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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

散りゆく花

ノクターンSS『散りゆく花』



 風が吹き、草花を揺らした。
 丘の頂に佇む青年の、黒髪も。
 彼が今立っている地には、青々とした木々が生え、丈が短い草も適度に茂っていた。見晴らしもよく、風を気持ちよく感じられる場所だろう。
 青年は、温かな日差しや柔らかな風を楽しんでいる風情ではない。
 彼の面持ちが爽快感からかけ離れているのは、目の前の十字架――墓標を見つめているためだろう。
 森全体の魔力が集う神佑地でもあるこの場は、人々から十字架の丘と呼ばれていた。村人が死を迎えた場合、ここに埋葬される。
 背後に気配を感じた青年が、紅い眼を細めた。
 振り返ると予想通りの人物がいた。
「……ルナ」
 彼が約三十年前、森で出会った少女。数千年生きて変わらなかった彼に、大きな変化をもたらした存在。
 彼女は、青年の見つめていたものに視線を向けた。
 彼の前にあるのは幾つもある墓の内の一つ。それには花が供えられていた。
「花を」
 ルナの声が揺れた。
 以前の彼からは、考えられない行動だったのだから。
 彼にとって墓とは、死体が埋められている場所にすぎなかった。
 埋葬するのは、面倒な事態にならないよう、「片づける」ため。それ以外意味は無いと思っていた。
 花など手向けたところで、蘇りはしない。語りかけたところで返事もない。
 何を祈ろうと、届くことはない。
 かつての彼ならば、そう切り捨て、一顧だにしないはずだ。
 死は覆せないと知りつつも、青年は死者の眠る地に足を運んだ。

 ここには、彼に命を奪われた者がいる。
 村の外れに住んでいた、身寄りのない人間。彼は、騒ぎにならぬよう関わりの薄い相手を狙い、手にかけた。
「レヴィエル……」
「私がこんなことをしようと、償いにはならない。いや……そもそも、償えるものではない」
 永い眠りに就く前も、大勢の人間を殺してきた。名前や場所どころか、何人殺したかも定かではない。
 目覚めたばかりの、近い時期に手にかけた相手だからこそ、覚えていたに過ぎない。
 ルナを迎えにこの森を訪れた時、丘にあるものを思えば自然と足が向いていた。
 自分が殺しておきながら、と憤る者もいるだろう。
 それでも、彼は冥福を祈る。
 犯した罪を見据え、剣を振るう理由を改めて己に問う。
 己の進むべき道を見つめ直し、歩み続けることを誓う。
 彼の背を見つめていたルナは、意を決して口を開いた。
「イディスさんから話を聞いた後。ずっと、考えていました」
 十字架の丘で村に来た理由――ヒトの血で渇きを癒すため――を聞いた時は、彼を排除すべきだとは思わなかった。
 自分が身を捧げようとした時も、彼の渇きを癒すことで頭がいっぱいだった。
 魔の者に血を吸われれば、人間は死ぬ。ただの骸となるか、忠実な僕である使徒と化すか、自我を持った吸血鬼となるか。それらの違いはあっても、死ぬ運命だけは変わらない。
 そう聞かされても、彼の友人から天敵だと言われても、拒むという考えは頭に浮かばなかった。
 助けようとする理由を訊かれ、彼を信じているからと自信を持って答えられた。
 あの頃は安心感があった。
 圧倒的な力を持っていても、冷酷な面を見せても、わかってくれると。

 イディスから話を聞いて、考えは揺らいだ。
 吸血鬼の脅威は、決して遠い話ではない。多くの人間が吸血鬼に苦しめられていることは、小さな村にいても伝わってくる。中級の吸血鬼に村が狙われたばかりなのだから、身にしみて感じられた。
 始祖吸血鬼について聞かされた彼女の中で、レヴィエル達がつながった。今も世界中の人間を苦しめる吸血鬼を生み出した元凶として。
 同時に、ある女性の顔が浮かび上がる。中級の吸血鬼による犠牲者とともに弔われた者。突然の死に不審な点はあれど、騒動の影に隠れ、村人から深く追究されなかった者。
 情報や根拠に欠けていても、悟ってしまった。
 彼が何をしたのか。
 悲しい目をしているのは、血なまぐさい戦いに疲れているからだと思いたかった。血塗られた日々は遠い過去のことだと思いたかった。イディスにとどめを刺そうとしたのも、あくまで殺意とともに刃を向けられたからだと。
 つい最近、身近なところで、何の害意も持たない相手を殺したとなれば、虚しい望みでしかなかった。
 彼は無関係だと確信していたならば、命を奪うことに厭いて遠ざかっているのだと断言できるならば、イディスの前から逃げ出すこともなかっただろう。

 翌日墓地で話した時、死した村人の顔がちらつきながらも、言い出せなかった。
 途中で会話を打ち切られずとも、きっと触れられなかっただろう。
 彼から村に来た理由を語られた時は踏み出すことができたのに、どうしてもできない。
 受け止めたはずの理由が、命を奪われた相手と結びつき、胸に重くのしかかる。
 自分一人が危険を承知で関わるのと、他人が殺されるのとでは、まるで違う。
 それでも、望みは捨てなかった。最初は狩るためでも、今は変化していると信じていた。
 野盗を容赦なく惨殺する姿を見て、希望は砕かれた。
 命を奪ったのは、村人への害を防ぐためや、加減しては自分が命を落としかねないからではない。そういった理由があれば、非難はできなかっただろう。
 彼は、違った。
 欲望のままに行動し危害を加える賊だろうと、大人しく暮らしていた村人だろうと、関係ない。
 等しく、命に価値が無いと告げていた。
 わかり合えない、変わることなどできはしないと突き付けられたかのようで、胸を引き裂く感情が噴き上がる。
 気づけば手が動き、彼の頬を打っていた。
 己の行動を思い返したルナは、詫びるように顔を伏せる。叩いた手が痛むかのように掌に触れながら。
 レヴィエルはルナと向き合い、顔を上げさせた。
「それでも、お前は受け入れた。この私を」
 彼の抱える悲しみを知りたい。ただそれだけの理由で。
 誰にも死んでほしくないと訴えていた少女は、冷酷な言葉で――時には力ずくで否定されながらも貫き通した。命を落とした後までも。
 彼女が身を挺して庇った時に、彼の中で何かが変わった。
 脆弱な肉体、儚い命しか持たぬと見下してきた存在に、その命をもって助けられた。
 彼女の命が消えそうになって、ようやく自分が踏みにじってきたものを見つめた。
(もう二度と、絶対に)
 風に吹かれ、花びらが舞った。
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