柔道部物語 9巻
・武道館開幕
始まる前に史村が頼みごとをする。
「ぜったいに……優勝してくれ!」
今更言われるまでもない。
元々優勝を目指している三五達にそう告げた理由は、西野ですね。
この時、鈴木先生と同じように思っていたんだろうな。
西野のためにも止められた方がいいと。
西野は国際親善試合で世界選手権2位の相手に勝ってしまった。
まさに敵なし。
武道館は抜き試合。
西野無双が始まる。
記者達に囲まれ質問責めされる西野の返答が……。
「一生懸命がんばります。ここまでこれたのも皆様のおかげです」
うわー、嘘くさい。
絶対棒読みで言ってる。
裏で大笑いする西野がひっでえ悪人面。
柔道を始めたきっかけなんて喋り飽きてる、いい子のフリしてるのも疲れる……じゃあ優等生な答えも返さずにスルーすればいいんじゃ? 無視したら付きまとわれるか。
「俺が強くなったのは誰のおかげでもねえ、俺に素質があったんだ!」
素質があったのは事実。何よりも努力が凄まじかったからこそ、素質を存分に発揮できたと言えるかもしれない。
でも周囲を軽んじすぎじゃないか?
強くなったのは自分の素質発言からの「なあ! 先生よ」。馬鹿にしてるなー。
鈴木先生もそこで黙ってしまうから……注意してくださいよ。
今の西野に言っても無駄な気がするけど、せめて抵抗を。
・暴力事件
見かねた千代崎が窘める。
ここで西野を止めに入るなんて度胸あるな。
イケメンだ。
実力者で真面目な努力家。爽やかな好青年。中身も外側もハンサム。
パーフェクト人間。
西野は去年のインターハイの後、喧嘩で他校の生徒9人を半殺しにして病院送りに。
本来なら退学になっているところを鈴木先生に救ってもらった。
いくら感謝してもしたりないはず。
千代崎の言葉に対して西野は――
「ギャハハハハハハハッ」
フレイザードみたいな笑い方やめろ。
退学になってもよかった……柔道部や選手としての未来はどうでもいいのか。
じゃあインターハイで優勝するまで大人しくしていたのは何故。
日本一になったところを母親に見せるまではと我慢していたのかな。満足して、心置きなく報復しにいったんでしょうか。
「俺がいねえと団体戦で勝てねえっていうから、いてやってんじゃねえか。感謝してほしいのはこっちだぜ」
あれ?
退学から救った理由について、鈴木の語る内容とズレがあります。
鈴木が警察沙汰にしなかったのは、喧嘩の相手が昔西野をいじめた連中だったから。
大会に西野の力が必要なのも事実ですが、一番の理由はこちらでしょう。
それを西野は、勝つために自分の力が必要とされているからだと解釈してしまった。
この認識のズレが悲劇を生みまくる。
インターハイ優勝までは一応周囲に合わせていたのに、ここまで傍若無人になったのは、処分されなかったことがきっかけだろうな。
強ければ何してもいい、力があれば許されると思い込んで。
西野のせいで部員が半分に減り、他の教師から非難され、ストレスで胃を壊す。見事に恩を仇で返された形になるな、先生。
「どこかにあいつをブン投げてくれる奴いねえかな、ちくしょう」
自分の生徒に対してここまで言うか。
言葉の内容には頷けます。史村も同感でしょうね。
・準決勝まで
田丸は肉屋、星は花屋になる予定。
なれたのかな。
色んな所からスカウトされそうです。
岬商は昨年インターハイ優勝チームの天利と二回戦で対決。
86キロの秋山が140キロの相手に勝つってとんでもないな。
ただでかいだけじゃなく、優勝候補校の選手で、スピードや技も優れているはずなのに。
三五に隠れて目立ちにくいですが、高校から柔道初めてこの戦績。恐ろしい速度です。
秋山自身も感激で泣き崩れる。よくプレッシャーに負けなかったな。
一方西野は軽く5人抜きしていた。
相手は全国優勝を何度もしている強豪。
それも、時間の合計が2分弱。一人20秒そこそこ。
抜き試合だと西野劇場になりますね。
・準決勝
長谷川は格下とされる岬商を侮ってはいない。
「みんなあの人のことを練習嫌いで、わがままで、いいかげんで、欲がないっていいますが」
「たしかにそうなんですが……」
否定しないのか。
そこは否定しましょうと言いたいけど、事実だからなぁ。
「私も、世界王者になった史村も、みんなあの五十嵐を目標に、五十嵐をマネすることで強くなったんですよ」
「どんなコーチにアドバイスを受けるよりも、五十嵐先輩に一発投げられた方が勉強になった」
「その五十嵐先輩の率いる岬商業。強敵です」
寡黙な男が賞賛すると重みがありますね。
秋山が試合前にゆりと甘酸っぱい会話を繰り広げるが、その後西野達に絡まれる。
人前で見せつけたわけじゃないんだからほっといてやれよ。
口が悪いし態度も悪い。ついでに人相も悪い。
「ケガしてつかいものにならねえ樋口に勝ったとかいう~」のくだりでムカッときた。
こ、この野郎……!
