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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

壊れたプライド

強制救済ゲーム シャングリラSS『壊れたプライド』
※END5の後、吾牛と三狼の会話前。


 楽園の築くための実験、強制救済ゲームが行われてから数週間が経過した。
 集められた非行少年達は脱出に成功し、生き延びることができた幸運を噛み締めながら元の生活に戻ったはずだった。
 放課後の平穏な空気の中、髪を逆立てている不良が道を歩いていた。
「小森」
 切れ長の目の彼――小森孔司に声をかけたのは、薄緑の学生服に長身を包んでいる他校の生徒だ。茶色い髪をした彼の名は猪熊吾牛という。
 ゲームの後に二人が顔を会わせたのはこれが初めてだ。
 れっきとした不良である小森が、ゲームから生還した後は寄り道することもなくなった。ひたすら家と学校を往復するだけで、再会する機会が無かった。
 吾牛に話しかけられた小森の反応は鈍い。
 立ち止まり、吾牛に顔を向ける動作は緩慢だ。小森の視線がのろのろと動き、やっと吾牛の面に据えられたものの、表情は動かない。言葉も出てこない。
 必然的に吾牛が言葉を続けることになる。
「……大丈夫か?」
 吾牛が尋ねるのも無理からぬことだ。小森の目は虚ろで、話す相手を確かに映しているのに「見て」いない。
「俺は元気でやってるよ」
 答えは不自然なほど滑らかに小森の口から吐き出された。そう訊かれたらこう答えると決めていたかのように。
 小森は今の生活についてどう訊かれようと、元気でやっていると答えるだろう。
 そうでなければならない。
 彼の親友が望んだのだから。
 答えを聞いた吾牛の顔がゆがみ、眉間に皺が寄った。
「どう見たって元気じゃねーだろ……!」
 感情が全然こもっていない声音で元気と言われても説得力は皆無だ。
 吾牛がいくら呼びかけても小森の声や表情には何も浮かんでこない。半ば眠っているような反応だ。
 虚しい時間が流れ、結局吾牛は小森からまともな反応を引き出すことができなかった。
 病人のような足取りで去っていく小森の背に、吾牛は沈痛な視線を向けた。

 実験に参加させられた少年達は生還した。
 猫俣孤宇介と八木山兎の二名を除いて。
 猫俣は猿飛三狼の舎弟で、八木は小森の親友だった。
 猫俣が八木に対して罪滅ぼしを望んだ結果、八木は自らの命で応えた。
 二人はともに死んで、残った五人が日常へと帰ったのだ。

「何で」
 小森の中では同じ疑問が渦巻いている。
(何でアイツが死んだんだ)
 ただの嘆きでしかないはずの問いに、見たくない答えが浮かんでしまう。後悔の念が胸に這い上がり、痛みがじわりとにじむ。
「俺が……」
 小森の心を穿つのは、自身の過去の行動だ。
 絶対に間違えてはならない局面で失敗したという悔いが精神を切り刻んでいる。
(無理矢理説得せずに、他の方法を選んでれば)
 八木の考えを変えられると驕った。
(アイツのことを分かってると思い込んでいたから)
 親友の性格を理解しているというプライドが邪魔をした。
 傲慢さの代償として親友の命が奪われた――その考えが合っていても、違っていても、小森には関係ない。可能性がよぎった時点で、彼の心には巨大な楔が打ち込まれたのだ。
「何でだよ」
 己が判断を誤ったせいだと答えが出ても自問は続く。
 彼の心を打ちのめすのは、自身の行動だけではない。
(あと少しって時に)
 八木が死んだタイミングも小森に打撃を与えていた。
 ゲームが進行し、残る救出劇はあと一回だった。そこさえ突破すれば、全員脱出できるはずだった。
 救助対象となったのは猫俣で、彼が自分を助ける役に八木を指名した。憎い相手を道連れにするために。
 その猫俣の恨みも、小森達は乗り越えようとしていた。
 八木に死を与えようと企んだ猫俣だが、疑問を抱かなかったわけではない。ゲーム中の八木の振舞いと小森の説得により、復讐に染まった猫俣の思考に迷いが生じたのだ。
 八木は悪党ではないかもしれない。そう考えるようになった猫俣は、生き延びてから真相を確認する方向へと、方針を転換しかけていた。
 八木があの場で、命をもって贖罪を行う必要はなかったのだ
 ゴールまであと少しだと小森が思った刹那、突き落とされた。
 小森の脳内に数えきれないほど再生された映像が流れる。
 親友が、死が迫っているとは思えない笑顔を向ける。口が動き、小森を気遣う言葉を贈る。その直後、赤い血潮に塗り潰される。
(アイツは……)
 どこに行こうと八木はいない。
 どこにいようと八木がいる。
 いくら姿を探しても見つからないのに、記憶が薄れることはない。
 これからもずっと。

 小森の視線が己の手に落ちる。ハッピーエンドを掴み損ねた手に。
 八木は、あと少しで日常へ帰れるという時に死を選んだ。
 ともに帰ろうとした小森の手を振り払って。
「……クソバカヤロウ」
 罵倒と呼ぶには弱々しい声で小森は呟いた。
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