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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

苦痛にゆがんで

SS『苦痛にゆがんで』
※心臓を犠牲にしないと出られない部屋に閉じ込められたミストバーンとハドラーの話。


『この部屋から出たくば、どちらかの心臓を生贄に捧げよ』

 その一文を二人の男が睨みつけていた。何度見ても文言は変わらない。
 それぞれ名はハドラーとミストバーンという。魔王軍の幹部達である。
 ハドラーは異形――超魔生物の体を黒いマントで覆い、ミストバーンは青白い衣をまとっている。
 彼らが閉じ込められているのは調度品も何もない白い部屋だ。立方体の空間を彩るのは、壁に刻まれた青緑の文字のみ。
「随分血に飢えているようだな。この部屋を作った奴は」
 ハドラーはうんざりした様子で呟いた。
 彼が己の身を超魔生物へと改造し、勇者ダイと交戦して帰還し、今後の戦いに想いを馳せて気合を入れ直した矢先の出来事だった。
 魔王軍の任務でミストバーンとともに本拠地から離れたところ、この空間に引きずり込まれたのだ。
 空気に毒などが含まれている様子はないが、彼らは不可視の鎖が体にまとわりつくような違和感を覚えていた。部屋を包むように結界が張られ、その影響で異様な感覚が生じるのだろう。
「魔族の仕業か。おそらく閉じ込められた連中が殺し合うのを眺めて楽しむのだろうが……昔のオレのようだな」
 魔界の住人の中でも特に残虐な者ならば、悪趣味で血生臭い空間を作り出してもおかしくない。
 闘技場で人間と魔物を戦わせたことがあるハドラーは複雑な表情だ。殺し合いを強いられる側になった今、どれほど理不尽か理解できる。
 物憂げなハドラーと違ってミストバーンは眼をぎらつかせている。
「私は絶対に出てみせる。どんな手段を使おうと……!」
 気迫に満ちた宣言にハドラーも頷き、表情を改める。
「ああ。こんなところで終わるわけにはいかん」
 どちらも大人しく指示に従うつもりはない。従ったところで解決する保証もない。
 二人は意気込んで脱出に挑戦した。


「……はあ」
「ありえん……!」
 二人の声には憤懣がこもっている。
 暗黒闘気や斬撃、拳や攻撃魔法、魔炎気など様々な攻撃を繰り出し、ルーラなど戦闘以外の呪文も試したが無駄だった。
 ミストバーンの態度には焦りが濃くなっている。何か試しては徒労に終わり、溜息を吐いて肩を落とすか苛立ちを露にして、また動く。
 最後に彼は舌打ちして壁に蹴りを入れた。脱出方法を探ったわけではなく八つ当たりだろう。
「一体どうすれば……バーン様に申し訳が……もはや他に道は……」
 壁にぶつぶつ呟くミストバーンの声が途切れた。彼は錆びついたような動きで振り返る。追い詰められた獣のような眼差しで。
 ミストバーンが次の行動に移る前にハドラーは口を開いた。
「オレの心臓で試せばいい」
 ミストバーンが目を見開いた。様々な疑問がこめられている視線を受け止め、ハドラーは溜息を吐く。
「最初にやらなかったのは気に食わんからだ。強敵との戦いで失うなら惜しくはないが、誰かも知らん奴の言いなりになるのは癪に障る」
 ハドラーは忌々しげに壁の文字を睨みつけた。
 わけの分からない事態に巻き込まれ、顔も見せない存在の目論見通りに動くのは、理屈でも感情でも大いに抵抗がある。
「……とはいえ、他に方法がなければ試してみるしかあるまい」
 どうしても脱出しなければならない理由があるのは二人とも同じだ。ハドラーは勇者ダイとの戦い。ミストバーンは大魔王バーンへの忠誠のために。
 ハドラーはミストバーンに手を差し出すようにして語る。
「オレなら片方潰れても死にはせん。全て捧げろとも書いていない。やってみる価値はあると思うが、どうだ?」
 ハドラーの提案にミストバーンが反対する理由は一切なかった。
 霧に隠された体を傷つけることは絶対に許されず、また、その方法もない。
 ハドラーが体を張って解決するならばそれに越したことはない。
 決まりきった答えを返すべくミストバーンは口を開いた。
「頼む」
 言葉を吐き出すまで、ほんのわずかな間があった。


 ハドラーは左手を胸の前に構え、ヘルズクローを出現させた。自らの胸を刺そうとする彼の面に怯懦や躊躇はない。
 淡々と実行しようとする彼の手をミストバーンが押さえた。
「どうした?」
 問われたミストバーンは返答代わりに自分の右手の爪を伸ばした。五指を揃えて剣を形成し、切っ先を勢いよく地に向ける。
 自分がやると告げている。
 敵意も殺気も無く、気迫だけを両眼にみなぎらせて。
 意図を語らず気合のみを伝えてくる相手をハドラーは不思議そうに眺めたが、やがて黒いマントを脱ぎ捨てた。背筋を伸ばし、腕を垂らして力を抜き、攻撃を待ち受ける。
 ミストバーンはハドラーの正面に立ち、距離を調整して、爪の先端にまで意識を集中させる。
 霧に浮かぶ眼がぎらりと光った。
 次の瞬間、ミストバーンは攻撃を終えて静止していた。足を踏み出し、腕を真っ直ぐに伸ばし、やや前傾した姿勢で。
 剣の切っ先がハドラーの胸を突き抜けて背中から見えているが、肉を貫く音は無かった。
 瞬きする間に獲物の体内に刃が出現したようにしか見えない、手品じみた光景。それを作り出した剣閃は音すら生まなかった。
 心臓を正確に穿たれたハドラーは声を上げず、静かに相手の双眸を見据えている。
 ミストバーンが腕を伸ばした姿勢のまま時が流れる。
 一秒。二秒。三秒。
 両者の視界に輝きが生じた。
 白い壁に金色の線が走り、扉の形を描いていく。
 徐々に強くなる光に面を照らされながら、ミストバーンは刃を引き抜いた。
 ハドラーの顔がわずかにこわばり、小さく開いた口から息が漏れる。彼は奥歯を噛みしめて、こみ上げるものを飲み下す。
 二人の体にのしかかっていた重みがなくなった。脱出を封じる結界が消えたのだろう。
 傷口から滴った血が床に落ちると同時に、扉が開かれたのだった。


