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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

二兎を追う者

強制救済ゲーム シャングリラSS『二兎を追う者』
※END4の直後

 死体が二つ転がっている。
 茶髪の男が片方を食い入るように見つめ、叫んだ。
「サブローさん!」
 ちぎれた体に呼びかけたところで返事はない。
 当たり前の現実を受け入れられないかのように、彼は自分のこめかみを両手で強く押さえた。
「嘘だ、そんな。サブローさんが、死――」
 声の震えは全身に伝播して、恐怖に苛まれているように見える。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だっ!」
 声の大きさが跳ね上がり、血の匂いの立ち込める空気を震わせた。
 彼が勢いよく首を横に振るたびに、耳から下がった金と紫の装飾品が揺れる。
「サブローさん、俺をおいていかないでよ……サブローさんッ!」
 飄々とした態度をかなぐり捨てて叫ぶ青年の姿は、泣きわめく子供のようだ。
 何度も呼べば戻ってくると信じているかのように、彼は繰り返し口にする。兄貴分、猿飛三狼の名を。

 もう一つの死体を見つめている男は八木山兎という。
 茶髪の男――猫俣狐宇介とは対照的に、八木はほとんど動かない。
「コージ……」
 ぽつりと呟いたのは八木の親友の名だ。
 中学からの付き合いで、いつも一緒にいた小森孔司。
 彼は死んだ。
 猿飛三狼が小森孔司を道連れにしたのだ。
 命を救われる側の『仏』と救う側の『救世主』。『仏』に選ばれた三狼は小森を『救世主』に指名し、自分を助けるよう求めた。
 小森孔司には恨みがあるが、命を救われれば許せるからと。
 小森の負担は大きいものの、どちらにも望ましい提案のはずだった。三狼は命が救われる。小森は三狼の恨みを清算できる。
 『救世主』がやり遂げるのを、『仏』である三狼は待つだけで良かったのだ。
 三狼は、助けを拒絶した。小森を掴んで救出を妨害した。
 後半戦では『救世主』が『仏』の救助に失敗した場合、ともに死ぬように定められている。
 三狼が小森を『救世主』に指名したのも、妨害したのも、相手の死を望んでの行動だった。
 南高校で暴れた小森に復讐するために。
「どうして」
 八木は何故こんなことになったのか理由を考えようとしたが、答えが見つからない。頭の中は紗がかかったようで、八木はそれ以上考える気になれなかった。

「どうして」
 八木と同じ疑問を猫俣も口にした。
 猫俣は己の行動を思い返した。
 自分の恋人、伏見ミヨが八木に言い寄ったのが始まりだった。八木は他に付き合っている女がいながら伏見に手を出した。
 それが事実で、真実であるはずだ。
 己を裏切った恋人に対する負の感情よりも、八木への憎悪の方が激しく猫俣の心を焼いた。その根底には、惚れた女が悪者だと認めたくない気持ちがあったのかもしれない。あるいは、自分に落ち度があったと思いたくないのかもしれない。
 八木が憎むべき悪党であれば、そういった葛藤に苦しまずに済む。
 『とっかえひっかえ女に手を出すゲスに制裁を加える』という彼なりの正義に基づいて、猫俣は行動した。
 八木を罠に嵌め、警察に捕まるように仕向ける。汚名を被せられた八木が嫌悪と侮蔑の視線を浴びるように。
 計画が成功し、猫俣がほくそ笑んだのも束の間、事件は終わらなかった。
 北高の生徒が南高の連中に手を出された挙句警察に突き出されたと聞いて、小森が動き出したのだ。
 小森は南高に殴り込み、情報収集兼報復で数十人を病院送りにした。
 そのことに激怒した三狼がこの場で小森への復讐を成し遂げた。己の命を代償にして。
 復讐の連鎖の出発点を見つけるのは簡単だ。
 猫俣の肩が大きく震え、彼は唇をきつく噛み締めた。
「……の、せいだ」
 喉に引っかかったような掠れ声が空気を陰鬱に震わせた。
 非難の矛先は、八木山兎。
「アンタのせいだ……!」
 違う、と猫俣の心の奥で声がした。
 この部屋で八木達と過ごしたのはたかだか数十分だが、ある程度人となりは見える。
 人の心を弄び、女を好き放題扱って捨てる外道とは思えなくなっている。
 迷いを捨てるように猫俣は勢いよく人指し指を突きつけた。
「アンタさえいなければ!」
 やめろ。止まれ。そう囁く理性を感情がねじ伏せる。
 絶対に認めるわけにはいかない。
 今回の復讐劇の発端は自分だと。己の所業が三狼を死に追いやったと。
 誰かのせいにしなければ、猫俣の心は砕け散ってしまうだろう。

