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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

Sorge il sole 第十七話

第十七話 天岩戸



 それは、勇者と大魔王が天帝と戦っている頃より、遥か昔に遡った光景。
 黒いローブを身にまとった男が草原に佇んでいた。フードをかぶっているため、顔は口元しか見えない。
 彼は頬を撫でる心地よい風や、視界を彩る緑の木々が珍しくてたまらないように周囲を見回している。
 自然溢れる美しい景色を堪能し尽くしたのか、男は果てしなく広がる空へと視線を向けた。
 点在する白い雲。澄み切った青。そして、天の頂点に輝く太陽へ。
 手が素早く動く。ローブを脱いだ彼の髪は白銀であり、角や額にある第三の眼は流れる血が魔族であることを示している。
 彼は太陽の光を浴びるかのように両手を広げ、目を閉じた。
 どれほどの時間そうやっていたのか。
 彼は眼を開け、手を太陽に向けてかざし、掴み取る動作をした。
 先ほどまで顔に浮かんでいた感動や畏敬の念は消え失せ、鋼の決意と炎の覇気が瞳に宿っていた。
 彼は怒りに燃える目で周囲を睨み、その場から立ち去った。

 天の弓によって引き起こされた騒動で、医者は大忙しだった。
 パプニカの城は怪我人を収容しているため騒がしくなっている。魔力を使い果たして倒れた魔法使いなど珍しくもなく、そこらの床に転がっている。天使と戦って怪我した人間も数えきれない。比較的軽傷の者や、避難して無事だった者が食事に治療に駆けまわっている。
 普段ならばホイミを唱えるだけの傷も、地道に治すしかない。薬草や魔力を回復させる薬も道具屋から姿を消している。
 天の弓停止についてバーンが対処法を暴き、時間に余裕があった状態でもこの有様だ。天帝から情報を引き出せず、ヒントが与えられるのを待つしかなかったならば、被害や消耗は膨れ上がっただろう。犠牲者が大勢発生し、生き残った者の疲弊もより深刻になったはずだ。
 過酷な任務をこなしたポップは床に寝そべり、潰されたスライムのごとくだらりとしていた。傷はともかく、魔力を消費したため疲労が激しい。あちこち傷を負っているラーハルトやクロコダインの顔色の方がマシだ。
「大丈夫? ポップ」
 気遣うマァムに対し、ポップは切れ切れの声で囁いた。
「う~ん、もう駄目……でも膝枕してくれたら治るかも」
「ずっと寝てなさい!」
 でこぴんと呼ぶには痛烈な音を立ててマァムの指がポップの額に刺さった。撃沈した彼に呆れた視線を送るのはラーハルトとヒムだ。部屋の数が不足しているためアバン達はまとめて一室に押し込められている。そんな状況でこんなやり取りを展開されては暑苦しくて仕方がない。
 ヒュンケルは一番ひどい状態であるためベッドを譲られたが、他のメンバーは皆床に雑魚寝である。ミストに憑依され消耗したエイミは毛布にくるまり、硬い床の上で健やかな寝息を立てている。一時的に乗っ取られたとは思えないほど満ち足りた顔をしているのは、ヒュンケルと同じ経験を共有できたためかもしれない。
「緊張感が足りんな。いくら世界の破滅を防いだとはいえ、ダイ様はまだ戦っていらっしゃるのだぞ。より強くなった神を相手にな」
「でもあんだけ大掛かりな計画をぶっ潰されたんだ。天地魔闘を破られたバーンみたいな顔してんじゃねーの? 意外と鼻水垂らしてたりして」
 のんきな答えを返しかけ、慌ててポップは口を閉じた。すぐそばに大魔王の腹心の部下がいるのを忘れていた。
 ミストは本来の姿を現し、鎧から取り外された宝玉を眺めている。
 天の弓を止めた時点で映像は途絶えた。それでも主からの命令に対応できるよう、準備を整えている。
 ポップは冷や汗をかいたが、幸い主を案じる気持ちの方が強いらしく、激昂して襲ってくるような真似はしなかった。
 あるいは、できないのかもしれない。
 ミストの姿はこころなしか薄い。密度が明らかに減っている。
「お前、もしかしてくたびれてるんじゃ――」
「そんなことはない」