 扉の先は見覚えのある景色だった。二人が部屋に引きずり込まれる前にいた場所だ。
 帰還した彼らは叱責も覚悟しながら大魔王に報告したが、慢心や失策が招いた事態ではないため咎められることはなく、密かに胸を撫で下ろした。
 バーンはほとんど口を挟まず話を聞いていたが、ハドラーの推測――部屋が作られた目的について――には異論を唱えた。
「ただの殺し合いならば魔界でいくらでも見られる。部屋に閉じ込めずともな」
 蹴落とし合い、殺し合いなど魔界ではありふれた光景だ。
 仮に戦っている敵同士が引きずり込まれれば、そのまま相手を殺害して終わる。わざわざ異空間を用意し、実力者でも突破できない結界を施す労力に見合わない。
「見たいのは別のものかもしれん。……選ばれる条件があるのだろうな」
 それ以上は作成者に訊かないと分からない。
 最終的に三人の意見は「調査と対処の必要がある」で一致したが、バーンはひとまずハドラーに休息を取るように命じた。ハドラーに異論はなく、主君の厚情に感謝しつつ退室する。
 廊下に出たハドラーは胸にそっと手を当てた。
 回復が予想よりも速い。
 鮮やかな一撃によって被害は最小限に抑えられた。
 自分で自分を攻撃した場合、傷口が粗くなり、回復は遅れただろう。
 ミストバーンの腕前に感嘆しながら歩き出そうとした時、背後から声がかけられた。
「待て」
 声の主はミストバーンだった。
 ハドラーが退室した後にミストバーンも玉座の間から出てきたのだ。
 呼び止めたミストバーンは何も言わずに突っ立っている。
 息詰まる沈黙がたちこめ、しびれを切らしたハドラーが用件を尋ねようとした瞬間、ミストバーンはやっと言葉を口にした。
「心臓を貫かれる痛みとは、どのようなものだ?」
 質問の内容よりも、真剣な声音にハドラーは驚いた。好奇心にしては声色が暗い。
 ハドラーは顎に手を当てて考え込んだ。
 痛がるつもりはないが、軽く扱うのも相手の真面目な態度に相応しくない。
 適切な答えを探していると、ミストバーンは質問を取り消すように首を横に振った。諦めたような溜息とともに。
 どことなく疲労の漂う所作が気にかかり、ハドラーは相手に休息を取るよう促した。
「お前も休んだ方がいい」
「要らん。私は苦痛も疲労も感じないからな」
「そう、なのか?」
 そっけない言葉にハドラーは歯切れの悪い口調で答えた。突き放す態度に気分を害したというより、不可解な点を発見したような口ぶりだ。
 ミストバーンの方もハドラーの反応が理解できず、低い声で問いただす。
「……何が言いたい?」
「感じているように見えたぞ。痛みも疲れも」
 否定しようと身構えるミストバーンに対し、ハドラーは冷静に理由を述べていく。
 ハドラーの目から見て、ミストバーンが疲れていると感じたのは、この会話の最中だけでなく閉じ込められていた時もだ。脱出を試みては失敗する過程で度々感じた。
 指摘されるとミストバーンは黙らざるを得なかった。反論したいが、大魔王陣営の幹部らしからぬ姿を晒した自覚がある。
 盛大に狼狽え、挑戦しては失敗して肩を落とし、壁に八つ当たりした挙句ぶつぶつ独り言を呟く様は疲れていたと解釈されても仕方がない。むしろ、疲労のせいにした方がいいかもしれない行動だ。
 精神的な疲労を感じたのは事実。そういうことにしておこうと結論づけたミストバーンは、掌を前に突き出した。
「もういい。分かった」
 彼は台詞と仕草の両方で相手の発言を封じた。感じないはずの痛みをどんな時にハドラーが見出したかは気になるが、これ以上ほじくり返されたくない。
 ハドラーは大人しく口をつぐんだ。ミストバーンから止められずとも、痛みの方を詳しく説明する気はなかった。
 彼が思い浮かべたのは、脱出する直前の光景。金色の光に照らされ、ミストバーンの素顔がうっすら見えた時のことだ。
 不明瞭だったとはいえミストバーンが隠したがっているものが見えてしまったため、言及は避けることにした。
 ハドラーは己の胸元に視線を向け、その瞬間を思い返す。

 心臓を貫く刃が抜かれた瞬間、相手も自分と同じ表情をしている気がした。
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