突き出した。
 渾身の力を込めた手刀が口内を突き刺し、斬り裂いた。
 くぐもった叫びが竜の口から吐き出されるが、続いて爆裂呪文を連続して口内で唱えられたため、声も出せずに落下する。舌が千切れるだけでなく顎全体がズタズタに裂け、黒煙が立ち上る。頭部を吹き飛ばされなかっただけでも頑強と言えるだろう。
 荒々しい姿に一瞬、神が呑まれた。
 彼らは今まで何度もバーンの戦いを観察してきたが、このような捨て身の戦いぶりは見たことがない。
 彼が危険な戦い方をした理由は、ただ一つ。
 憎悪。
 数千年かけて研がれた憤怒の牙で、神々の喉笛を食いちぎらんとする気迫。
 その眼差しは猛き竜を思わせ、ファメテルネの意識を過去に導く。

 かつて神々は、世界を容易く変革できる絶大な力を持っていた。
 この力を上手く使えば、皆が笑って暮らせる日が訪れるだろう。
 争いを完全になくすことはできなくても、時には距離を縮め、時には距離を置き、互いを尊重して付き合えるようになるだろう。
 人間の神、魔族の神、竜の神、皆がそう信じた。
 歯車が狂い始めたのはいつだったのか。
 世界を分けた時か。竜の騎士を作り出した時か。世界を導くと決めた時からか。
 三者が集まって話し合うたびに、何かがゆがんでいく感覚がした。ズレが生じている箇所は、世界か、それとも彼ら自身か、それすら判然としない。
 どこかにある歪みは年月とともに大きくなり、神々は次第に力を失っていった。
「全て、我らの見る……夢のまま、にしておけば――」
 口の損傷のせいで呟きはほとんど聞き取れない。
 視線を彷徨わせながら、竜は墜ちる。

「貴様!」
 現実を否定するかのようにジェラルが大きく腕を振った。彼は反射的にベギラゴンを放ったものの、バーンの手が光を帯びつつ動く。
 丸い鏡面が出現し、呪文を跳ね返した。
 かろうじてかわしたジェラルはマヒャドを放ったが、威力が落ちている。氷のような面には焦りが浮かんでいた。
 立花が形成される前にバーンは接近し、手で無造作に胸を突き破った。ジェラルの顔が苦痛にゆがみ、体が痙攣した。
「ぐっ……!」
「安寧を貪るうちに堕落したか」
 バーンの声には、失望と、怒りと、嘲りが等しい割合で含まれていた。
 侮蔑の笑みを浴びたジェラルは苦しげに顔を伏せていたが、力を振り絞って面を上げた。口元を蒼く染めながら、呻きを吐き出す。
「俺達を憎むくせに、同じやり方しかできん……貴様も、所詮……!」
 ジェラルの両手が勢いよく上がり、バーンの頭部へと伸ばされる。
 狙いは道連れだ。
 しかし、何も起こらなかった。
 メガンテは発動しなかった。
 ジェラルが指を突き刺すより一瞬速く、バーンが心臓を握り潰したのだ。
 ジェラルの指はバーンの髪に触れる寸前で止まっている。今にも落ちそうな手に力を込め、皮膚に爪を立てようとする。呪いを遺そうとするかのように、執念をにじませて。
「世を乱すだけの……出来損ない――」
 呪詛が途切れ、手が力なく落下する。血に濡れた指がバーンの頬を掠め、青色の線を遺した。
 ジェラルの体がゆっくりと傾ぐ中、バーンはファメテルネの頭を椅子代わりにして腰掛ける。竜の頭部にもたれかかるように倒れ伏したジェラルの頭を踏みつける。
 腕を組みつつ傲然と下された宣告。
「ひれ伏せ。神よ」
 竜の神と魔族の神が、一人の男に屈服した瞬間だった。
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