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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

虫籠

SS『虫籠』
※大魔王初戦でダイ達を逃して捕えられたハドラーとミストバーンの会話。
残酷な描写あり。



 勇者一行が初めて大魔王バーンと戦い、敗北を喫したことをきっかけに牢に入れられた男がいた。
 彼の名はハドラー。全滅寸前の勇者一行を逃した咎でバーンから処刑されそうになったハドラーは死を受け入れなかった。彼は大魔王の首を獲ろうとしたものの、刃は届かなかった。
 部下である親衛騎団は一人一人順番に殺され、最後に破壊されたのは女王だった。
 彼女は恨み言を口にせず、ハドラーの生存のみを願いながら砕かれた。
 切なる祈りは聞き届けられた。彼女の望まない形で。
 大魔王に刃向かったハドラーが生かされたのは実験のためだ。
 ハドラーは超魔生物と化した後も、蘇るたびに強くなる特性を失っていなかった特殊な個体だ。
 ザボエラ個人の探究心は死肉を利用する超魔ゾンビの研究に向いているが、バーンが軍団増強のため超魔生物に関心があると告げたので、そちらも進めることにした。
 黒の核晶を摘出されたハドラーはまもなく死ぬ運命だったが、バーンが魔力を与え、実験に耐える生命力を持たせている。
 ザボエラは張り切って研究に取りかかった。
 上司相手にはできなかった仕打ちも反逆者となれば遠慮する必要はない。
 攻撃に対する反応や耐久性、再生力を確認し、死の淵から蘇り強くなる特性を調べ、従順な兵士として運用する方法を探り、情報や技術を蓄積していく。
 楽しげに邪魔者への対処を進めるバーン、安全な場所で出世の道を歩んでいるという確信から上機嫌なザボエラと違い、大魔王の腹心の部下ミストバーンは喜びを表に出さなかった。

 時が流れ、大魔王の敵は着実に数を減らしていく。
 ミストバーンがハドラーの牢に足を運んだのは、彼がそろそろ処分されると聞かされてからだった。
 ミストバーンはそれまでハドラーと関わろうとしなかった。
 大魔王に挑み、敗れ、囚われた男がどんな扱いを受けようとミストバーンに口出しする権利も資格もない。主君のためにハドラーを殺そうとしておきながら今更何か言えるはずがない。
 関心がなさそうに振舞っていたミストバーンに情報をもたらしたのは、他ならぬ主だった。大魔王は笑顔で事実を突きつけたものの、何か指示を出すわけでもない。
 戸惑うミストバーンに「好きにしろ」と告げただけだ。
 何をすべきか掴めず、何がしたいのかも分からないまま、ミストバーンは牢へと向かった。
 見に行く行為にたいした意味はない。
 反逆者の身を案じるなどあるわけがない。あってはならない。
 ただの気まぐれか、愚か者の末路を笑いにいくかのどちらかだ。
 理由を用意しながら辿り着いたミストバーンは、中の光景を目にして息を呑んだ。
 ハドラーは床に倒れていた。腹這いになった状態で、顔は両腕の間に埋めるようにして伏せられている。
 彼は牢に押し込められた上で手足も戒められていた。
 枷は壁に固定されてはいない。手と手、足と足をつなぐ鎖はそれなりの長さがあるためある程度身動きが可能だが、立つどころか座ることもできずにいる。
 彼がまともに体を支えることもできないのも無理はない。たくましかった体躯から肉が落ちている。あちこちの皮膚が剥がれ、肉が裂け、背中には幾つも小さな穴が開いていた。ところどころ皮膚が変色し、焼け焦げている個所もある。
 これより凄惨な光景をミストバーンは数えきれないほど目にしてきた。自らの手で作り出したことも何度もある。惨い有様を見慣れている大魔王の部下は、激しい不快感を味わっていた。

