SS『逆行~冒険の途中~』
※ダイが戻ってこないため、ポップは過去を変える決意を固める。
「……よし」
世界の片隅に、忘れ去られたようにひっそりとたたずむ遺跡の最深部。
床に描かれた七色の魔法陣を前に、おれは力強く頷いた。
色んな書物を漁って、あちこちの遺跡に潜って、世界中歩き回った成果がこれだ。
この魔法陣には術者の精神を飛ばす効果がある。
……過去の自分自身へと。
意識だけが体から抜き出されて、過去のおれの中に入り込んで、上書きしてしまうらしい。
そうなれば、変えられる。大魔王との戦いの結末を。
『ポップ……』
マァム達の心配そうな顔が心に浮かぶ。
皆はおれがやろうとしていることを知ったら止めるだろうか。
こんなこと、普通なら絶対に試さない。
今の体や昔の自分の精神はどうなるのか。過去の出来事が変わったら、今の世界にどんな影響があるのか。疑問も不安も尽きない。
それでもおれが過去を変えるなんて無茶をしようとしているのは、親友――ダイが見つからないからだ。
地上を滅ぼそうとしたバーンを倒した直後にあいつはいなくなっちまった。黒の核晶の爆発から世界を守るため、人形を抱えて飛んでいった。
一緒に飛んだおれを蹴落として!
もちろんおれ達は捜したよ。ずっとずっと捜してきた。
でもどんなに捜し回っても、手がかり一つ見つからない。
やがて剣の宝玉の光が消えて……。
「くそっ!」
思わず悪罵の声が漏れた。
光が失われたのを目撃した時の、血の凍るような感覚が蘇る。あの瞬間味わった感情は、何年経とうと忘れないだろう。
認められるかよ。
おまえが地上の平和な姿を見られないままなんて。
勇者が悪いヤツらをやっつけて、脅威は『全部』いなくなりました。
めでたしめでたし。
そんな結末変えてやる。
さぞかし大変だろうが、何もせずにいるなんて自分自身が許せない。
「……いけねえ。冷静に、冷静に」
無意識のうちに拳に力がこもっていた。指を解いて、頭を冷やすために深呼吸する。
いつ頃まで遡るかハッキリしないのが厄介だった。
確定しているのは、「最も変えたい出来事の前『には』戻れる」ことだけだ。細かく指定することはできないようになっている。
もしかすると赤ん坊の頃にまで戻っちまうかもしれない。戦闘の最中だったら咄嗟に対処できず大怪我するかもしれない。怪我どころか命を落とすことだって考えられる。
それ以前に、時の流れに巻き込まれて精神がバラバラになるかも……。
起こりうることを追究していくと、無謀な行動を思いとどまらせようとする声が聞こえてくる。
戻る先は本当に同じ過去なのか。全然違う流れになった時に対処できるのか。
もっと悪い結果になるかもしれないのに、一度は掴んだ平和を捨てるのか。
思い通りの結末にならなかったらまたやり直すのか。
……あいつはこんなやり方を望まないんじゃないか?
おれは頭を振って問いかける声を追い出した。
やるべきかどうか散々悩んだ。皆で作った流れを、おれ一人の気持ちで捻じ曲げるなんて許されるのかと思った。
それでも、待ちくたびれたんだ。
「ダイ。今、会いに行くからな」
なるべく心を落ち着かせる。息を吸い込み、宣言する。
「行くぜ」
ダイたちとの冒険が、再び始まる。
力を解き放った途端、意識が遠くなった。
世界が白くなって、全身が浮遊感に包まれる。指先から手首へ、腕へ、冷気が這い上がり、感覚がなくなっていく。体が泡になって消えていくような、頼りない心地がした。
空の向こうに飛んで行ってしまいそうで、体がないにも関わらず必死にもがこうとする。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
いつの間にか目の前は真っ暗になっている。あの世に来ちまったのかと焦って瞬きすると……瞬き?
光が、色彩が、戻っている。自分の手が見える。
体が、ある。
足で地面を踏みしめる感触もする。
慎重に視線を動かして、おれは息を呑んだ。黒い髪と青い眼が視界に入ったためだ。
懐かしい懐かしい、もう一度見たかった親友の顔。
「ダイ……!」
涙が溢れそうになるのをこらえる。
……駄目だ。今は感傷に浸ってる場合じゃない。状況の把握に努めないと。
もうダイと出会った後なのか。
先生にマァム、ヒュンケルもいる。戦ってる真っ最中じゃないみたいだ。
冒険の途中ならどのあたりなんだ?
バーンやミストバーンの秘密がわかってるからそれを活かして――。
「ん?」
そう言えばダイは上半身裸だ。どことなく安心したように笑ってる。
「大魔王バーンは……倒れた……!」
いきなり終わりかけてんじゃねえか!
変わった状況への対応とか色々考えてたのはなんだったんだ……。
ってことはこの後キルバーンが登場するから黒の核晶を作動させる前に小人の方を、ああでも戦い終わったばっかで体にはろくに力が残ってねえし下手に呪文ぶつけようとすると人形が……頭を使わねえと!
「少々お待ちを……!」
げっ、もうきやがった!
得意げに語りやがって、こうなりゃやることは一つ!
「祝福の――」
「でええぇぇい!」
台詞の途中で攻撃! 種明かしの空気無視!
バーンの裏拳くらっても原型留めてた頭をくらえ!
「こドゥバッ!?」
腰のあたりに頭から突っ込むと人形は派手に吹っ飛んだ。巻き込まれた小人――キルバーン本人は……当たり所が悪かったのか一発で気絶した。
何とか爆発は阻止できた。あ、焦った……!
事前に対応を考えていたはずなのに慌てちまった。冷静なつもりでいたけど、気づかないうちに精神的に追い詰められていたのかもしれない。
「こんな頭の使い方、ありかよ」
自分でもどうかと思うが、そうするしかなかった。勇者の無事は全てに優先するんだよ!
皆すっかり驚いてる。ってか若干ヒいた顔してる。マァム……そんな顔しないでくれ……。
できればおれだって鮮やかに対処したかったさ、新しく編み出した呪文とかで。ほとんど力を使い果たしてなければなあ……。
ダイも戸惑った目でおれを見ている。
「ポップ、どうしたんだよ?」
なんか……キルバーンの正体とか説明すんの、面倒くさくなっちまった。
こ、これで冒険終了か?
「……いや」
違う。
ダイが地上からいなくなる可能性はまだ残っている。
魔界の住人が侵略することは十分考えられる。
たとえ魔族が攻めてこなくても、何もしなくていいわけじゃない。
地上のみんなの心が一つになったとはいえ、いつまで効果が続くか分からないんだ。
ダイに……すごく強いと分かってる相手に石を投げたり暴言吐いたりする馬鹿野郎はさすがにいないだろう。
ただ、過剰にビクビクしたり機嫌取ったりする連中は出てくる。戦いに利用しようとする悪党だって現れないとは限らない。
受け入れる奴の方が多くても、自分の存在が火種になるならダイは去ることを考えるだろう。
人間全体の意識を変えるのはとてつもなく困難だ。強力な呪文を習得するよりずっと……もしかしたら大魔王を倒すことより難しいかもしれない。
それでも……やらなきゃ。変えていくんだ。
ダイが安心して暮らせるようになるまで、おれたちの冒険は終わらない。