忍者ブログ

ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

美しきスクウェア

ノクターンSS『美しきスクウェア』



 リックスとシュナイトは広い部屋を見回し、荷物を下ろした。
 冒険者として活動して数年。まだ学ぶべきことは多いとはいえ、いっぱしの冒険者を名乗れるだけの風格は備わっている。人間離れした派手な武勲は無いが、着実に成果を上げ、徐々に信頼を築いていた。
 今回は大きな依頼をこなした直後で、羽振りが良くなっている。野宿よりはマシという宿ではなく、設備の整った施設に泊まる気にもなろうものだ。今回の宿泊先は、寝床を確保するためだけの場所ではなく、食堂や浴場の質が評価されていた。
「露天風呂もあるんだって」
「えー……」
 寒さに弱いシュナイトは、湯につかるまでの工程を想像し、顔をしかめる。寒さが身にしみる時期だ。
 ダンジョンに入るわけでもないので、リックスは渋るシュナイトを無理に連れて行こうとはしなかった。
 彼が戻ってきたのは、シュナイトの予想よりも遅い時間だった。
 上機嫌な仲間に訝しげな視線を向けると、リックスは笑みを湛えたまま答える。
「美しい人達に会ってさ。スタイル抜群の」
「美人だと?」
 真面目な彼がそう言うからには、よほど素晴らしいルックスなのだろう。俄然興味が湧いたシュナイトを、リックスは後押しする。
「それで、その二人と話が弾んじゃって」
(おまけに話しやすい、と)
「まだ部屋に戻ってないんじゃないかな。行ってみたら?」
「……そうすっか」
 寒さへの嫌悪を興味が上回り、シュナイトは行ってみることにした。

 リックスの言葉は間違っていなかった。
 多くの人間が、その体を目にすれば美しいと感じ、賞賛することだろう。
 研ぎ澄まされた刃を目にするだけで心が震えるのと同じように、戦闘工芸として作られ、数千年をかけて磨かれた存在は、ただそこに在るだけで美しい。
 最上位の闇の眷属二名が、入り口からちょうど出てきたところだった。
(師匠に、カオス……!)
 美しいという表現は、正しいはずだ。服の上からでも鍛え抜かれ、一切贅肉の無い体だと見て取れる。
 しかし、求めていたものとはかけ離れていた。
 予想と違いすぎる展開に脳が固まり、上手く動かない。
 呻き声を噛み殺し、ぎこちなく挨拶する。
「リックス君は、貴方が入りたがらないと言っていましたが……」
 ふとカオスは声を潜め、苦笑とともに囁いた。
「まぁ、程々に」
「な、何の話だ」
 空とぼけようとしたシュナイトだったが、無駄だった。
「言っていいんですか?」
「ぐ……やめろッ!」
 すぐ近くにレヴィエルがいる。ばらされるわけにはいかない。
「くそっ」
「ああ、リックス君に文句を言っても『勝手に勘違いしたのはそっちじゃないか』と言われるのでは」
「心読んでんのか!?」
「しませんよ、そんなこと」
 シュナイトは戦慄した。半ば冗談だったのに、「できない」ではなく、「しない」と返された。実行しないだけで、その気になれば可能だと告げているも同然だ。
 慌てる若者の顔を、カオスは温かな笑顔で見守っている。リックスからシュナイトについて聞かされたため、とりそうな行動をある程度予測できたのだ。
 一人騒がしいシュナイトにレヴィエルは不思議そうな視線を向ける。
「入らないのか?」
「は、入ります!」
 まずい事態になる前に、シュナイトは逃走した。

