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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

Sorge il sole 第十二話

第十二話 天帝



 ある日、世界に大きな変革がもたらされた。
 深緑の鱗を持つ竜と赤い眼の魔族、青い眼の人間。三者は神と呼ばれる存在だった。
 彼らの後ろには精霊達が従っている。その手には不可思議な光沢を帯びた球体が握られており、地を指す矢印が描かれている。
 彼らが手を高く掲げると球体は浮き上がり、世界各地に飛んでいった。
 世界中に散らばったところで神々が呪文を唱えると、球体は眩く発光した。
 直後、凄まじい震動が世界を襲った。
 争いを繰り返してきた種族が引き離され、魔と竜は沈んでいく。
 その様子を見る者がいればただ一言、こう表現しただろう。
 混沌と。
 神々がその名に相応しい力を持っていた、太古の時代の出来事である。

 緊張に顔を強張らせながらダイは宮殿の奥へ奥へと進んでいた。
 敵は一切出現せず、宮殿内の装飾も美しいが、残してきた仲間や地上の人々のことが頭から離れない。
 嫌な予感に身を竦ませつつ進む。
 ある部屋は無数の書物が広い壁をほぼ覆いつくしていた。ところどころ隙間があるが、読みつくすには膨大な時間を必要とするだろう。アバンが見たら喜ぶだろうと思いながら、ダイは奥へと続く扉を開けた。
 その部屋には天井がなく、空が一望できた。太陽が輝いており、正午が近いことがわかる。辺りには金色の粉が舞っており、空の青と合わさって見とれてしまいそうな美しさだ。
 だだっ広い円形の部屋の中央には一人の男が立っている。濃い栗色の髪に青い瞳。全身の白を基調とした服はバーンのものと似ている。
「ようこそ、ダイ君。僕は人間の神キアロ。歓迎するよ、心から」
 手を広げ、親しげに語りかける相手にダイは戸惑った。
 地上と魔界を破壊すると言っている男が、このように開放的な態度でいいのだろうか。親しげな挨拶は何かの罠ではないのか。疑念が首をもたげるが、罠を仕掛けようと思えばいつでもできたはずだと思い直す。
 冷酷さや残忍さは見えないため、世界を破壊するなどという宣言を翻すのではないか。そんな甘い考えさえ一瞬浮かんだ。
 キアロの腰には一振りの剣が下げられている。黒い鞘には点々と白い模様が付いており、夜空を思わせる。そこには三日月のような曲線も描かれていた。剣は太陽のような柄頭で、抜かれた刀身からはうっすらと金色の光が放たれている。
「これは太陽の剣。こちらは月の鞘。行くよ」
 斬りかかって来たキアロに対し、双竜紋を解き放ち迎え撃つダイ。剣士ならば誰もが見惚れるような剣技の応酬が続く。受け止め、払い、回避し、斬りかかる。二人の力と技が高水準であるため、戦いというより舞いのように見える。

 剣を振るいながらダイは戸惑いを感じていた。
 キアロは強い。力も技も速度も、間違いなく一流と言えるだろう。
 だが、バーンを相手にした時のような脅威は感じない。相手の力量が下なのか。それとも、彼から殺気や敵意が感じられないためなのか。
 ダイの心中を見抜いたのか、キアロは後退し、剣を一旦納めた。
 彼が手を一振りすると空中に映像が浮かび上がる。大魔王バーンと竜の神、魔族の神が戦っている場面が映し出されている。
「見てごらん。面白いよね」
「面白い?」
「僕は、何が楽しいかも忘れてしまったんだ。でも最近は……久しぶりに胸が高鳴っている」
 キアロは己の胸に手を当て、揚々と言葉を紡ぐ。久々に大舞台に立った役者を思わせる表情と所作だ。
 次の瞬間、ダイは耳を疑った。
「君の父さんを観賞するのは実に興味深かったよ。人間を保護しようとして、勝手に失望して、また希望を抱いて……誰に似たんだろうねぇ?」
 ダイは全身の血が凍る感覚を味わった。
 挑発して冷静さを奪う作戦かとも思ったが、本気だと証明するようにキアロの声には力がこもっている。
 父、バランの最期がダイの脳裏に蘇る。自分を庇うために全ての力を振り絞り、斃れた姿。頼もしくも哀しい背中。キアロはそれを笑ったのだ。
「面白いと言えば、ハドラー君もだ。無力な人間のために涙を流すなんて」
 ダイの顔が強張った。キアロは全てを賭けて戦った相手の尊厳を踏みにじろうとしている。
「……泣いたところで苦しみは終わらない。疲れるだけだろうに」
 俯き加減になったキアロは頭痛を堪えるように額を押さえ、身を震わせる。
 ダイの肩も震えるが、それは怒りのためだ。
 長く生きられる命を捨て、魔王だったというこだわりも捨て、戦ったハドラー。
 死神の罠に閉じ込められ、死を待つだけだった自分とポップを救ったのも彼だった。
 彼を侮辱するのは許せない。
「踏みにじったものの尊さに最後の最後で気づくなんて皮肉な運命だと思わないかい? 二人には感謝したいよ。ありがとう、笑顔をくれて、と」
「……っ!」
 怒りによってダイの力が跳ね上がる。先ほどまで互角の戦いを繰り広げていたが、ダイが上回るようになった。