 遮ったミストの声は低く、疲労が伝わってくる。ヒュンケルが冷静に事実を告げる。
「世界中に何度も情報を伝えたのだ。必要な暗黒闘気を自らの身で賄ったのだから、当然消耗している」
「ヒュンケル、貴様……余計なことを」
 そう言いながらもミストの眼光には力が無い。今ならば棒立ちで空の技を食らってしまいそうだ。
「ボロボロになってまで大魔王のために働こうってのかよ?」
 わかりきっていることを問われ、ミストは即答した。
「道具として役に立てるならばそれでよい。あの方の望みを果たすためならば……!」
 それを聞いたヒムは痛いところを突かれたように顔をしかめた。
 ハドラーが己の死を予感し、運命を共にするヒム達に詫びた時、自分は何と答えたか。
 ミストが真の姿を現した直後に寄生虫と蔑んだが、その忠誠心や覚悟を知った今、同じことが言えるだろうか。
 単純な性格のヒムは己の言動を振り返って頭を抱えた。
 ヒュンケルも道具という単語に眉を小さく動かしたものの、追及はしなかった。その代わり、重くなった空気を変えようと口を開く。
「ポップ……お前もダイ達の戦いに加わりたいのだろう? ここに留まっているしかない自分に苛立って――」
「ば、バッカ野郎! 人の気持ちを勝手に妄想して喋ってんじゃねーよ、ちったぁ考えろ!」
 図星だったのだろう、ポップの顔は赤く染まっている。明るく振る舞っていたのが演技だったと見抜かれ、泣きそうな顔をしている。
 ヒュンケルは己の言葉がまずい部分に触れてしまったことに気づいた。表に出さないことでかろうじて不安を押し殺していたのに、きっかけが与えられたせいで溢れ出しそうだ。ポップのフォローのつもりが逆効果になってしまった。
 一同の間に沈黙が立ち込める。
「バーン様が共に闘っているのだ。神であろうと負けるものか」
 ミストのきっぱりとした口調に皆が複雑な心境になったが、救われた気持ちになったのも確かだった。

 地上の様子を知るはずもなく、ダイとバーンは動けずにいた。天帝が次の手を打つより先に仕留めようと地を蹴った瞬間、重力が急激に膨れ上がり、彼らを押しつぶしたのだ。全身の骨が砕けそうな圧力に立っているだけで精一杯だ。
 呪文を歌うように唱え、天帝が空に手をかざす。
「親愛なる闇よ、世界を包み明日を閉ざせ。常闇呪文(マノワール)!」
 異変に気づいたのはバーンが先だった。弾かれたように空を見上げる。
 視線の先にあるのは、太陽。
 その姿が次第に隠れていく。速度は決して速くないが、日食のように闇が光を侵食していく。しかし、次の皆既日食までは数百年あるはずだ。
「日食に似ているが、もたらされるものは違う。全ては完全なる闇に閉ざされ、二度と光を取り戻すことはない」
 天帝は注意を促すように指を立ててみせる。
 世界を闇に閉ざすための魔法によって、空に暗黒が広がっていく。時間が流れても消えることのない、光無き深淵が万物を飲み込もうとしている。
「太陽が隠れ終わる前に私を滅ぼさないといけないよ。時間も空間も歪めてしまうから生命力そのものを使うけど、せっかく多くの命を取り込んだんだ。使わなければ勿体無い」
 他人事のように語る天帝の瞳は寒々としている。取り込まれた者達に対する口ぶりは、使い捨ての道具を語るかのようだ。
「太陽が影に蝕まれるほど発動者である私の力は高まり、隠れきってしまえば永遠に留まる……最強の補助呪文だ」
 ダイは徐々に暗くなる空を見上げ、歯を食いしばった。活路を見出すように周囲に視線を動かし、息を呑む。
 バーンの表情は石化したように固まっていた。
 彼は失われつつある太陽を凝視し、殺意を込めて天帝を睨む。
「太陽を……奪うと言うのか」
 感情を湛えたバーンの呟きに、天帝は胸を押さえて俯いた。
「その通りだとも。希望の象徴が喪われるなんて、さぞかし辛いことだろう」
 同情と嘆きを込めた声が、耳障りなほど朗々と響き渡る。バーンの憎悪に満ちた眼差しが突き刺さっても天帝は動じない。
「憎まれるのは辛いけれど、無限に等しい怨嗟と呪詛を浴びてきたんだ。多少増えようと誤差にすぎない。バラン君やハドラー君も――」
 天帝の声が途切れ、視線とともに沈んだ。
