ガッシュSS『飛翔』
屋根の一部が剥がれた廃工場の片隅で、二つの声が響いた。
戦闘後、バリーは自分の術についてグスタフと話し合っていた。
終わったばかりの戦いを振り返って、今後に活かそうとしている。
チンピラと評される荒々しい言動から力任せの戦い方を予想する者も多いが、闇雲に攻撃するわけではない。
基本の術と強い術を織り交ぜるなどして、効果的なタイミングで叩きこむのが彼の戦法だ。
そのためにも術の性質を把握し、共有しなくてはならない。
今回話題に上ったのはガルゾニス。
高速で回転し、突進する術だ。
敵に体当たりするだけでなく、飛行もできる。一気に敵との距離を詰めたい時には便利だ。
「あんたとの距離が開くから、使う状況を考えねえとな」
パートナーが魔物と離れていると、呪文を唱えるタイミングが掴みづらくなる。
ガルゾニスで移動した場所と高低差があると、パートナーはそう簡単に近づくことができない。
パートナーが距離を縮めるまでどう行動するか考えかけたバリーの耳に、グスタフの呟きが入ってきた。
「……試してみるか」
グスタフは廃工場の奥――二階を指差した。
「あそこへ飛べ」
「おう」
グスタフは何かを試そうとしている。
魔物のもとに駆け付けるまでの時間でも測るのか。
気楽に考えつつ、バリーは視線を上げる。
地を蹴る体勢を取ったバリーの足首に、固い感触がした。
身をかがめたグスタフが片手で掴んでいる。
「おい!?」
バリーは目を丸くして、狼狽した声を上げた。
グスタフが何をしたいのか理解できなかったのだ。
掴まって一緒に移動するつもりだと思い至っても、実行できない。
彼の知る人間は、脆弱な存在だ。
魔物にとっては軽い傷でも、人間が負えば動けなくなる。傷の癒える速度も遅い。取り返しがつかない事態に発展するかもしれない。
「唱えるぞ。前を向け」
バリーは反論しようとして、言葉を呑み込んだ。グスタフの眼光には、迷いは一切ない。止めようとするバリーを黙らせるだけの迫力が込められていた。
「怪我しても知らねーぞ……?」
小声で呟き、再度構えを取る。
「ガルゾニス!」
グスタフの力強い叫びとともに、景色が流れた。
「……おい……」
ちらりと下に視線を向けたバリーは、引きつった笑みを漏らした。
高速で回転するバリーの体。片手で掴まっているグスタフも、ぐるぐる回っている。
その状態で平然としている。周囲を観察する余裕さえあるようだ。
振り落とされないよう必死に耐えている表情ではない。
目的の場所に到達し、回転をやめる。
バリーと同じく、グスタフも速やかに立ち上がった。表情は普段と変わらず、動作にも澱みが無い。
「ともに移動する時はこれでいいな」
煙草に火をつけて淡々と呟くグスタフに、バリーは感情の渦巻く目を向けた。
言いたいことはあるが、言葉にできない。
今まで、「人間の中ではマシかもしれない」と思っていた。
(人間にとって簡単なのか? ……違うよな?)
パートナーに対する評価を改めたバリーだった。