 キアロは自分が不利になっても余裕を見せている。ダイの剣が体を掠り、傷を負わせるようになっても、それは変わらない。
 先ほど空中に映し出された映像は消えておらず、バーンがファメテルネとジェラルを倒した事実を伝えてくる。
 残酷な光景を見たキアロの反応は、口笛だった。
「さすがは世界を滅ぼしかけた男だ。見習わないと」
 キアロはそう呟くと太陽の剣を鞘に収め、右手を天空に掲げた。映像の中のファメテルネとジェラルが身を震わせ、直後体が消滅する。緑と青の光の玉がそれぞれのいた空間に浮かんだが、すぐに霞んだ。
 一室の映像が消えると同時に空から二色の光が飛来し、額からキアロの体内に入り込む。
『結末を見届けよう』
 そう呟く二つの声が聞こえた。
 キアロの体が黄金の光に包まれる。髪は陽光のごとき金へ、瞳の青はより深い色へ変化する。
「我々が殺されそうになれば、残された者が他の神の力を吸収し天帝となる。遥か昔の取り決めだが、僕が――私が実行者になるとは感慨深い」
 人間の神改め天帝は微笑を浮かべている。何の憂いも感じていない佇まいに、ダイの心に怒り混じりの疑問が湧き上がる。
「……どうして」
「え?」
「おまえの仲間じゃなかったのか? 竜と魔族の神さまは」
 キアロがバランやハドラーの最期をおかしいと評したのは、単純に怒りをかき立てる行為だった。
 仲間の死までも軽く扱う行為は、ダイにとって怒りを通り越して理解不能の域に達している。
 声も体も震わせる少年に、天帝は眉を下げて殊勝な表情を作った。
「悲しいよ、もちろん。でも今はそれより大事なことがあるだろう? 哀しみに囚われないで前へ進むべきだ」
 言葉こそ前向きであるものの、天帝の目指す「前」とは世界の滅亡だ。
 当然ダイがそんな答えを受け入れられるはずもなく、相手を睨みつける。
 ダイの反応が理解できないのか、天帝は首をかしげる。
「納得できないかな?」
「全然。世界を滅ぼそうとする理由だって……どうして!」
 ダイは天帝の双眸を見据える。相手の心を見透かそうとするかのように。
 真っ直ぐな瞳に映った天帝の唇が綻ぶ。遊び相手を見つけた子供が浮かべるような笑みだった。
「そうか。君は私の声を聞いてくれるのか。はははっ」
 天帝の肩が小さく震え、朗らかな笑い声が上がった。ひとしきり笑ってから、改めて答えようとする。
「私が、望むのは――」
 天帝の言葉がぷつりと途切れ、視線が下を向く。日光を避けるかのように顔を伏せ、わずかな間沈黙が流れる。
 ダイが身を乗り出しかけた刹那、天帝が動いた。
 接近し、太陽の剣で切りつけると同時にベギラマが手から放たれた。ダイはかわそうとしたが肩から胸にかけて斬られ、呪文をまともに食らってしまった。竜闘気を高めていたため致命傷にはならなかったが、痛みが激しく思うように動けない。
 地に膝をついたダイへ呪文を連発しつつ、天帝は高らかに笑う。
「とてもいい子だね、君は! 純真で、善良で、勇敢で……君ならきっと、助けを求める声に応え続けるんだろう」
 ダイの体が壁に激突し、体勢を立て直す間もなく床に叩きつけられる。
「……いけないなあ、私は。バーンみたいに鷹揚に構えられないよ。彼ほど自信が持てないからね」
 自嘲する台詞を吐き出しながら、天帝は胸の前で両手を近づける。掌の間に冷気が凝縮されていく。
「彼が目標の達成を優先していれば、今頃地上は消滅していただろうに。遊び心はほどほどにしないと――」
「鏡が必要なようだな」
 天帝へ冷ややかな言葉が浴びせられた。ダイの声ではない。年を経て悠揚さに満ちた声だ。
 直後、天帝の放った氷嵐が魔力の鏡に反射され、術者本人に直撃した。
 あちこちが凍りついた部屋に足を踏み入れたのは、大魔王その人だ。遊びの一環に過ぎないというように左手で軽く右手首を握り、悠然としている。
「遊びに夢中になりすぎていたようなのでな。少々頭を冷やしてやった」
 悪戯っ子のような笑みを浮かべてみせるバーンと天帝、両者の間で空気が鋭さを増し、肌を刺す。
 天帝と大魔王の戦いが今始まろうとしていた。
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