 気配を察したのかうつ伏せになっていたハドラーの体が動いた。腕に力を込めて上体を起こす動作は緩慢だ。
 顔を上げたハドラーの眼球は濁り、頬はこけている。
 視線がふらふらと彷徨い、中途半端な位置で止まる。視覚が正常に機能していないようだ。
 光のない眼に直面したミストバーンの口から息だけが出てきた。言おうとした言葉が喉につかえてしまった。
「ッ……ハドラー……」
 やっとのことで言葉を搾り出したミストバーンは耳を疑った。
「誰、だ?」
 ひび割れた唇から聞き取りにくい音が漏れた。ひどく声を出しづらいようだ。
 聴覚もおかしくなっているのか、記憶が混濁しているのか、ハドラーは相手が誰か分からないようだ。
 彼の表情は奇妙に平坦で、痛みを感じているようには見えない。全身の激痛も伝わらないのかもしれない。
「誰だ、だと?」
 意図せず冷ややかな声が出たためミストバーンは口を押さえた。
 ハドラーを責めても仕方ないと知りながら、無性に腹が立って苛立ちをぶつけてしまった。
 囚人を見下ろすミストバーンの霧の下の面はゆがんでいる。
 伏せた体勢で手足もろくに動かせない姿は地を這う虫を連想させた。
 惨めで哀れでちっぽけで、戦うこともできない存在。
 ミストバーンは目を逸らし、苦々しい想いを噛み殺す。
「お前は何を望んでいる?」
 質問を投げかけながら彼は答えを予想した。
 楽になりたい。
 解放してほしい。
 ハドラーがそう望むならば、躊躇わずとどめを刺すつもりだった。
 そろそろ廃棄する予定なのだから、ここで処分しても問題ないだろう。
 ハドラーに残されたのは今にも尽きそうな命のみ。
 戦う力も、生きる意味も、何も持っていないはずだ。
 そんな男に唯一与えられるものは、永遠の安息しかミストバーンには考えられなかった。
 苦しみに満ちた生を終わらせることで、強く輝かしかった戦士への敬意の証とする。
 血に濡れた慈悲を贈るために、ミストバーンは答えを待った。

 答えはミストバーンの予想よりはるかに早く、力強い声で返ってきた。
「戦いたい」
 かつての勇ましい声が空気を震わせた。
「奴と……もう一度……!」
 表情には覇気が満ち、薄汚れた髪が闘気を帯びて鈍く輝く。
 手足を拘束され限界まで弱っている囚人にミストバーンは気圧されていた。
「奴とは?」
 訊くまでもないのに問い返すとハドラーはもどかしげに歯を食いしばった。名前が出てこないようだ。
 身を焼かれるような心地を味わい、ミストバーンは拳を握り締めた。じわじわと染み出る暗い澱が心を閉ざしていく。
 ハドラーは部下を全員喪い、得物も折られた。体に力は残されておらず、意志もいつまで保てるか分からない。
 彼はほぼ全てを奪われ、地を這うところまで墜ちてきた。何も持たず、まともに戦えない虫籠の住人に成り下がったはずだ。
 ミストバーンは床に両膝を落とし、目線を近づける。格子越しに改めてハドラーの双眸を見つめ、動きを止めた。
 曇っていた瞳に光が射している。雲の隙間から太陽が覗くように。
 ハドラーの体は地べたを這いつくばっているのに、心は立ち上がろうとしている。
 檻や枷、衰弱しきった身体や欠けた記憶でさえも、彼の闘志を封じることは不可能だ。
 ここから出られるならば、彼は傷ついた手足を動かして、一人で戦いへと向かおうとするだろう。
 何千年も同じ籠に留まっている者を置き去りにして。

 ミストバーンは幽鬼のごとく立ち上がった。
 暗黒闘気を掌に集めてたやすく牢の鍵を握り潰し、中に入って、ハドラーの前に立つ。
 突如鬼気を迸らせた闖入者にハドラーは立ち上がろうとするが、動きが鈍い。ミストバーンが手を一振りすると黒い糸がハドラーの四肢に絡みつき、強引に立たせた。
 唐突に暗黒闘気が消えた。
 ハドラーはよろめいたが、かろうじて倒れそうになるのを踏みとどまる。
 じゃらりと音を立てる手足の鎖をミストバーンは不快そうに一瞥する。
 彼は両手の爪を伸ばし、短めの剣を形成しながら告げた。
「慈悲深き死など、与えてはやらん」
 ミストバーンはこれからなすべきことを考えた。
 被験体は予定を繰り上げて『処分』したとザボエラに伝えなければならない。
 彼は非情な刃を振り上げ、振り下ろした。
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