練習試合とはいえ自分に勝った男に敬意の欠片もないのか?
今の段階で尊敬されても困るけど!
樋口に勝った三五を先鋒で出すよう秋山に告げる。
ここで三五を指定したということは、怪我していたとはいえあの樋口に勝った男に勝ちたかったのか?
その樋口はテレビで試合を観戦。
本来なら樋口もあの場に……全国と言う大舞台に立つ実力があったのにな。
悪い時期に生まれたと兄に言われた飛崎弟は、来年は三五が卒業していなくなるから大丈夫と答える。
対決する機会が失われて悔しがるくらいの気概を見せてほしい。
耕談館の生徒達を叱咤する長谷川の言葉は的確。
僅差の判定で勝とうなどという甘い考えは通じない。
慢心せず主人公達を叩き伏せようとする姿勢に魅力を感じる。
秋山が技有り取られると西野が大笑い。
本ッ当に態度悪いなコイツ。
ピンチになった秋山ですが、固められた肘が痛い振りをして不意をついて勝利。
これが西野の気に障ったのか?
他のメンバーは引き分け、副将の内田が千代崎と対決。
千代崎には遠く及ばないと分かっていても、内田は諦めない。後に控える三五のために。
「てめえが強いのはわかったわい! しかしてこずらせてやる! あとはたのんだぞ、三五!」
内田は劇的な逆転勝利等の華々しさには欠けるかもしれません。
しかし、なくてはならない存在です。
強敵を引き分けに持ち込んでくいとめたり、負けてしまっても相手の消耗を誘ったり。
安定感があり、確実に後へとつなぐことのできる人員は貴重です。平尾のポジションに近い。
内田は体力を消耗する寝技に誘う。
苦しそうな顔が真に迫っている……演技力あります。
長谷川は狙いに気づいたのに、千代崎は何故気づかなかったんだ。
一本勝ちを目前にして冷静さを失ったか?
自分の手で西野を止めるという決意や正義感によるものかもしれない。
「ここはぜったいに決めろ! 勝って次の段階にいくんだ、三五!」
樋口の言う次の段階とは、西野の領域か。
樋口自身はそこに到達していたのでしょうか。
三五は最後に綺麗な背負い投げで一本。
飛崎兄が舌出して愉快な表情してる。
樋口は息を吐き出し安堵の表情。
内田に粘られた、スタミナ切れとコメントする長谷川に、きっぱりと関係ないと言い切った千代崎が男前です。
三五の強さを素直に認めた。
西野は……「あんな奴高校生の大会に出すな~!」と叫ばれていた。
確かに。
三五が千代崎に決めたのと同じ、片手の背負いで勝利。
露骨な挑発をかましやがって。
・決勝
西野は先鋒。
抜けるだけ抜いて逃げ切る作戦……ではなく、一人で全員倒す気です。なめくさってる。
「お前ら寝てていいぞ」
西野がそう言うと、残りの四人は床に寝転がる。
西野以外の連中も酷いんですよね。
注意してくださいよ、鈴木先生。
こうやってどんどん調子に乗る。
観客が岬商を応援するのも当然です。「西野をつぶせ」という声まで出てくる始末。
先鋒の秋山に西野が技をかけると、秋山は呻いてうずくまる。
西野は秋山の腕をねじって、脇固めで折った。
『あんの野郎……やりやがった……』という史村の呟きに完全にシンクロした。
反則スレスレの動きだそうです。
えげつねえ……。
実力が半端な奴が、まともにやっても勝てない相手にするなら、肯定はできなくても理解はできるんですよ。
西野の場合そんなことする必要はない。
普通に倒せるのに、わざわざ痛めつけるような真似しやがって。
観戦する樋口は自分が怪我した時のことを思い出したかもしれない。
「俺は命がけで柔道をやってんだ! てめえらみてえにさわやかな顔してやってる奴らを見ると、ヘドが出るぜ!」
それを樋口に対しても言えるのか?
