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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

Sorge il sole 第十四話

第十四話 プレイヤー



  ヒュンケルは病室で窓の外を眺めて佇んでいた。室内には黒い騎士の死体が転がっており、鎧の胸元の宝玉も血で汚れている。室内はぐちゃぐちゃに破壊され、心穏やかになれない場所だ。
 オディウルを倒したあともミストはヒュンケルの体に留まり、何かを待っているようだ。エイミは中にいるミストを凄まじい目つきで睨んでいる。もしヒュンケルの体を好きにするつもりならば許さないと、表情筋の全てを駆使して告げている。
「もう戦いは終わった。オレの体から出ていけ」
 ヒュンケルの要求を無視して、ミストは鎧に目を向けている。
 激しい震動が突然起こったため、ヒュンケルがミストを問い詰める。
「何が起こったんだ!? ……これから始まるのか!?」
 必死な問いに答えず、ミストは宝玉に食い入るような目を向け、待っている。
 魔界の住人にも、地上の人々にも、異変は伝わっていた。
 とてつもないことが起ころうとしていることを誰もが悟っていた。
 世界の在り方が変わろうとしている。
 遥か昔に捻じ曲げられた世界の形が、今再び変化する。
 破滅へ向けて。

「安心したまえ、このまま壊すことはできない。これはあくまで下準備」
 異変の規模に不釣り合いな気軽さで、天帝は事態を説明していく。
 ぶうん、という音とともに、何もない空間に映像が映し出される。
 ダイとバーンは息を呑んだ。
 世界は今や、地図をただちに書き換えねばならない有様になっていた。各所に今まで存在しなかった陸地が見える。急激な変化に魔界の者達のみならず地上の住人も翻弄され、混乱の叫びが聞こえる。
 映像が切り替わる。
 世界各地に無数の虹色の光が輝いている。あるものは真紅。あるものは紺碧。またあるものは深緑。全部で七色のようだ。
 それらは地面から浮き上がり、建物の屋根の辺りに漂っている。光は弓のような形をしていた。
「天使達の置き土産、その二。虹色の水晶があっただろう? 天の弓と言うのだけれど……黒の核晶みたいなものだ」
 黒の核晶という単語にダイがびくりと反応した。
「威力は小さめだけど起動するまでは破壊は不可能。一度起動したら、それぞれの色に対応する魔法や闘気でしか止められない」
 ダイが首を横に振り、必死に反論する。
「地上にも魔界にも魔法を使える人はいる……止めることができる!」
「それをどうやって伝えるのかな? 違った魔法をぶつければ即座に爆発するし、数が多い。……ほら、この通り」
 映像が変わる。変化した世界地図のあらゆる所に七色の点が書き込まれていた。バーンの瞳が険しい光を帯びる。
 調査や研究のために集められた天の弓は一部で、多くは世界に点在している。
「ただでさえ世界が元に戻って混乱しているのに、秩序立った行動なんてできるかな? 時間もあまり残されていない」
 天帝は聞き分けのない子供を説得するような口調でダイを諭す。見ていて腹が立つほど穏やかな表情だ。
「だから皆が一つにまとまりそうな旗印の、勇者と大魔王をおびき寄せたのさ。……君達は特別な場所から観られるよ。よかったね」
 かつての自分と似たような計画を立てたことをどう思っているか、バーンの顔には特別な感情は浮かんでいない。与えられた情報を冷静に分析し、検討しているようだ。
 打開策が思いつかず、ダイが唇を噛みしめる。

