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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

対決

ノクターンSS『対決』



 レヴィエル達四人がリースの町に滞在して数日が過ぎた。
 のどかな空気と歓迎する眼差しに染められたのか、レヴィエルとルナは出立を急がず、久方ぶりにゆったりと過ごしていた。
 明確な目的を持たないカオスとシルフィールも同様である。
 見るからにただならぬ黒衣の剣士と高名な神術師という組み合わせの二人と違い、カオス達はさほど目立たない。近所を散策したり、町人と会話を交わしたりする姿は、すっかり溶け込んでいる。
 揃って出歩き、戻ってきてやることと言えば茶を飲むか、本を読むか、ちょっとした遊戯に興じるかだ。
 まるで老夫婦のような落ち着きを漂わせている二人を見、リックスとシュナイトはそっと目配せをした。
 退散したくなる光景を繰り広げているわけでも、他人を寄せ付けない空気を放っているわけでもない。ごく普通に、来る者拒まずといった態で過ごしているだけだ。
 それだけなのに、二人の間に何かが見える気がする。
 彼らは宿の二階のロビーでチェスをしていた。盤や駒は使わずに勝負している。
「またカオスさんが勝ったね」
 対局を何度か見たが、シルフィールが勝っている姿を見たことが無い。カオスが意地でも勝利を譲らないというより、シルフィールの方が望んでいるようだ。「彼女」は天才軍師と呼ばれていたため、全力を出してもなお届かぬ相手との対決を楽しんでいるのだろう。
「シルフィールさんが得意なチェスでも勝てねぇなら、他のゲームも……メガネ君が勝ちっぱなしってのも癪だし、たまには敗北を味わわせてやりてぇな」
「運任せの勝負ならいけるんじゃない?」
「うーん……もっと、『これなら勝てる!』って感じが……そうだ!」
 シュナイトは意気揚々と近づき、小声で勝負方法を伝える。
 二人は怪訝そうな顔をしたものの、とりあえず乗ってみたらしく、無言で向き合う。

 両者が見つめ合ったのも一瞬のことで、カオスが顔を背けた。
「勝てませんね、これは」
「早っ!?」
 あっさり敗北を認め、勝負を降りたカオスは苦笑している。
 シュナイトは目論見が成功したため鼻を高くし、リックスは何が起こったかわからず目を白黒させる。
 カオスがあっさり敗北を認める展開など、想像できなかった。
 苦手な分野があったとしても、作戦を立てて機を窺えば勝てる可能性はあるはずだ。
 運の要素が大きいゲームにしても、何度かすれば運が巡ってくるだろう。
「何の勝負?」
 悪友の提案を聞き取れなかったリックスは、早足で歩み寄った。興味を引かれて近づいた相手に、シュナイトはニヤリと笑う。
「にらめっこだ」
「……は?」
 リックスは目を見開き、己の耳を疑った。
 高い実力を備えているはずの悪魔が、子供の遊びで完敗するとは思わなかった。
「考えてもみろ。いっつもにこやかなコイツが、シルフィールさんに見つめられて、笑いかけずにいられるか?」
「……ないね。絶対に」
 試しに想像してみて、すぐに否定する。
「表情を作ることも、できなくはないだろうけど」
「己を偽り、心に背いて。虚しい勝利を掴んで。……それが一体、何になるのでしょう?」
 リックスの呟きに応じるように、カオスが言葉を発する。誰に向けたのかもわからぬ問いに、シュナイトは呆れている。
「カッコつけてっけど、つい笑っちまうってだけじゃねェか」
 信念に満ちた台詞に聞こえるが、にらめっこによる勝負を放棄しただけだ。よく考えなくとも、別に格好いい発言ではない。
 傍らの親友の様子を窺い、リックスは浮かんだ考えを胸にしまった。
 シルフィールに勝利させたことで得意になっているが、負けたカオスも勝者に見えるとは言えなかった。
「師匠ならありえないね」
「確かにな」
 レヴィエルとルナがにらめっこをすれば、笑うのは間違いなく後者だ。
 しみじみと呟いたリックスに、シュナイトも同意する。
 彼らはレヴィエルの穏やかな笑みは見たことが無い。二人が目にするのは、厳しい師としての顔ばかりだった。
 冷酷な心の持ち主でないことはよく知っている。いくら力があろうと、恐ろしいだけの相手を心から尊敬はしない。
 張りつめた空気をわずかに緩めた瞬間を確かに感じたことがある。逆に、叱られるような行動をした時、恐ろしい笑みを浮かべた姿も見た。
 決して、表情に乏しいわけでも、感情を表に出さないわけでもないと知っている。
 それでも、対等な相手や、心から認めた者に対して向けるような笑みは、まだ目にしていない。
 自分達に向けた時、きっと誇らしく感じるだろうと思っていた。
 二人にとって、師の温かな笑顔は遠く、想像は難しい。
「師匠の笑顔、ねぇ」
 試しに様々な笑顔を思い浮かべようとしたシュナイトは、眉間にしわを寄せて唸った。無謀だとわかっている領域まで踏み込んでしまったためだ。歯を輝かせて笑ったり、大笑いしたりする姿を考えようとして、挫折した。
「笑顔全開な師匠なんて、正直気味悪――」
「シュー、後ろ」
 警告は間に合わなかった。
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