再起不能になった樋口は最後の試合に文字通り全てを懸けていたぞ。
背骨を怪我して二度と柔道をしてはいけないと診断された体で無茶したらどんな事態になるか分からないのに、大会に出て試合したんですから。
あの時の彼の覚悟や執念は誰にも劣らないと思います。
樋口の話はさておき、柔道に真剣であることは否定しようのない事実ですが、恐ろしいやり方で周囲にぶつけないでくださいよ。
いじめた連中への仕返しを責める気にはならない。病弱で気弱な少年を大人数でいじめるような奴らにかける慈悲はない。
樋口の怪我については、詳しい状況が分からない以上何とも言えない。わざとではなさそうですし、それなら非難するわけにもいかない。
でも秋山の腕折る必要はないだろ!
秋山が何したっていうんだよ。
真面目に考えるなら、肘が痛いふりして隙を作ったやり方が小賢しいと思ったんでしょうけど、彼女とイチャついたのがムカついたのではと言いたくなる。
絶対にありえない組み合わせだと分かっていますが、気になってしまう。
舐めた真似した相手には地獄を見せる西野が、練習では手を抜きまくり試合では自分から負けにいく名古屋と対決したらどう行動するか。
名古屋がわざと負けるより早く接近して掴んで持ち上げて叩きつけそうだ。
次に出る田丸は震えている。
目の前で先輩が腕やられて運ばれていって、次は自分がその相手と戦うとなったら恐怖するに決まってる。
逃げないだけでも立派だよ……。
次々に岬商のメンバーを倒していく西野を天才と評するアナウンサー。
それに対する史村の台詞がとても好きです。
天才には違いないが、と前置きしたうえで語る。
「もともと体力に恵まれたわけでもなく、実績ある指導者に恵まれたわけでもなく、明けても暮れても相手を投げることだけを考え、柔道の試合のビデオは100本をこえ、全部自分で創意工夫し、血のにじむようなトレーニングをつんできた結果なんです」
「彼はほんとに、努力型の……りっぱな柔道選手なんですよ」
この時の史村の表情が……。
批判される態度と、尊敬すべき努力。双方を備えている相手への複雑な感情が透けています。
柔道に携わるからこそ、柔道に打ち込む姿に触れずにはいられないのでしょう。
鈴木先生も同じようなことを語る。
「あいつは涙ぐましいほど柔道にうちこんだ……」
「他の部員にも西野を見習えと、西野を誉めまくった」
「あんなバカヤロウと知らなかったから……」
バカヤロウか……。
大事な言葉です。
あっさり四人抜かれ、とうとう三五が引きずり出される。
絶好の組み手になり、いけると確信してからの背負いは……綺麗に、返された。
0.1秒でも返しが遅れていれば背負いの餌食になっていただろうが、完璧にはね返した。
西野が凄まじいのはパワーだけではない。
三五の背負いを捌くスピードもです。
そして、両方を活かしきるテクニック。
敗れた直後の三五の台詞が心に残る。
「そ……尊敬するぜ……」
人格最悪。親友の腕を折り、己を完膚なきまでに叩きのめした男。
それでも、努力と実力は敬意を払わずにはいられない。