 必死に叫ぶ猫俣を猪熊吾牛と今蛇犬丸が宥めようとする。
「どうしてそこまで八木を敵視すんだよ……!」
「猿飛さんが復讐を選んだことがどうして八木くんのせいになるんですか? 関係ないでしょう」
「……じゃあ教えますよ」
 猫俣は腕を組み、投げやりに言葉を吐き出した。
 己の策謀を聞かせたくない相手はもうこの世にいない。他の人間に知られようとどうでもよかった。
 猫俣は息を吸い込み、八木を睨み据える。
「伏見ミヨって女、覚えてますよね。他に何人も女がいながらアンタが手を出した相手ですよ」
 八木の反応は鈍かった。親友を喪った直後という理由だけでは説明できないほど沈黙が長い。
 ようやく吐き出された台詞は「だ、誰?」という狼狽に満ちたものだった。
 猫俣は八木の表情をじっくり観察する。白を切っているようには見えない。完全に心当たりがない者の反応だ。
「ひょっとして言い寄ってくる女の名前なんていちいち覚えてねーってか? とんだ悪党だ」
「ちがっ……!」
「だったら覚えてるはずでしょ。アイツ、俺の彼女だったんすよ。ほら、たれ目でポニーテールの」
 そこまで聞いた八木の眼が大きく見開かれ、口がパクパクと動く。「そんなはず」「名前が」と呟くが、明瞭な台詞にならず消えてしまった。
 八木の様子がおかしいことに猫俣は気づいてしまった。ますます膨らむ疑念を押さえつけ、猫俣は己の中の『真実』を叩きつける。
「伏見も憎いが、女はべらせてるくせにちょっかい出したアンタのが憎いんでね。モテるのをいいことに好き放題やってるだの、いい加減な態度で遊んでるだの、そんな噂聞いたらなおさら許せなくなって……嵌めたんです」
「嵌めた?」
 吾牛に聞き返され、猫俣は渋々答えた。
「サツに捕まるように仕向けたんですよ。八木さんの疑惑に関しては完全に濡れ衣です」
「はぁ?」
 呆れ返った声を上げたのは今まで口を閉ざしていた豚田虎男だ。彼は話についていけないように口を開け、猫俣から八木へと視線を移して溜息を吐く。
「それでこんなところにブチ込まれるたァ災難だな……」
 相槌こそ打たなかったが、猫俣以外皆同じ気持ちだった。
「アンタが嵌められて腹を立てた孔司さんがウチに殴りこんで、サブローさんは、その……復讐の、ために……」
 声が震えた猫俣に、今蛇――ヘビは指摘をぶつける。
「つまりキミと八木くんの揉め事に、小森くんと猿飛さんが巻き込まれて命を落としたと?」
 ヘビに続いて吾牛も口を開く。
「八木の女遊びから全てが始まったって言いたいワケか。その言い分はちょっと苦しいだろうよ」
 淡々と吐き出された言葉が臓腑に刺さったかのように、猫俣の顔が大きくゆがむ。
「八木が本当にそんな最低な奴だと確認したのか? 噂通りのクズだったと断言できるか?」
 孤独を感じていた吾牛に真っ先に手を差し伸べたのが八木だった。彼の言葉がきっかけとなって小森も歩み寄り、三人は脱出後に食事に行くことを約束した。
 八木の優しさに触れたからこそ、吾牛は八木に関する悪い噂を容易に信じる気にはなれない。
 吾牛の険しい眼差しが真っ直ぐに猫俣の面を射抜く。

