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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

蛇眼

シャングリラ×ぼくとしSS『蛇眼』
※『強制救済ゲームシャングリラ』の今蛇と『僕らの都市伝説』の寺尾が登場。


 そばかす顔の少年が紙袋を手に歩いていた。
 ぼさぼさの黒い髪と不健康そうな白い腕を太陽が容赦なく照らしている。
 親から買い物を頼まれ、用事を済ませた帰り道。日は沈みかけているのに、うんざりするような暑さは衰えない。
「あづい……」
 寺尾ひさしはカエルのような呻き声を漏らした。
 学校から帰宅した彼は菓子をつまみながらゲームで遊んでいた。クーラーの効いた部屋で戦闘に熱中していたところ、親から本屋に行くよう頼まれたのだ。
 寺尾は涼しい場所から出たくない一心で抵抗したが、好きな本を一冊買っていいという条件で引き受けることになった。
 書店に赴いた寺尾が選んだのはオカルト系の雑誌だ。
 普段購入するものではない、たまたま目についたそれには『怪奇! ヘビ男』やら『逢魔が時の向こう側』、『邪眼の変遷』といった胡散臭い見出しが並んでいる。
 宇宙人の存在を信じる寺尾ですら笑い飛ばしたくなる文章だが、何故か手に取り、いつの間にかレジに向かっていた。雑誌の名前も出版社も全く見覚えがないのに、当たり前のようにそうしていた。
 買った後で他の雑誌にすればよかったと悔やんだが、もう遅い。
 怖いもの見たさで冒険しすぎた。
 暑さのせいで判断力が鈍っていたのだろう。
 一か月ほど前に友人達と都市伝説を作ったことで、怪異への関心が高まっていたのかもしれない。
(ヘビ男って何ですかヘビ男って)
 試しに考えようとしても頭の中にもわもわと紫の煙が立ち込めるばかりで、具体的な形にならない。
 意味不明のイメージを追い払うべく寺尾は首を横に振った。勢いあまって体も揺れ、暑さや疲れがのしかかる。
 冷房の効いた空間を目指して歩き出した彼の背に、静かな声が届いた。
「あの、ちょっと」
「はい?」
 声をかけられた寺尾は振り返り、固まった。
 そこには蛇を連想させる男が立っていた。
 年齢はおそらく高校生だろう。ガッチリとセットされた髪が不良だと力いっぱい主張している。
 着ているのは何の変哲もない夏服の白いシャツだが、かえって不気味に思える。派手な服でも着ていれば、威圧感で統一されて心の整理がついたかもしれない。
 微かに開いた口元は蛇の口を、後ろで結ばれて肩にかかっている髪は蛇の尾を想起させる。
 ほとんど閉じている細い目は鋭い瞳を湛えているだろう。
 熱気のせいか男の姿が揺らめいて見えたため、寺尾は瞬きをした。夕日を背負う彼の表情は捉えづらく、現実感が湧かない。
 寺尾の脳内で雑誌の見出しに含まれていた「ヘビ男」「逢魔が時」という単語が飛び回る。
 寺尾はまさしく蛇に睨まれた蛙だった。


「ひへっ……」
 呼吸の仕方も忘れ、かろうじて出てきたのは弱々しい悲鳴。全身を氷で包まれたかのように顔も青ざめていく。
 情けない行動を恥じる前に寺尾は反射的に謝った。
「すす、すみません!」
 自分に非があるか否かはどうでもよかった。教室で女子から話しかけられた時など意味もなく笑ったり謝ったりする癖がある。相手が怖い人物ならば謝罪一択だ。
 寺尾の口は止まらず、本人の意思を無視して言葉を吐き出していく。
「まさか本当だとは思わなかったんです、こんなところに現れるなんて」
 ヘビ男が、と言いかけてさすがに呑み込む。
 寺尾は雑誌の見出しを恨んだ。ヘビ男とはどんな存在なのか、読んですらいないのに単語が口から飛び出そうになった。
 相手は怪訝そうに眉をひそめている。当然の反応に寺尾の焦りが加速する。
「いやえっとそんなつもりじゃ……ああもう何が何だか」
 声が裏返り、寺尾は頭を抱えたくなった。自分でも何を言っているのか分からない。
 混乱が渦巻く中で必死に男の目的を掴もうとする。
 どう見ても不良である彼が、貧弱な中学生に声をかける理由。
(カ……カツアゲ?)
 絶望に襲われながらポケットを手で探った寺尾は悲鳴を上げそうになった。
 財布が、無い。
 金を差し出して許しを乞うことすらできない。
 目の前が真っ暗になりかけた寺尾に、男は左手を差し出した。掌に見覚えのある物体が乗っている。
「これ、落としましたよ」
 寺尾は口をぽかんと開けた。
 相手の口から出てきたのは丁寧な言葉だった。
 手の上に乗っているのは寺尾の財布だ。
 彼は丁重に財布を手渡し、穏やかな笑みを作る。
「あっ……」
 寺尾の面が今度は赤く染まる。
 財布を拾って渡そうとした人物に震え上がり、意味不明な言葉をぶつけ、カツアゲされると勘違いしてしまった。
 寺尾は申し訳なさと恥ずかしさで身を縮めながら頭を何度も下げた。
「いきなり変なこと言ってすみませんでした……混乱してました。ありがとうございます」
「これだけ暑いと意識も朦朧とするでしょう」
 男が腹を立てる様子は微塵もないため、寺尾は心の中で呟いた。
(人は見かけによらないものですなあ)
 違う世界の住人のように見えた姿が、今はそこまで恐ろしくない。
 気が抜けて大きく息を吐いた寺尾に、男は気遣う言葉をかける。
「これからは気をつけてくださいね。では」
「ありがとうございました」
 手を軽く上げて去っていこうとする相手に寺尾はもう一度礼を述べ、頭を下げた。
 顔を上げたところで寺尾の目が一点に留まった。
 蛇のような男の手には火傷の痕がある。
 白い肌に残るそれは、寺尾の視線を捉えて離さない。目を逸らすことができない。
 夕日の色と男の姿が重なり合い、輪郭が溶けて見えた。夢と現実の境までも曖昧になっていく。
 手に走る跡が蛇のように蠢いたのは、錯覚だ。睨まれているかのように圧力を感じるのは、疲労のせいだ。
 境界線の向こうから手招きされているような感覚は、ただの気のせいであるはずだ。
 寺尾の心に不吉な風が吹いた。冷たい感触に撫でられた精神の奥底から感情が湧き上がる。
 都市伝説の怪人を目撃したかのような、抑えきれない好奇心と恐怖が。


 いつの間にか寺尾の視界から男の姿は消えていた。
 少しずつ頭が冷えてきたため、寺尾は自身の妄想を笑った。傷跡を蛇扱いするなど想像が飛躍している。随分と暑さに参っているらしい。
(じろじろ眺めるなんて、ぶしつけでした)
 我が身に置き換えて考えてみて、寺尾はうなだれた。
 傷跡を凝視されては、いい気持ちはしないだろう。
「……ん?」
 手首から先に広がる火傷を思い出した寺尾は違和感を覚えた。形や範囲が、どこか引っかかる。
 事故や不注意によるものではなく、自ら――
「ないない。さすがにないでしょう」
 寺尾は頭に浮かんだ考えを振り払い、歩き出した。
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