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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

ガラガラ男の退場

僕らの都市伝説SS『ガラガラ男の退場』
※ガラガラ男説得ルート。


 茶髪の少年の喉元に刃が添えられていた。
 彼の背後に立ち、首に刃物を突き付けている人物は黒ずくめだ。帽子やマスク、手袋まで黒い。地面から影が抜け出したかのような姿だ。
 帽子とマスクの間から覗く白い肌が、影法師ではないことをかろうじて証明している。
 武器を握る手はカタカタと震え、いつ凶刃を振るってもおかしくない。
 命を脅かされている少年――田畑克明は顔だけ後方に向けて黒衣の主の表情を観察する。瞳孔が大きく開いており、正気を感じさせない相貌だ。
 田畑は窮地を切り抜けるべく思考を巡らせる。どうしてこんな状況になったのか思い返し、その中に解決の糸口が無いか探っていく。
 発端は退屈しのぎだった。
 田畑は友人の柳沢学、嶋優太郎、寺尾ひさしとともに他愛のない会話に興じていた。
 四人は平穏な日々に飽いていた。彼らの住む地域に怖い話の類は一切なく、刺激も娯楽も見当たらない。
 退屈な日常に変化をもたらすべく、自分達で都市伝説を作ろうと言い出したのは柳沢だ。
 怖い話を作り、周囲に話して、どれほど影響が出るのか確かめる。
 柳沢の提案に乗った田畑達は話し合い、生まれたのが『ガラガラ男』だ。
 嫉妬によって輝かしい未来を奪われた男が、黒い衣を身に纏い、刃物で他人の喉を切り裂いて回る。薬品を飲まされガラガラになった声を上げながら。
 『ガラガラ男』を作る際、中心となったのが田畑と寺尾だ。
 特に張り切ったのが寺尾で、キャラクターの造形や特異さ、神秘性にこだわっていた。漫画やアニメを好み、ロマンという単語を使うことが多い彼らしいと他の誰もが感じたものだ。
 四人は意気揚々と実験を開始し、途中までは順調だった。
 彼らが生み出した『ガラガラ男』は学校の外にまで広まり、田畑や柳沢、嶋はそれなりに満足していた。
 寺尾は違う。
 彼だけがさらなる知名度向上を求め、行動を続けた。匿名掲示板への書き込みを繰り返してまで広めようとしたのだ。
 田畑が制止しても寺尾の熱意は消えず、今、凶悪な形で燃え広がろうとしていた。
 寺尾は噂を本物にするために、衣装を黒で統一して田畑の喉を切り裂こうとしている。

 喉に刃を当てられたまま田畑は動かない。
 逃げたかった。
 突き飛ばして走り出そうと思った。
 できなかったのは、ほんのわずかな躊躇のせい。
 ここで逃げてしまえば、寺尾ひさしは本物のガラガラ男に成り果ててしまう。
 そんな予感が頭をよぎり、逃走するタイミングを逃してしまった。
 残された道は説得しかない。
 皮膚をくすぐる冷たい感触に気づかないふりをして、田畑は口を開いた。
「なあ、寺尾」
 恐怖を堪えていつも通りの声を作る。「ガラガラ男の獲物」ではなく「寺尾ひさしの友人」として。
 冷静でない相手にも伝わるよう、なるべく短い言葉を選んで脳に撃ち込む。
「逆効果だぞ」
 寺尾の手の震えが止まった。
 激昂を予想して田畑の背筋が冷えたが、寺尾が反論や攻撃に移る様子はない。マスクで表情が分かりづらいが、田畑が言わんとする内容に興味をそそられたようだ。
「実際に人が殺されたら、そりゃ殺人事件だ。犯人の人間関係に問題があっただの、暴力的な表現の影響だの、ありがちで適当なこと言われるだろうな」
 田畑は日常会話のように淡々と語る。静かな表情の裏側で思考を巡らせながら。
「特異さも神秘性も完全になくなる。盛り上がるどころか冷めるだけだ」
 田畑は冷めた表情を保ったまま断言した。
 これは賭けだ。
 彼とて口調ほど確信しているわけではない。
 寺尾の望み通り『ガラガラ男』に恐怖と好奇の目が向けられ、爆発的に広まる可能性も高い。
 不安が声に出ないことを願いながら、田畑は言葉を重ねる。
「お前の好きな漫画やアニメが悪者にされるかもしれねーぞ。『ガラガラ男』よりそっちが注目されてもおかしくない」
 田畑の口元に苦笑の影がちらついた。
 笑う対象は寺尾ではない。
 自分の台詞がおかしかった。
 柳沢ならば感情の溢れる真っ直ぐな言葉をぶつけただろう。
 嶋ならば被害者だけでなく加害者の心境をも慮り、寄り添おうとするかもしれない。
 命や絆の尊さを語り聞かせて、情や倫理観に訴える道もあった。説得の仕方としては王道であるはずだ。
 田畑はそうしなかった。
 柳沢のように勢いで突き進むことも、嶋のように優しさを向けることも、人としての正しさを説くことも。
 田畑が選んだのは、現実的な視点で目的が叶わなくなると告げて、行動する理由を失わせるやり方だった。
 その方が成功する確率が高く、相手のためになるから――ではない。
 単に、立派な言葉を並べ立てる気にはなれなかった。
 教室内で喋るような口調で語りかけられ、寺尾が身じろぎをした。
「むぅ……」
 ようやく吐き出された声には迷いがにじんでいる。
 自分の好きな作品が非難され、自分が広めようとした作品の影が薄くなる。
 寺尾にとって避けたい事態だ。
 相手の声音に揺らぎを感じた田畑は軽く息を吸い、追撃を叩きつけた。
「今ならガラガラ男は都市伝説の住人でいられる。ただの殺人鬼にしたら……ロマンがなくなると思わないか?」
 寺尾ひさしはロマンを求めるオタクだ。
 彼の性格や好みを把握している田畑は、最も効果的な単語を持ち出した。
 息詰まる沈黙が流れる中、田畑は辛抱強く待つ。
 狙いが的中したことを、刃物が地面に落ちる音が告げた。


