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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

L'Eminenza Oscura

SS『L'Eminenza Oscura』
※ハドラーとミストバーンの二人で竜の騎士親子を迎え撃ったら。



 
 閃光が走り、剣戟の音が響く。
 大魔王と戦おうとする者達の中で、直接刃を浴びせるべく乗り込んだのは二名。
 ダイとバラン――竜の騎士親子の迎撃に動いたのも二名。
 本来、勇者達と戦うのは一人だけのはずだった。
 自らを超魔生物へと改造したハドラーだ。
 彼は己に残された時間が少ないことを悟り、単身で親子を迎え撃つつもりだった。
 その計画に異を唱えたのが、主である大魔王バーンだ。
「その覚悟は好ましいがな。力を引き出す方法は、己を死地に追いやるだけではなかろう」
 薄く笑うバーンは、傍らに控える影に視線を向ける。
「お前も戦え」
 主からの命令に、ミストバーンは微かに頷いた。
 ハドラーの目に鋭い光がよぎる。
 近いうちに己の命が終わるという予感を抱き、最後の戦いだと覚悟を決めていた。
 あらゆる力を振り絞るために一人で立ち向かうつもりだった。
 ざわめいた心を見抜いたかのように、大魔王は厳かに告げる。
「お前の望みはこやつも把握しておる。水を差す真似はせんよ」
「ミストはバラン君の相手をするってことですね?」
 確認するキルバーンに何も言わず、ミストバーンは進み出る。
 神々の創り出した戦闘生物と戦うことになろうと、動揺はない。強大な敵を倒せと主から命じられた回数など覚えていない。
 沈黙が降り、ハドラーの面に思案の色が漂う。
 ハドラーが何よりも願っているのは、宿敵と認めた使徒――勇者ダイとの決戦だ。
 親子との対決を待ち望んでいたが、一対一の形に持ち込めるならばその方が望ましい。
 音もなく歩み距離を詰める影の男に、ハドラーは告げた。眼差しに炎を宿しながら。
「頼む」
 全てを懸けた決闘が、何者にも邪魔されないように。
 勝利であれ敗北であれ、悔いなき結末を迎えられるように。
 絞り出すかのような声に、ミストバーンの足が止まる。
 いらえは短い。
「……任せろ」
 答えを聞いたハドラーは瞼を閉ざした。

 一足先にハドラーが退室した後、重苦しい空気を吹き飛ばすかのようにキルバーンは拍手した。
「いーい仲間になったじゃない」
「正義の使徒どものようなことを言うな」
 呆れながら呟いたミストバーンは、次の瞬間目を見開いた。
 バーンが笑みを頬に載せたまま口を開いたためだ。
「許可を与えておく」
「……!」
 何の、と問う必要はない。
 竜の騎士が相手となれば、苦戦は必至だ。
 隠された力を使う必要に迫られるかもしれない。
 だが、霧の下の素顔を見せることは戒められていた。
 ハドラーに見られてもかまわないのか。
 疑問を口にせず無言で見つめるミストバーンに対し、大魔王は笑みを消した。真剣な眼差しを向け、重々しく呟く。
「使わずに済むならば、それに越したことはない」
「かしこまりました」
 戦いを優勢に進め、勝利すれば、禁じられた力を使う必要もない。
 ミストバーンは深く頷いた。

「勇者ダイとの一対一の……正々堂々たる戦いか」
 感慨深げな呟きが、廊下に響いて消えてゆく。
 ミストバーンがバランを止めきれず、横やりが入る可能性も高いが、ハドラーは言及しなかった。
 目前に迫る戦いを見据えるかのように、鋭い眼差しで虚空を睨む。
 間違いなく命がけの激戦となるが、ハドラーは待ちきれないかのように身を震わせる。
 彼は己の言葉を面白がるように相好を崩した。
「言うことが変わりすぎだな。まったく」
 声は己への呆れを含んでいるが、目に躍る光はどこか楽しげだ。
 ミストバーンはハドラーの双眸を観察する。
 己の力に確かな自信を持つ者の眼差し。
 様々な強者を認めつつ、高みを見据える戦士の眼。
「……変わるものだな」
 しみじみとした呟きは、発言したミストバーン本人にも向けられているかもしれない。
 今までは、鍛え強くなる者の目を見て己との隔絶を感じていた。
 遠さを肯定できるようになったのは主と出会ってからだ。己を支えるものがあって、受け止めることができた。
 輝きを宿した目は、これまでと同じく敬意と羨望を掻き立てるが、それだけではない。
「眩しいが……悪くはない」
 隔たり以外の感覚もあるのは、己の魂を認め、対等な視線を向ける相手だからかもしれない。
 彼の言葉が何を指しているか知らぬハドラーは、自分なりの考えを答えた。
「眩しい、か。命が燃え尽きようとする今……最も生きていると実感している気がする」
 死を予感しながらも落ち着いている声音に、厳しい語調で台詞が返される。
「勝利すれば今少し猶予が生まれるだろう。その間にさらなる輝きを燃え立たせるがいい」
 力のこもった声にハドラーがわずかに目を見開くが、ミストバーンはそれ以上口を開かなかった。