「私を憎んでいるはずだ。散々手を汚した後で慈しみに目覚め、己の罪業を突きつけられ、どうすることもできず命を喪い……中途半端な救いを与えて苦しめたと誹るだろう。満足して死んでいくなど、どう考えてもおかしい」
 床を見つめながら呟く天帝の眼は誰も映していない。己の内部だけを見て、一人で思考を進めている。
 彼は顔を上げ、誇らしげに手を差し伸べた。
「安心しておくれ。私が世界を作り直したら、太陽となって照らしてあげよう。その資格がある者だけを」
「おかしいだろ、そんなの……資格があるから照らすなんて!」
 竜の紋章を光らせつつダイが叫ぶ。
 父、バランの過去が脳裏に蘇る。ある人間の女性にバランは太陽を見た。他者を照らす存在はいるだろう。
 だが、天帝が太陽であるはずがない。世界に破滅をもたらそうとする彼が。
 バーンはちらりとダイに視線を送ったが、すぐに天帝へと戻し、言葉を吐き出す。
「貴様ごときが太陽になるだと?」
 声には紛れもない怒りがあった。世界を滅ぼすと聞いた時に浮かべたのは冷たい怒りだったが、今は灼熱のそれだ。

 バーンの憤怒に呼応するかのように、ダイも剣を逆手に構え腰を低く落とした。切っ先が床に触れるほど下げ、勢いよく振り上げる。アバンストラッシュアローに似ているが、放たれたのは飛来する斬撃ではなかった。
 闘気が噴き上がる壁となり、地を抉りながら前進する。大魔王のカラミティウォールに酷似した技だ。
「闘いの遺伝子か……!」
 技の性質をすぐさま理解し、対処法を編み出せる竜の騎士の特性。戦闘における天賦の才の持ち主がその力を発揮したのだ。
 天帝は掌を伸ばし破ろうとした。ストラッシュXを警戒したが、ダイはブレイクを繰り出す様子はない。この威力ならば止められると判断したのだ。
 壁が接触する寸前、天帝は目を見開いた。急速に接近する気配を感じたためだ。
 バーンが手刀に暗黒闘気を集中させ、飛びこんできた。ダイの放った闘気の壁と大魔王の手刀が一点で交差し、威力を跳ね上げる。
「カラミティエンド!」
 敵の悲惨なる最期を約束する技が繰り出され、天帝の肩を抉った。
 アバンストラッシュXを応用した攻撃は、一切打ち合わせをしなかったにも関わらず息が合っている。過去に戦ったという事実が連携を完璧なものにしたのだろう。ダイだけではなく、バーンもまた戦いの中で進化していく。
 天帝に傷を負わせた大魔王は挑発するように手招きをした。
 挑発に乗った天帝はバーンに向けて手を振り下ろした。その動きに呼応して雷が落ちたが、大魔王は防御に集中して被害を抑える。
「その程度か?」
 刺すような眼光とともにバーンは床を蹴り、天帝に肉薄した。
 剣と手刀で斬り合う中で、バーンは何かを悟ったように目を細める。
 グランドクルスやミナデインなどの特技を何回も繰り出すことができるのは、確かに脅威だ。だが、一度放てば、再度発動させるまで溜めが必要であるらしい。
 戦況を観察する冷徹な眼差しをどう思ったか、天帝は距離を取って手を掲げた。巨大な火球が形成され、みるみるうちに膨れ上がっていく。
 生命を吸い、莫大な力を得た神が放つ最大級の火炎呪文。
「灰の中から蘇ってみせろ」
 哄笑を響かせる天帝に対し、大魔王の眼が刃のように鋭くなった。手から魔力が陽炎となって立ち上る。
 バーンの手から不死鳥が放たれると同時に天帝が手を突き出し、火球を叩きつける。
 天帝と大魔王のメラゾーマがぶつかり合い、膨大な熱の激突に室内の温度が急激に上昇した。
 真紅の揺らめく壁を見、天帝が息を呑む。
 燃え盛る火炎を突き抜け、突進してくるのは勇者。逆手に握られた剣は紫電を纏っている。
「ギガストラッシュ!」
 会心の一撃が天帝に叩き込まれた。
 大魔王が挑発したのもミナデインを使わせるため。ダイはそれにまぎれてライデインを唱え、剣に落とした。バーンが戦っている間鞘に納めて呪文を増幅させ、ギガデインにして放ったのである。
 彼一人では戦闘中に使うことはできないが、時間を作り出す相手がいるからこそ、食らわせることができた。

 歴代のどの竜の騎士をも超える、最強の一撃に天帝がよろめいた。
