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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

いつものこと

強制救済ゲーム シャングリラSS『いつものこと』
※吾牛の次の『仏』が今蛇だったら


『第四回目の仏を発表します。西高校、2学年。今蛇犬丸くん』
 無機質な声が響いた。
 宣告がもたらされたのは広い机と複数の椅子がある会議室のような空間だ。
 室内にいる人間は一様に、張り詰めた表情で放送に耳を傾けていた。
 名を告げられた途端、ある者は安堵したように息を吐き、ある者は顔をこわばらせる。
「ヘビ……!」
 金髪に黒が混ざった虎みたいな頭の男が目を見開き、声を上げた。爪楊枝を咥えている彼の名は豚田虎男といい、トラと呼ばれている。放送で名を読み上げられた今蛇犬丸と同じ高校の不良だ。
 トラは今蛇に食い入るような視線を向ける。
 彼の反応が尋常でない理由は、今蛇――ヘビが命の危機に晒されているからだ。
 この場にいる者達は命懸けの助け合いを強いられている。
 『仏』に選ばれた者に死が迫るのを『救世主』が救わねばならないのだ。己の体を傷つけながら。
 前半戦では、『仏』を救うために『救世主』は手を焼かねばならなかった。
 後半戦は電流を浴びることになる。
 負担の種類こそ異なるものの、耐えがたい苦行であることに変わりはない。
 さらに、後半戦では『仏』の救出に失敗した『救世主』も死んでしまう。
 助けてみせると勇ましく宣言するのは難しい。

 ヘビは表情をほとんど変えなかった。細い目や結ばれた口元から感情を読み取ることは難しい。
 『仏』に選ばれたとは思えない冷静な振る舞いに、猿飛三狼と猫俣狐宇介が中途半端な形に口を曲げる。感心したような、呆れたような、引きつった笑みを浮かべている。
 八木山兎が心配そうに顔を曇らせ、小森孔司は反射的に一歩足を踏み出したものの、何も言えず口を開閉させる。
 八木も小森もヘビを助けたい気持ちはあるが、どちらもすでに『救世主』をやっている。
 焼かれた手の治療もされていない状態で電流を浴びるのは負担が大きい。
 沈黙が垂れ込めそうになった刹那、猪熊吾牛が口を開いた。決意の光を目に浮かべ、右手を胸に添えて。
「俺は今蛇に命を救われた。だから――」
「俺がやる」
 吾牛が言おうとした台詞をそっくりそのまま口にしたのはトラだった。
 吾牛とヘビが同時にトラの面に視線を据え、二人に見つめられたトラは横を向いて呟く。
「俺は西高のトラだ。一緒にやってきた奴を見殺しにすんのはダセーだろ」
 トラは不良達の間で名を馳せている。自分は強いという顔をしておきながら臆病風に吹かれて仲間を見捨てる真似は、彼の名が許さない。
「アンタの言うことは一理あるが……」
 トラの言い分を尤もだと思いながらも吾牛は反論した。すぐに引っ込めるほど軽い気持ちで言い出したわけではない。
「今蛇はあの時の恩返しができたって言ってたけどよ。リンチから助けるのと手焼いてでも命救うのは規模が全然違うだろ。俺も『救世主』をやってようやくイーブンになるんじゃねえか?」
 ヘビは不良達にリンチされていたところを吾牛に助けられた過去がある。
 その恩を返すため、ヘビは『仏』に選ばれた吾牛の『救世主』となり、命を救ったのだ。
 救われた吾牛自身は、貸したと意識していなかったものを過剰に返された気分を味わっていた。
 リンチから助けた時を除けば吾牛はヘビと関わっていない。
 ほぼ初対面の人間にいきなり命を救われたに等しく、自分も返さねばならないような感覚に陥っている。
 吾牛の認識を正すべくヘビが声を上げた。
「恩というのはあの場に限った話じゃありませんよ。僕の人生が大きく変わったんですから」
「……律儀だなアンタ」
 吾牛にとっては己の行動と相手の行為が釣り合っていないが、ヘビにとってはリンチから救われた件とその後の歩みを合わせてちょうどいいのだろう。
 吾牛は溜息を吐き、頭をかいた。
 ヘビがそれでよしとしている以上、均衡を崩すことは躊躇われる。
 深い友情を築いており、互いに遠慮せず踏み込める間柄ならば違うだろうが、吾牛とヘビはつい先ほど再会したばかりだ。
 ここは気軽に助け合える相手に任せるべきかもしれない。
 そう判断した吾牛はトラに向き直る。
「頼めるか?」
「おう。こう言っちゃなんだが、ヘビとは助けるだの迷惑かけるだの数えきれねえし」
 トラの言葉を肯定するようにヘビが無言で小さく頷いた。
「へぇ。アンタらも仲いいんだな」
 吾牛は興味をそそられたように顎に手を当てた。親しい友のいなかった彼にとって、友情に関する話題は気になるものだ。
 トラは爪楊枝を指で弄びながら、吾牛に聞かせるエピソードがないか過去を振り返る。
「ちょくちょくコイツの昼飯つまみぐいしたり、チキンおごられたり、そういやこの前ラーメン屋に行った時――」
「食い物の話ばっかじゃねえか……」
「食い意地張りすぎだろ」
 ほぼ同時に吾牛と小森がツッコミを入れ、空気が少し和らいだところで猫俣が発言した。
「そろそろ会議が終わりますけど……『救世主』やるのは虎男さんでいいんですか?」
「ああ」
 トラが頷くとヘビはわずかに逡巡した後、小さく頭を下げた。
「お願いします、トラくん」
「まかせとけ」
 そっけなくも力強い声に、ヘビの顔が曇った。

