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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

詰み

ノクターンSS『詰み』



 そこはおかしな場所だった。
 闇の海に無数の煌めきが浮かび、灰色の足場に水晶のように透けている橋が架かっている。
 一見異常のない通路も、よく観察すれば、不自然な形で繋がっている。
 空間が操作されている領域で、この世界の主が、侵入者を排除しようとしていた。
 侵入者の名は、リスティル・エヴァ・ミザンツ。
 世界を滅ぼすという野望を止めようとして訪れたが、幾重にも張られた罠の前に倒れようとしていた。
 膝をつき、苦しげに顔をゆがめる彼女に、無情な宣告が下される。
「チェックメイトだ」
 金髪の青年が掌を向ける。風とともに緑色の波動が纏わりつき、剣の形を成す。
 それを放とうとした刹那、彼は後方へ跳んだ。
 一瞬前まで彼が立っていた場所に、刃が突き刺さった。
 刀を振り下ろしたのは、色素の薄い髪と、その対極の瞳の持ち主。茶色い革の鎧がしなやかな肢体を包んでいる。すぐに武器を構え直す動作に隙は無い。
 この世界の主は、意外そうに呟いた。
「貴方は――」
 イディス・ミドウィーン。
 狩人の中でも、七つ剣の一角を担う剣士。
 多くの人間が耐えられないはずの衝動を抑え、吸血鬼の力を使いこなしている戦士。
 同族である吸血鬼を憎み、元凶たる始祖を殺すと決意している少女。
「貴様が、三人目の……!」
 イディスの両目は眼前の青年を射殺せるほどに鋭い。仇の一人を前にして、紅い眼には殺気が充満していた。
「戦いますか? ここで」
 対する青年は、倒すべき相手が増えても笑っている。
 この世界に入り込める者がいることも、妨害したのも予想外だが、狼狽える様は全く見せなかった。
 今度は蒼く凍える光を身体から立ち上らせながら、彼は静かに問うた。
「殺せますか? 私を」
 イディスは挑発に応じ、雷を刃に纏わせる。
 魔術剣。剣技と魔術を組み合わせた攻撃をくらえば、大抵の魔獣や悪魔は一撃で葬られるだろう。
 そのまま彼女は剣を振りかぶり――閃光を爆ぜさせた。

 光が収まると、二人の姿は消えていた。
 一人残された形になった青年は、手を上げかけたが、何もせずに下ろす。
 彼はその場に立ったまま、感情は覗かせずに呟いた。
「逃げられてしまいましたか」
 声に悔しげな響きはこもっていない。
 本気で仕留めようとすれば、不可能ではない。
 ここは彼の世界。力を何倍にも高め、罠を張ることも思いのままだ。
 彼は、追わなかった。
 深手を負わせたのだから、しばらく戦えないだろう。弾き出された常識的な考えを、即座に彼は打ち消した。
 リスティルがこのまま大人しくしているとは、到底思えない。
 何千年もの間、己より遥かに強い相手に挑み続けた彼女が、この程度で諦めるはずがない。
「挑んでくるならば。まとめて叩き潰すだけのこと」
 それが容易くできる相手ではないと、他ならぬ自分が知っている。
 二対一では敵わないと使い魔も漏らしていた。一人が他の二人を敵に回す形になれば、行きつく先は存在の消滅以外ありえないと。
 結論に辿りつきながらも、彼は動かない。
 計算に集中するかのように目を閉じる。
『あなたは必ず後悔する。彼を、侮ったことを……』
「侮る? ……まさか」
 先ほど浴びせられた言葉を反芻し、軽く笑う。
 レヴィエルは、自分より弱い相手にしか勝つことができない。その言葉を訂正するつもりはなかった。
 何故ならば、彼より強い相手などいなかったのだから。
 いもしない相手に勝利することなど、できはしない。
 新たな力を手に入れた自分が、領域で強化して、ようやく上回るといったところだろう。
 大した力を持たないならば、わざわざ彼らに知らせはしない。
 少し力があるだけ、脅威にはならないとリスティルに断言した理由は――。

 勝利を確実なものにしたければ、リスティルにしたようにすればいい。
 幾重にも罠を張り巡らせ、反撃もさせずに倒す。
 リスティルに実行した以上、それを躊躇う理由は無い。謗られるのを厭うならば、最初からこんな行動はとらない。
 一方的な展開は興が冷めると言うならば、せめて消耗を強いる程度はしておくべきだろう。大人しく負ける意思は無いのだから。
 シルフィールを「使う」のも有効だ。ひとまず回復した彼女を対峙する直前に投入し、再び戦わせれば、彼らの疲弊は深刻なものになるだろう。尖兵にせず、ともに戦う選択肢もある。
 彼女は、作り直された世界では存在できない。アルハザードに喰われるにせよ、滅びの時を待つにせよ、いなくなる結末は変わらない。
 彼の夢を叶えれば存在は許されないと承知の上で、彼女はつき従っている。独断でアルハザードと契約し、始祖達と戦いまでしたのだ。
 彼の命令で果てることも、彼女は受け入れると確信している。役に立てたことを喜びながら、消えてゆくだろう。
 カオスは、小さく首を横に振った。
 シルフィールを戦わせる気にはならなかった。
 レヴィエル達が己のもとまで来るのを、ただ待つつもりだった。
(戦ってみたかった。ずっと……ずっと、長い間)
 旧友、レヴィエル・ヴォン・ド・ラサート。
 彼を形容する言葉は幾つもある。
 人間からは魔王と恐れられた。リスティルからは悪夢、修羅の化身と呼ばれた。
 魔王を凌駕する悪魔。
 それがレヴィエルという存在だった。
(貴方と。死力を、尽くして)
 仲間と傷つけ合いたくないと思いながら、もう一人の自分は力をぶつけろと囁き続けてきた。
 最強の悪魔と激突し、命を削り合う。
 身を熱く燃え立たせる闘争の中で、死を近く感じながら力を振り絞り、生を噛みしめる。それを望んでいたのも、間違いなく彼自身だ。
「……これで、最後」
 世界が消えるか、己が消えるか。
 それを決定づけるのは己と、長年の仲間。
 冷酷な魔神ではなく、友として止めようとしている相手だ。
(貴方は……変わった)
 以前のレヴィエルは、強大な力があった。
 圧倒的に強かった。
 だが、それだけだ。
 絶対に叶えたい目的のために得た力と、築き上げたこの領域を合わせれば、勝てない相手ではなかっただろう。
 今のレヴィエルは違う。
 刃を振るう理由を見出した。
 他者の強さを認められるようになった。
 奪い壊し続けてきた男が、護るために戦おうとしている。
 その姿が、リスティルにまで影響を与えている。以前の彼女ならば、時間と労力ががかかる大がかりな神術を行使してまで、村を救うなど考えられなかった。
(終局が近い)
 描かれた光景を――導き出された答えを悟らせぬ面持ちで、ゆっくりと瞼を開く。
「見せてもらいましょう」
 ここで勝負を降りるつもりは無い。
 虚ろな世界を終わらせるため、次元の狭間から彼は去った。
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