ノクターンSS『混沌の剣~Stormbringer~』
白銀の髪の娘が息を切らし、目の端に涙を浮かべていた。
短い丈の草の上に座り込み、琥珀色の瞳を曇らせ、地を見つめている。
繊細な指が胸元を掴み、絹のケープを握りしめた。緑の布地に皺が寄るが、それを気にする余裕も無く首を垂れた。青白くさえ見えるうなじに汗が流れ、空いた手が地を掻く。
荒い呼吸を繰り返す彼女の背に、そっと手が当てられた。そこから流れ込む温かな波に、引きつっていた面が緩む。わずかに血の気が戻り、小さく息を吐いたが、表情は晴れないままだ。
疲弊している彼女に力を与えているのは、金色の髪の青年だ。黒衣の上に緑のマントを羽織り、眼鏡をかけている。
衰弱した相手に向けるにはあまりに冷ややかな視線が彼女の面を射た。氷の矢で貫かれたように身を震わせる彼女に、淡々と事実が告げられる。
「貴方は戦闘用に創られてはいない。それを理解しているはずでしょう」
「カオス様(マスター)。申し、訳……」
謝罪は咳で遮られた。いまだに苦痛の色が抜けない顔を冷静に観察し、カオスはそっけなく呟く。
「先ほどの戦いは、私の意に反する行為だった」
「……はい」
「それもわからぬ貴方に、任せられることなどない。……貴方の力は必要ありません。シルフィール」
情の感じられない物言いは、彼という男を知らなければ酷薄としか映らないだろう。
シルフィールは唇をきゅっと結んだ。
主の真意がわからぬほど、絆が薄くはない。
役に立たない使い魔など不要と切り捨てる人物ならば、彼女と親しい相手――ルナが優しいと評することは無かった。
彼は、使い魔を遠ざけようとしている。
これからの戦いが熾烈なものになると予測し、巻き込むまいとはねのけている。
どれほど冷ややかに振る舞ったとしても、背に軽く触れている掌がそれを裏切っている。戦いに備えねばならない状況で、使い魔に力を分け与えているのだから。
シルフィールの視線が地に置かれた禍々しい大剣に落ちる。
カオスが悪魔殺しの魔剣を所持していたのは、いざという時に、自身を殺すためだろう。
その危険な力を彼女に持たせたのは、振るう局面を考えさせるためかもしれない。
重すぎる力を使ってでも守りたいほど、大切なものを見出すことを――新たな道を進むことを、望んでいるのかもしれない。
(でも……)
彼女にそれができないことも、彼は薄々わかっているだろう。
彼女にとって守りたい相手はただ一人。
主こそが、失いたくない世界そのものなのだから。
この剣を振るう理由は一つだけ。
背中から、衣服越しに感じる熱が精神を高揚させる。冷酷な仮面を被り偽ろうとしても、彼の心が伝わってくる。
主が世界を滅ぼすならば、その瞬間まで共にいるつもりだった。
(貴方にお仕えすることこそが……全てなのですから)
金色の瞳を煌めかせた彼女は知らなかった。
彼女の決意は、他ならぬ主に裏切られることを。