 猫俣が返答に窮したところで、次の『仏』を知らせる放送が流れた。
『最後の仏を発表させていただきます。南高校、1学年。猫俣狐宇介くん』
「どーすんだよ……」
 豚田虎男――トラが呻きに近い声を絞り出した。死体は片づけられておらず、生き残った者同士で険悪な空気が流れている。今更助け合おうなどと考えられる状況ではない。
 猫俣が『仏』に選ばれたが、彼を確実に助けるはずの三狼は死んでいる。
 トラは電流を浴びてまで猫俣を助ける気はなく、吾牛もヘビも同様だ。ヘビの方はすでに二回『救世主』になっており、体への負担から論外と言える。
 残るは八木だが、猫俣から一方的に詰られたばかりだ。自分を陥れ罪を着せた挙句、今も糾弾する相手を救うために危険を冒すなどありえない。
 猫俣が挑発するように鼻を鳴らし、八木に問いかける。
「どうする? 何もしなけりゃ邪魔な俺は死んで万々歳だ。それとも罪滅ぼしするかい?」
 するわけがないと言いたげな口調に重い声が返された。
「やる。罪滅ぼし、するよ」
 吾牛が目を見開き、猫俣は胡散臭いと言いたげに首を傾げる。八木の殊勝な言葉にも感銘を受けた様子はない。
 居心地の悪い沈黙が漂う中、会議の時間が終了した。
 『救世主』が『仏』を助ける段階に入ったが、八木は動こうとしない。電流に怯えているわけでもなく、表情を変えずに立っている。
 その面は静かな決意を湛えていた。
「……オイ、早くしねえとまずいんじゃねーか」
「八木くん。キミはやはり」
 トラとヘビの声が重なり、吾牛が顔をこわばらせる。不吉な予感が吾牛の胸の内で膨れ上がり、弾ける。
 八木の落ち着き払った態度。それが示す答えは一つ。
 吾牛の見ている前で、八木が猫俣に向かって真意を明かす。
「一緒に死ぬ。それがオメーの望む罪滅ぼしなんだろ?」
 八木の問いに猫俣は無言で頷いた。両者の表情からは死の恐怖が感じられない。
「やめろ八木! アンタまで――」
「俺がちゃんとしなかったから、こうなったんだ」
 乾いた声が吾牛の言葉を遮り、黙らせる。
 八木の眼は虚ろだった。
 目の前で親友が死に、お前のせいだと責められた彼には、贖罪の道はこれ以外見えていない。
 自分の行動が他人の恨みを買い、その被害を親友が受けた。他にも巻き込まれ、死を選んだ人間がいる。
 彼らの死は――罪の意識は、抱えながら生きていくにはあまりに重すぎた。
 仮に八木がこの場から生還できたとしても、抜け殻と化して彷徨い続けるだろう。死者の幻影に囚われて。
 八木が猫俣に向き直り、小さく頭を下げた。
「ごめんな」
 気圧されたように顔を引いた猫俣に、八木は訥々と言葉を綴る。
「俺、告白されたら受け入れてた。断って嫌な思いさせたくなかったから」
 でも、と八木は続ける。
「傷つけたくないって言いながら傷つけてた。……いつもそうだ。コージを心配させたくねーって思って動いたらかえって心配させちまったり、皆を苦しめてばっかで」
 顔をゆがめて語る姿は罪人が懺悔しているようだ。吾牛が否定しようと口を開きかけ、閉じる。いくら声を上げたところで今の八木には届かないと悟ったのだ。
「どういうわけか名前が違うけど、その子のことは覚えてる。誠実じゃなかった俺にオメーが怒るのは当たり前だ。……済まなかった」
「や……八木さん……」
 猫俣の声は小さい。自分を奮い立たせる『真実』にヒビが入り、崩れていく。
 しばらく無音の時間が流れ、猫俣は降参したように両手を挙げた。八木の言葉に真情が込められていることを認めざるを得なかった。
「……やっと分かったよ。アンタ」
 猫俣は目を伏せ、続きを心の中でそっと呟く。
(バカみてーなお人よしだったんだな)
 ゲームが進行する中で、八木はゲスではないかもしれないという想いが芽生えていた。
 他人を傷つけ笑う側ではなく、傷つけられ、耐える側ではないかという疑念が次第に大きくなっていった。
 八木の語る通り彼にも落ち度はある。複数の異性から告白されて受け入れたのは、女心を弄んだと批判されても仕方ない行動だ。相手の気持ちに真摯に向き合ったとは言いがたい。
 誰かを傷つけたくないという想いが間違った方向に発揮され、正反対の結果を生んだのは事実だ。
 だが、一生汚名を背負うべき外道などではない。
 ようやく確信に変わったとはいえ、気づくのが遅すぎた。
 もっと早く八木は悪党ではないと認めていれば、こんな結末にはならなかったかもしれない。
(違う)
 猫俣は目を細め、歯を食いしばった。
 やるべきことは他にあった。
 自分の行いを正直に告白することだ。
 三狼が『仏』に選ばれた際の会議で、小森から問い詰められた時が絶好の機会だった。あの時明かしていれば確実に展開は変わっていた。
 小森が復讐に走った原因――北高の生徒が警察に捕まった件は猫俣が発端だと三狼が知れば、小森に対する復讐心も薄れただろう。猫俣の所業に怒り、説教するために生き延びようとしたに違いない。
 さらに遡って分岐点を探せば、八木を罠に嵌めた時点に行き着く。
 ゲームに参加させられずに済んだとしても、いつか猫俣のツケを三狼が支払う羽目になったかもしれない。いくら猫俣が三狼を関わらせないように動いても、舎弟頭と兄貴分というつながりがある以上、どこから巻き込まれるか分からないのだから。
「サブローさん……」
 猫俣の目尻から溜まっていた涙が落ちる。
 憎い男に復讐したい。尊敬する兄貴分には知られたくない。そういった望みを一つも取りこぼさず叶えようと欲張った結果、大切な者を喪った。
 猫俣の視線が八木と交錯した。
 誰も傷つけたくないと思いながら行動した結果、親友を喪った男の目と。
 八木の口が動き、乾いた声を吐き出す。
「ごめん」
 誰かに向けた言葉は、二つの爆発音にかき消された。
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