 バーンは顎に手を当てて考えていたが、しばらくして口を開いた。
「どうすれば天の弓を止められる? 対応する魔法を教えてくれないか」
 天帝とダイが信じられないというように大魔王を凝視した。敵に方法を聞くような真似などするはずがない。このような姿勢で何かを問うなどあり得ない。
 よほど元魔界の地を破壊されたくないのか。それほど思い入れのある故郷なのか。
 天帝はおかしくてたまらぬというように笑い出した。あれほど誇り高い大魔王が、なすすべなく自分に助けを求めている。駒となりえぬ存在が屈服したのだ。
 笑顔は親切そのもののまま、残酷な響きをにじませながら答える。
「乞われて『はいどうぞ』と教えては興ざめだろう。もう少ししたらヒントを――」
 台詞の途中で天帝の顔が固まった。バーンの手にはいつの間にか球体が載っている。光魔の杖を使用した時のように虚空から出現させたのか、懐から取り出したのかも分からないほど自然な動作だった。
 赤と青、緑、ほぼ無色、濃い金色の輝きを放つそれらは紛れもなく天の弓だった。
 両手に持ったそれらを天帝に投げつけ、カイザーフェニックスを放つ。水晶に追い付くかと思われた瞬間、天帝の指から次々と魔法が発射され、輝きに直撃する。
 光は消え、水晶は細かい砂となって崩れ去ってしまった。
「青が氷系呪文、緑が回復呪文、無色は真空呪文、金色は爆裂呪文か。赤は火炎呪文で止められるようだな」
 誘爆させるというのもふりだけで、対処法を引き出すつもりだったのだ。
 複数の天の弓が同時に爆発した場合、どれほどの威力になるか不明だ。かなり危険な賭けだった。天帝の対処が遅れればバーンやダイも爆発に巻き込まれて命を落としたかもしれない。
「せっかちだなあ、全く」
「ヒントとやらを大人しく待っていてはお前の思うつぼだろう」
「せっかく対処法を知ってもどうやって伝えるのかな? それにまだ二種類――」
「先ほど魔法と闘気とお前は言ったな。ヒントを与えるためにわかりやすい組み合わせにしているならば、紫は余の部下の暗黒闘気で止められるだろう」
 声の調子が変わった。バーンの視線が部屋の隅に転がっている首飾りへ向けられる。いつの間にか目の紋様が青い光を放っていた。
「ミストよ、聞いた通りだ。色と魔法の組み合わせや設置された場所を魔力を持つ者に伝え、お前は暗黒闘気で紫の天の弓停止にあたれ。白金の天の弓はおそらく光の闘気で止められるだろうから、光の闘気を持つ者にも伝えよ」
 天帝が手を振ると、映像がまたもや切り替わった。
 血にまみれ床に転がっている騎士の鎧。その胸に埋め込まれた青い宝玉によって、こちらの様子が映し出されている。
 ミストは瞬時にヒュンケルの体から抜け出すとエイミの中へ入った。その口が動き、無数の黒い影が彼女の体から放たれる。影は全世界に走り、魔力を持つと思われる者の中へ入っていく。

 天帝を眺めるバーンの笑みが深くなっていく。
「お前の計画は余のものと似ていたから、対応を取らせてもらったぞ」
 バーンいわく、首飾りは悪魔の目玉を参考にして作られたらしい。首飾りと宝玉を合わせて一組で使い、映像を出力する宝玉の方をミストに持たせていた。
 鎖を切られた時に魔力を込めて準備を整えたため、計画は筒抜けになったのだ。
「ミストにも一つの呪文を教えておいた。多人数に一度に情報を伝達する呪文だ」
 魔族には鏡に文字を映し出す通信呪文などがある。今回使用するのは、ハドラーが使った、魔力で映像を送るものと似ている。こちらは声だけの分、大量かつ広範囲の相手に送れる。
 神々の宣告後、新たな器を手に入れたミストに覚えさせた呪文はこれだった。
 本来は魔力と暗黒闘気、両方をそれなりに扱える魔族用の呪文で、使える人物は稀だ。
 だが、ミストがいれば魔力のみを持つ者に無理矢理使わせることも可能だ。暗黒闘気の方は己が担当することで。自身の体を費やすことによって。
 身を削ってでも職務を遂行しようとする彼だからこそ、使える局面が増える。
 さらにバーンは先ほど天帝が見せた世界地図と各地の点を再現してみせた。すぐに映像は切り替わったというのに、あの一瞬で大半を記憶していたのだ。天帝が得意げに説明している間に意識を集中させ、チェスの棋譜を暗記するような要領で覚えた。
「間に合うのか? いくら魔族が呪文を使えても数が多すぎるよ」
 ダイの疑問にバーンは頷いた。
「魔族だけでは止められまい。ならば人間の力も利用するまで」
 黒の核晶を止めた者だけでなく、魔法を扱えてこういった状況に対処できそうな人物の情報を、バーンはある程度掴んでいた。アバンの使徒だけでなく彼らにもミストは伝えているはずだ。
 天帝は苦笑をにじませ、肩をすくめた。
「いつから、どこまで気づいていたんだい?」
「最初の天使襲来の時から怪しいと思っていた」
 機械仕掛けの特別な体には魔法がほとんど通じず、魔法使いから優先して殺そうとしていた。目的は天の弓を設置するだけでなく、魔法を使う者を潰そうとしたのではないか。そう考えたのだ。そのため、魔界の人材を確認しつつ人間の情報も探っていた。
「時間があれば呪文に応じて部隊を編成することや、天の弓の正確な場所の把握などもできたが……それだけの時間を与えなかった点は評価しておこう、天帝よ」
 いつのまにか立場が逆転している。敵に回したくない、とダイは心の底から思った。
 だが、天帝も負けを認めてはいない。
 いくら情報を伝えたといっても、ようやく対処が開始されたばかりなのだ。人間と魔族が協力しなければ間に合わない。
 天帝が大仰に手を振り上げ、勢いよく地に向ける。映像の中に無数の銀色の光が奔った。
「君の対処は認めよう。でも天使はあれで全部じゃないんだよ。今度は天の弓は入ってないけど攻撃力が高いんだ。止めている間に攻撃してお終いさ」
 ダイは祈るような思いで地上を眺めた。
 先日の天使襲撃は序章に過ぎなかった。
 世界を守るための戦いが、今まさに始まった。
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