 電流が弾け、トラの体が震えた。
「ぐうぅッ!」
 トラは呻き声を上げながらもスイッチから手を離さず、苦痛を耐える。獲物に食らいつくかのような形相で、獰猛な光を瞳に浮かべて。
 野生の獣じみたトラの姿を眺めながら、ヘビは相手との出会いを思い出していた。
 いかにも不良という様態のトラは、吾牛に救われる前のヘビならば絶対に近づかなかっただろう。
 それまで彼にとって不良とは、毎日己を殴り、蹴り、金を奪う憎い敵だった。死ぬほど嫌悪感が湧くおぞましい存在だった。
 吾牛に救われたことによって固定観念が崩壊し、抱いていた強烈な感情は全然違う方向へ向かったのだ。色調が反転したかのように。
 吾牛が自分にそうしたように、今はまだ力が弱い者達を守れるようになりたい。
 そう決心したヘビは直接的な力を求めた。
 優等生のまま知識を蓄え弱者を助ける道もあったはずだが、そちらを選ぶ気にはなれなかった。
 心も体も弱い自分を変えたかったのだから。
 頭脳の重要性は理解しているが、唐突に暴力に巻き込まれた時に力が無ければ、知恵を活かすことすらできない。
 不良の道を歩もうとした彼は途方に暮れた。
 まずは形から入ろうと荒れた高校へ進学したものの、忌み嫌っていた存在に近づくにはどうすべきか、道筋が見えない。
 手本となる存在を必要としていた彼が出会ったのがトラだった。
 幸か不幸か、トラは教科書に相応しかった。ヘビは様々なことを彼から教わった。
 喧嘩の仕方。腕力や体力以外に必要なもの。弁当のおかずを獲られた時に湧き上がる感情などという必要のないものまで知ることとなった。