 ダイがとどめをくらわせようとした瞬間、声が弾けた。
『神々が憎い!』
『どうして私がこんな目に――』
『助けてっ!』
『死にたく、ない』
『何故助けてくださらないんですか?』
『こんなに苦しんでいるのに!』
『あいつらばかり贔屓しやがって』
『どうか、我々に救いの手を……!』
 無数の声の正体は定かではない。取り込まれた者達とは無関係かもしれない。
 頭で分かっていても、ダイは一瞬躊躇した。
 天帝の中でまだ生きている者達が、盾にされた可能性がよぎったのだ。
 様々な感情で塗り潰された声、声、声。津波のごとく押し寄せる叫びは少年の思考と動作を鈍らせるのに十分だった。
 隙を見せたダイに天帝が斬りつけ、至近距離からイオナズンを叩きこむ。吹き飛ばされたダイを見つめる顔は楽しげだ。
「大丈夫。彼らは私の中で生きている」
 天帝は己の胸を指差し、温かな声で告げた。ダイは苦しい中で何とか顔を上げ、食い入るように天帝の面を見つめる。
「とどめを刺すことになる……なんて心配は無用だ。喰い尽くす前に私を殺せば解放されるよ。その後どうなるかは保証しないが――」
 丁寧に説明していた天帝が台詞を打ち切り、素早く振り向く。視線の先には手に暗黒闘気を集中させ、攻撃を加えんとする大魔王。ダイと違い、彼の顔には動揺も義憤も浮かんでいない。力が高まる前に仕留めることのみ考えている。
 天帝が手を広げると額の紋章が輝き、大魔王を壁に叩きつけた。
「光あれ」
 命令と同時に虚空から光の鎖が出現した。まばゆい輝きを放ちながら伸びたそれらがバーンの全身を縛り上げ、動きを封じる。鎖には無数の棘が付いており、皮膚が破れて血に染まった。
 続いて杭の形をした光が疾駆し、獲物の両腕を壁に、両足の甲を床に縫いとめる。
「これが絆。これが奇跡。君の得られぬ力だ」
「妙だな。貴様が見せた力に、人間どもが発揮した不可解な要素は無いが」
 大魔王は激痛に襲われながらも取り乱すことはない。書物の解釈の違いについて論じているような口調だ。
 平静を保っている相手に、天帝は真摯に、縋るようにさえ聞こえる声音で訴える。
「では違いを見せてくれ。神にならんと嘯くならば、奇跡の一つでも起こしてみせろ!」
 高らかに叫んだ天帝が手を振りかぶり、勢いよく突き出す。光を放ちながら飛んだ太陽の剣が槍のごとくバーンの胸を貫通し、壁に突き刺さった。
 バーンの眼が見開かれ、吐息とともに口から血塊がこぼれた。胸元にかけておびただしい血で汚され、元の色がわからぬほどに服が変色している。
 惨たらしい姿にも天帝は眉一つ動かさず、空を見上げる。
「もうすぐ太陽がなくなってしまう……。君達に勝つためとはいえ心が痛むよ」
 苦しげに胸を押さえる彼に静かな声が届いた。
「違うな」
 声を上げたのは、磔にされている大魔王だ。理解できないように瞬きをした天帝に、彼は真実を突きつける。
「貴様は、太陽を憎んでいるだろう」
「……!」
 初めて天帝の顔が凍りついた。仮面の隙間から素顔が覗いたかのように、紺碧の瞳に狼狽が宿る。
 天帝の、太陽を語る声。空へ向ける視線。それらの奥に潜む感情に気づいたのは、バーンが陽光を望んでやまないからだ。演技に込められた熱の違いが、本音を雄弁に語りかけてきた。
 初めて天帝と顔を合わせた時、太陽の話題を振られた時点で違和感を覚えた。
 天帝が太陽に向ける感情がダイの記憶を刺激し、手紙の映像を呼び起こす。
 皆の太陽という言葉と、そこに引かれた大量の線を。
 おそらくそこには、どす黒い感情が漏れ出していた。
 先ほどの太陽になるという宣言も、純粋な憧れではないのだろう。
 天帝の眼はまだ揺れている。笑みの仮面を被り直そうとするが、口元はゆがんだままだ。
「……ああ、あれは……見たくないものを照らし出す」
 声も震えている。ダイ達が初めて聞く口調だ。
 本心を見抜かれたことを否定したいのか、天帝は気分を切り替えるように手を叩いた。ことさらに明るい声と表情を作ってみせる。
「だからこうやって、思い描いた通りに世界の姿を変えようとしているんじゃないか。憎悪や絶望に染まった眼差しを堪能してからリセットして――」
「嘘だ」