 翌日二人は、食堂にてレヴィエル達が会話しているところに遭遇した。
 レヴィエルとシルフィール、カオスとルナが話しており、珍しい組み合わせと言えた。
 旅をしているのはレヴィエルとルナ、カオスとシルフィールだ。最も話が弾むのは、ルナとシルフィールの組み合わせだろう。
「……なぁ」
「うん」
「自然に」
「語ってるね」
 ルナはレヴィエルについてカオスに、シルフィールはカオスについてレヴィエルに語っている。同じことはレヴィエルとカオスにも言えた。
 浮いた話ではない。語り方も特別な感情をにじませてはいない、自然なものだが、二人はそっと顔を見合わせる。
 やがて喋るのはいつもの組み合わせになり、笑みを浮かべかけたリックス達の表情が引き締められた。
 レヴィエルの放つ空気がわずかに変わったためだ。
 自然、距離を詰めた若者達の耳に入ったのは、強力な魔獣達に動きがあったという、師の言葉だった。
 まだ離れているため騒ぎにはなっていない。レヴィエル達が気づいたのも、冒険者から情報を得たためだ。通りすがりに一部を見かけただけの冒険者は少し変わった動きとしか思わなかったが、話からきなくさいものを感じたレヴィエルは、周辺に使い魔を放っていた。監視に特化したタイプではないため詳しい情報までは伝わらないが、このままでは街を襲う可能性が高い。
 早速レヴィエルとカオスが動こうとする。ルナは治療に向かわねばならず、シルフィールは経験や状況を考慮し、残ることを選んだ。
 手強い魔獣の群れが街に入り込めば、住人は混乱に陥るだろう。離れている間に片づけねばならない。
 早速魔獣達の傍に転移しようとする二人に、リックス達も加わろうとした。
 レヴィエルは言葉少なく、カオスは心強いと言いたげに受け入れた。

 魔術で転移した先は、木々が茂り、見通しの良くない森の中だった。平原などを進んでくれば他の人間も注目しただろうが、瘴気が漂う陰鬱な場所だ。人気が無く、他の人間を守ることを考えずに戦える。近くに開けた空間もあり、木々の間を縫って攻撃するよりは、そこで一気に叩いた方が良さそうだった。
 集団に攻撃を仕掛けるタイミングを計る間、二人はカオスに視線を向けた。
 彼の正確な強さを掴み切れていないためだ。
 三日月湖の遺跡や棄てられた塔の前で力を披露したが、じっくりと見たわけではない。
 レヴィエルが認めている様子からして相当の実力があるのだろうが、骨の髄まで強さと恐ろしさを思い知らされた、鬼神のような師と並んで戦う姿を想像するのは難しい。
 戦闘が始まり、二人はすぐに認識を改めることとなった。
「何だアレ」
「僕も訊きたいよ」
 この場にいるのは、悪魔と、過去を明かした相手だけだ。周辺への警戒も怠らず、接近する人間はいないことを確認している。
 正体を知られる恐れのない状況で、混沌の名を持つ魔導師が、力を振るった。
 開けた場所に誘導し、まとめて薙ぎ払う。ただそれだけの単純な戦法だが、効果は大きい。
 態勢が崩れた隙を逃さず、追撃を見舞う。
「頭おかしいんじゃないか?」
「気持ちは、わかるけど」
 師の魔術を目にして、一流のさらに上の領域を知った。
 カオスの腕ならばそこにいるだろうと思っていたが、正面から魔術で圧倒する様は、予想を超えていた。
 複数の属性を操り、効率よく敵を減らしていく姿を見、ある疑問が浮上する。
 通常、操れる属性の数は一つだ。優秀な人間で二つ、天才でも三つ。四つも使えれば伝説となる。悪魔ゆえに基準が違うとしても、複数の属性を使いこなせる者は少ない。
 目の前の魔導師は、全ての属性を操っているように見える。
 呆けかけたリックス達を、カオスが穏やかに促した。
「二人とも、どうしました?」
 日常茶飯事と言いたげな口ぶりに、二人の顔が引きつった。固まりかけた思考を振り払うように、敵を見据える。
 彼らが切り込む傍ら、カオスは魔術で援護する。
 詠唱の速さや属性の豊富さもさることながら、この場にいる者達がどう動くかを見透かしたかのように攻撃する。
 桁外れの力にも全く動じず、黙々と剣を振るうレヴィエルもまた規格外の存在だった。
 カオスが崩した箇所にレヴィエルが切り込み、レヴィエルが離脱したところにカオスが魔術を撃ちこむ。
 戦力を単純に足したのではなく、掛け合わせたような戦いぶりに、リックス達は驚嘆を禁じ得ない。
 ルナ達が加わればさらに力が跳ね上がることを、彼らは知らなかった。
PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

最新記事

(04/28)
(04/21)
(04/14)
(04/07)
(03/31)
(03/24)
(03/17)
(03/10)
(03/03)
(02/25)