 二人は川辺の土手に座り込んだ。夕日を浴びながら並んで水面を見つめる。
 寺尾の所持していた刃物は田畑が拾って川に投げ捨てた。正しい処分方法ではないが、一刻も早く遠ざけたかったのだ。
 帽子も取り上げたため、寺尾のぼさぼさの髪に日が当たっている。彼はできるだけ体を小さくするように背中を丸めている。
 田畑は自動販売機で買った缶コーヒーを二本、寺尾の首に押し当てた。
 「ひっ」という情けない声を上げて逃げようとする獲物へと、両手に持った缶をぐいぐい押し付ける。頭を冷やせというメッセージと、恐怖を味わわされた意趣返しをこめて。
 眼を見開いて「ふぉおおおお!」「冷たっ、冷たいですぞ!」と悲鳴を上げ続けた寺尾は、やがて諦めたように抵抗をやめた。水の流れに視線を向けたまま、ひんやりとした感触に身を任せている。
 寺尾の口が何度か開閉し、空気を虚しく吐き出した後、唇が短い言葉を形作った。
「ごめん」
 声は小さかったが、田畑の耳には確かに届いた。
 田畑は頷き、首筋に押し付けていた缶を離した。片方を寺尾に渡し、自分の分の蓋を開ける。
「……はー……」
 一気に飲んで息を吐く。ひどく喉が渇いていた。緊張のせいで全身が汗まみれになっている。
 反対に寺尾は飲む速度が遅い。飲み方を忘れたかのように少しずつ嚥下している。
「落ち着いたか」
 田畑の問いに寺尾は控えめに首肯し、渋面を作って答える。
「よく考えると、漫画もアニメも楽しめない生活なんて、まっぴらです」
 悲痛な面持ちで語る寺尾に、田畑は呆れの混ざった笑みを向けた。
「良かったな。元の生活に戻れるぞ」
「元の……?」
 寺尾は弾かれたように田畑の方を見た。そばかすの浮いた顔は引きつり、缶を握る手がぶるぶる震えている。
「で、でも克明は軽蔑したでしょう! 友達のままじゃ――」
「生きてるからセーフだろ」
 田畑はそっけなく返答した。
 他の人間を狙ったならばそうも言えないが、他人を巻き込まずに踏みとどまった以上追及する気はない。
 寺尾は信じられないものを見る眼差しで田畑の面を凝視し、嘘ではないことを察して低く唸る。
「ううう、冷静すぎて怖いくらいですよ……。一切責めないなんて、器の違いを見せられてるみたいで凹みます」
「そんなんじゃないって」
 田畑が否定しても寺尾の表情は晴れないままだ。視線が下を向き、頭が重みに耐えかねたように膝の間に沈んでいく。
 どんよりとした空気を漂わせる寺尾を見て、田畑の脳裏に以前ぶつけられた言葉が蘇る。
 『ガラガラ男』の拡散に執着する寺尾に田畑が呆れると、彼はこう叫んだ。
 ――何でもできて、自慢できることがたくさんある克明には分からないんだよ!
 考えもしなかった叫びに田畑は立ち尽くした。劣等感という黒い影が寺尾の声や目の奥からにじみ出ていた。
 寺尾にとって『ガラガラ男』とは、ようやく見つけた自慢できるものだったのだ。
 一定の成功を得たことで、寺尾の心で燻っていた暗い感情は反転し、喜びをもたらしたはずだった。
 だが、初めて甘い蜜を味わった者が誘惑を振り払うのは難しい。彼はさらなる成功を求め、暴走した。
 作品を広めるのに逆効果だと説かれて諦めたものの、今まで抱えてきた劣等感や承認欲求が全て消えるわけではない。

 田畑は膝に顔を埋める寺尾の背中を軽く叩いた。
 何を言うか決めかねたまま口を開く。頭の中はごちゃごちゃしているが、誤解を解いておきたかった。
「俺はそこまでできた人間じゃない。普通に怖かったし、腹も立った」
 顔を上げた寺尾は身を竦め、思いつきを口にする。
「じゃあ卒業までパシリにするとか――いだっ!」
 田畑は返答代わりに額をチョップした。今度はしっかり力を込めた。
 全てを許し受け入れるほど人格者ではないが、弱みを握ってこき使うほど下劣でもないつもりだ。
 寺尾は涙目になって額を押さえていたが、ややあって「本当に、何もないんですか?」と首をひねる。
 田畑は前方に視線を戻して答えた。
「こうするのは自分のためだから」
「そ……そうですか。よく分かりませんが」
 寺尾は理解できないと声や表情で訴えているが、田畑はそれ以上何も言わなかった。
 今は明かす気にはなれない。
 勝手な理由で身近な相手に殺意を向けた己の過去を。
 おそらく救いたいのは――赦されてほしいのは、寺尾ではなく自分自身だということを。
 田畑はオレンジ色の空を見上げて目を細める。
 寺尾がこの先劣等感や罪の意識と向き合い消化したところで、田畑の過去が変わるわけではない。
 それでも、心に棲む黒い影が遠ざかった気がした。
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