 遮ったのはダイだ。バーンに続き、相手の虚飾を剥ぎ取っていく。
「見たいのはおれたちの絶望する姿じゃないだろ。世界の姿だって、『こんな風にしたい』って望みがおまえにあるとは思えない」
 天帝が相手を侮辱するような台詞を吐く時、確かに力がこもっていた。活き活きとした表情は楽しみを味わっているように見えた。
 だが、相手が打ちのめされ、諦める姿を求めたわけではない。バーンやキルバーンとは異なる印象を抱いたのはそのためだ。
 ダイにも演技を見破られ、天帝の笑顔はいびつに崩れている。
「……そうさ。やり直してどんな世界を構築するか……描くことができない」
 天帝は敵を踏みにじるだけで喜ぶのではなく、相手の怒りを掻き立てて満足せず、力に換えてぶつけてくることを期待している。
 彼の興味の対象は、舞台上の人物が魂を燃やし苦難に立ち向かう姿だ。それによって己の心がどれほど動くかが重要なのであって、世界を破壊するのも整えるのも彼にとっては大差ない。
 世界が無くなれば勇姿を見ることもできなくなるが、一時の輝きを優先している。
「先のことを考えても仕方ない。今が楽しければそれでいい」
 天帝の目に躍る、玩具で遊ぶ子供のような光。その輝きがかき消え、濁りが溢れる。
「世界など何をしても駄目。しなくても駄目。やり直したところで見たくもない有様になるだろうが、もしかしたらマシになるかもしれない。……その程度だ」
 最初に滅亡を宣言した時に語った、世界に嫌気がさしたから作り直すという言葉も嘘ではない。
 ただし、リセットした「先」に希望を抱いてはいない。こんな世界を作りたいという明確な展望も、作ってみせるという確固たる自信もない。
 世界の破滅は、彼にとって目的ではなく手段だ。
 輝きを見出すための。

 ダイは歯を食いしばり、声を絞り出す。
「そんなことのために、皆を……太陽をっ……!」
 太陽という単語が引き金となり、天帝が叫ぶ。笑顔で覆い隠してきた感情を剥き出しにして。
「あんなもの、永遠に喪われてしまえばいい!」
 その言葉を聞いた途端、バーンの眼に凄まじい炎が燃え上がった。ダイもよろめきながら立ち上がり、バーンの方へ歩いていく。
 天帝は手出しをせずに眺めている。何をするのか気になるようだ。
 ダイはバーンの心臓を貫いている太陽の剣に手を伸ばした。触れた瞬間拒絶するかのように閃光が弾け、少年の表情が歪む。
 苦痛をこらえながら剣を抜こうとするダイを見て、バーンは難解な問題を突き付けられたような表情を浮かべた。
 戦力になる相手を利用しようとする行動は理解できる。だが、戒めから解放しようとする動きはごく自然だ。まるで刃を交えた過去が存在しないかのように。
 逆転の可能性に賭けて動こうとする彼らへ、朗らかな笑い声が響いた。
「皆に感謝しなければ。彼らのおかげで君達と同じ舞台に立てるのだから。ミナデイン!」
 雷鳴が轟き、雷を受けた両者の口から苦痛の声がこぼれた。
 大魔王に正面から唱えても効果は薄い。だが、貫かれた四肢と心臓から直接体内に流し込まれては、威力は比べ物にならない。
 天帝は相手の立ち向かう姿を望みながらも、加減して生かそうなどという気はない。世界が滅ぼうとかまわないと言い放つだけあって、刹那の輝きを求めた結果相手の命が尽きようと重要ではない。
 表情がゆがんだ大魔王に向かって天帝が語りかける。
「どうやら私も、破滅をもたらす方が得意らしい。平穏を求めたはずなのに」
 太陽が陰るにつれて、苛烈だった大魔王の眼光から少しずつ力が抜け落ちていく。ダイの表情に絶望の色が増していく。
 その様を見て天帝は優しい笑みを浮かべて両腕を広げた。傷ついた者を抱擁するかのように。
「さようなら、愛しい生命(いのち)。君達が私を憎んでいても、私はずっと愛している」
 バーンは心臓を潰され、磔にされて動けない。ダイは床に倒れたまま立ち上がれない。
 厳かな口調のまま、天帝は名残惜しげに告げる。
「夢、潰えたり」
 太陽が隠れてしまうまであとわずかだった。
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