 カチッという音がした。
 十秒が経過し、ヘビの体内にある薬が停止したのだ。苦痛から解放されたトラが大きく息を吐き、疲れたように頭を垂れる。
「ありがとうございます。助かりました」
 丁寧に礼を言うヘビに、トラは顔を上げて軽く答える。
「いいって。いつものことだろ」
 トラの言う通り、互いの窮地を救う事態は珍しくない。
 基本的に喧嘩は一人で行うが、どちらかが危機に陥ればもう片方が助けに入るのが常だった。
 今回は規模が大きくなっただけで、トラが助け、ヘビが礼を言って終わるはずだった。
「いつものこと……」
 その単語を聞いた瞬間ヘビの口元がゆがんだことに、トラは気づかない。
 彼は日頃の己の行いに疑問を抱いていない。
 いつものようにヘビとつるみ、いつものように大口を開けて食べ物を貪り、いつものように喧嘩をして派手に暴れ、いつものように相手に惨たらしい傷をつける。
 良心の呵責どころか罪の自覚すらろくに抱かず繰り返すだけだ。
 ヘビの瞼がひくりと震えた。
 トラは、ヘビの友に大怪我をさせた。ヘビがいじめられていた頃から一緒にいた親友は、指と耳を食いちぎられるという凄惨な目に遭った。
 深い傷を負った友人は今もなお病院のベッドの上で苦しんでいる。
 元凶たるトラは何も知らない。知ろうともしない。己の行動に疑問を感じていないのだから当然の反応だ。
「いつもそうです。トラくんは」
 ぼそりと呟いたヘビが困ったような笑みを浮かべる。
 いつものように荒っぽい戦い方をして、いつものように被害者を顧みないトラは、いつものようにヘビの危機を救った。
 ありがたいはずの行動こそがヘビの心に影を落とす。
 彼の精神は揺れていた。日頃つるんでいる友人が親友を傷つけた仇でもあるという事実に、正反対の感情が渦巻いている状況だ。
 そこに命の恩人という要素が加わった今、混沌はますます深まっている。
「もし、トラくんが」
「ん?」
「……何でもありません」
 訝しげな視線を向けられ、ヘビは言葉を濁した。
 トラが『仏』に選ばれた時、行き場のない感情が何をもたらすか、想像しただけで暗澹たる気持ちになる。
 一言でいい。
『ヒデェことしちまった』
『申し訳ねえ』
 そういった、真摯とは言いがたい言葉でもヘビにとっては十分だ。
 たった一言でヘビの感情の渦は解消される。
 親友を苦しめた仇でも己の命を救った友として、ヘビは胸を張って『救世主』をやり遂げるだろう。
 問題は、トラが『仏』に選ばれ罪状を明かされても、反省の色を見せなかった時。

 トラに『仏』になるよう頼んだ時、ヘビは板挟みの状態が解消されることを期待した。
 友情と憎悪が載せられ揺れている天秤に、命を救われたという感謝を加えれば、どちらが重いか答えが出る。仇を憎む気持ちより、友を救おうとする感情の方が上回り、決着がつくだろうと。
 ヘビの期待は外れ、葛藤はおさまらなかった。
 それどころか、今まで抱いていた「申し訳ないという姿勢を見せれば助け、そうでなければ見殺しにする」という単純な式が崩れてしまった。
 命の恩人を見殺しにするなど許せない。
 だからといって、罪の意識を感じてもいない仇を許すこともできない。
 頭では、復讐は後回しにすべきだと理解している。
 何よりも優先すべきはこの場から脱出することだ。己を助けてくれた相手に素直に感謝し、同じ行動で返さねばならない。トラを糾弾し改心を求めるのは生還してからでいい。
 ヘビの理性がいくら訴えても、感情がそれを許さない。
「トラくんなら――」
 ヘビはトラの口から反省や謝罪の言葉が出ることを心から願っている。
 同時に、願いが叶わぬこともよく知っている。
 トラはヘビの予想した通りの反応を見せるだろう。『いつものこと』なのだから。
 その光景を克明に思い描いたヘビの拳に力がこもる。
 友情と憎悪、恩義と殺意がぶつかり合い、心が決壊して溢れ出す寸前だ。
 様々な色彩を帯びた感情は自分自身への嫌悪と混ざり、全てを呑み込もうとしている。
 助けてくれた友に対して何もしないのは許せないが、親友の仇を許すこともできない矛盾。
 それを解消して苦しみを終わらせる方法が彼の脳裏をよぎった。
 友の『救世主』に立候補する。仇を見殺しにする。両方を実行すればいい。
 『仏』を救出しなかった『救世主』はともに死ぬ。
 そうなれば矛盾の発生源はこの世から消える。憎らしく親しい男も、仇に助けられ友を許せずにいる自分自身さえも。
 一度芽生えた考えはじわじわと彼の心を侵食していく。
 激情に囚われたヘビの思考に誰かが風穴を開けなければ、彼らの運命は破滅へと固定されてしまうだろう。
『第五回目の仏を発表します』
 祈るような心地で、彼はアナウンスを聞いていた。
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