 竜の騎士二人が敵というありえない状況だが、ハドラーとミストバーン、両名の戦意に陰りはなかった。
 遥かに増していたと言えるかもしれない。
 元々ダイとの戦いに闘志を燃やしていたハドラーは当然のことと言えるが、ミストバーンの方は当人にも予想外だった。
 同じ目的で戦うのは軍団長時代にも経験したものの、ここまで高揚したことはない。
 尤も、共闘に魂を震わせるのは影だけではない。
 竜の騎士バランもそうだ。
 我が子を守るため、刃に己の意志を載せる。
「邪魔をするなっ!」
 裂帛の気合が闘気と化して迸り、影の体に叩きつけられるが、退かせることはできない。
 威圧だけで終わるはずもなく、ほぼ同時にバランは剣を手に疾駆し、叩きつけた。乱暴な動作に見えるが、太刀筋の鋭さは戦闘兵器に相応しい。
 敵対する者の心を凍りつかせる斬撃は、金属製の籠手に阻まれる。
 甲高い音が響き、ギリギリと押し合い、両者は後方へ飛んだ。
 一旦距離を取った二人の間を今度は呪文が走る。
 放ったのはバランだ。
 光が走り、影の身を叩こうとする。
 威力を抑え、素早く繰り出された術をミストバーンは手で払いのけた。
 弾く。弾く。
 明後日の方向へ逸らされた呪文が床を穿ち壁を抉る。
 合間を縫って強烈な一撃が滑るように近づくと、ミストバーンは突き出していた手を横にずらした。
 生じた空間へ入り込んだ魔法は一瞬姿を消し、威力を増して撃ち出された。
 常識を外れた反撃にもバランは怯まず、気合の声とともに剣を振るう。
 竜闘気を纏った刃が光と熱を打ち破り、騎士はそのまま影へと駆ける。
「はぁっ!」
 衣がわずかに裂けたが、血も流れず、身も揺るがない。
 不確かな感覚だけがバランの手に残った。影を貫こうとするかのように。霧に殴りかかるかのように。
 ミストバーンは爪の双剣に闘気を込める。腕を交差させるかのように振り下ろし、躱された刹那、右に身を捻って横殴りの一撃を繰り出す。
 力任せの攻撃をものともせず、バランは一閃を弾き、相手の腕を跳ね上げた。
 胴へと剣を突き出したが、今度の手ごたえは固い。
 左の掌で受け止めたミストバーンは、そのまま暗黒闘気を噴出させる。
 暗黒が、竜闘気をも飲み込むかのように広がっていく。
 闇が光を覆い、喰らい尽くそうとする。

 怒りや憎しみに駆られていないのに、闇が深化している。感情が渦巻き、混沌とした力へと変わる。
 理由は術者たるミストバーンにも分からないが、追究する気は起きない。
 勝利を求める意思が、戦うために生まれた体を衝き動かす。それだけ分かっていれば十分だ。
 今最も重要なのは、この手で勝利を掴むこと。
 敬愛する主のために。
 尊敬すべき戦士であり、己の魂を認めた相手とともに。
 黒き光が集束する。
 闇の奔流が、目映い闘気とぶつかり合う。

 一旦距離を取ったバランの目が見開かれ、視線が一点を指した。
 ミストバーンも動きを止めた。
 ハドラーの胸に光るのは、黒の核晶。
(な……何故ッ!?)
 混乱しつつ、彼は答えを導き出そうとする。
 誰が仕掛けたか。
 超魔生物に改造したザボエラにも可能かもしれないが、直接手を下すことはないと踏んでいた。
 ザボエラの人格を信頼しているのではない。
 部下の体に細工を施し、捨て駒に作り替える程度のことは上機嫌でやってのけるだろう。
 今回は、仕掛ける対象も内容も、危険度は比べ物にならない。
 狙いに気づかれ背かれようと脅威ではない部下の一人ではなく、実力も立場も上の相手。
 一歩間違えれば自分も巻きこまれる規模の爆弾。
 己へのリスクを避けようとする性格ゆえに、危険な要素を組み合わせる発想は浮かびにくいだろう。
 気づいても対処せず、自分がやったのではない、責められるべきは己ではないとうそぶく程度だ。
 恐ろしい爆弾を埋め込んだのは、他でもない。
 彼の主、大魔王バーンだ。
 共闘を命じた真意。
 素顔を晒す許可を与えた理由。
 それらがつながり、ミストバーンの眼光が翳る。
 戦況は優位とは言えない。己の役目は定まっていて、避けられない。
 異変に気づきちらりと視線を向けるハドラーの姿を見、ミストバーンの指が曲げられる。
 これからなすことは影にとって珍しくはない。
 敬意を抱いた相手を葬るのは、彼にとってはありふれた行為だ。
 敵だけでなく、障害と化した味方をも切り捨ててきた。
 気が遠くなるほど繰り返してきた行為に、今さら躊躇を覚えるはずがない。
 展開は、変わらない。

 星が墜ちる。
 星を墜とす。

 己の掌を見下ろす彼の表情は影に隠れている。
 その身を構成するどす黒い霧が、いっそう濁った。
 闇が光を覆い、喰らい尽くそうとしていた。
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