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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

レールの上で

B.B.ライダーSS『レールの上で』
※シルバが男の処刑前日に時間移動したら。


 スーツを着た銀髪の男が鋏を手に立っている。
 黒い十字架型のペンダントを身に着けている彼は、鏡も見ずに鋏を動かし、不揃いな髪を整えていく。
 彼がいるのは十字八剣という組織の本部だ。力による支配を掲げ、人々から恐れられる集団の拠点にいる理由は、組織の長であるからに他ならない。
 十字八剣のリーダー、シルバは今後の自分の動きを確認する。
 彼の関心の対象は、遥か昔から現代へと召喚された英雄――ニトス・ジークフリードだ。
 シルバの髪を切り裂いたのもニトスだった。
 最強の英雄とされる青年と戦い、勝利する。
 それがシルバの目標だった。
 腕を下ろし、シルバが歩き出そうとした瞬間、体が浮遊感に包まれた。
 踏みしめている床の感覚が消え、手から鋏が滑り落ちる。
 全身が脱力感に襲われ、胸が強く押さえつけられたかのように苦しくなった。視界が白く染まり、気持ち悪さがこみ上げる。
「ぐっ……!」
 表情にこそ出さないものの、シルバの精神に焦りが湧き上がる。
 彼は人間でありながら二百年以上生きている。
 魔力を取り込み寿命を延ばしたのだが、残された時間は少ない。
 唐突に終わりが訪れても不思議ではないのだ。
 シルバは胸を手で押さえて呼吸を繰り返すが、息苦しさは増していく。
「まだ、だ。まだ――」
 死ぬわけにはいかない。
 英雄との戦いが待っている。
 彼が強く念じた瞬間、光が弾けた。


 シルバが目を開くと、草むらを踏みしめていた。頬に柔らかな風が当たる。
 体を確認するが、異変はない。血や吐瀉物も見当たらず、直前の苦しさは嘘のように消えている。
 突然屋外に佇んでいる異常事態にも動じず、彼は周囲を観察する。小さな村の入り口に立っているようだ。
 シルバの金色の瞳がわずかに細められた。
 広がる景色には見覚えがある。
 彼が子供の頃住んでいた村だ。
 場所を移動させられたにしては妙だ。
 現在、彼の故郷は存在しない。滅ぼしたのはシルバ自身だ。
 住む者がいなくなり、荒れ果てたはずの場所に寂れた様子はない。
 まるで遠い記憶の中からそのまま出てきたようだ。
 住人の姿も見える。表情がやや暗い者、慌ただしい動きを見せる者もいるが、異変らしい異変と言えばその程度だ。
「……なるほどな」
 シルバはすぐに事態を理解し、受け入れた。
 彼は過去に来ている。
 己が滅ぼした故郷に立っている。
 過去から現代に召喚された英雄がいるならば、現代から過去へと招かれる人間がいてもおかしくない。
 現代において短期間で複数の召喚が行われ、時空のゆがみが生じて今回の事態につながったのだろう。
 正式な時間移動と違い、ほんのひと時の夢に近い現象だ。数日も経たぬうちに元の時代に戻ると、シルバの身を包む感覚が告げている。
 自分が殺めた村人達が生きている事実に思うところもなく、シルバは情報を得ることにした。 
 適当に身分を偽り、話を合わせてこの時代がいつ頃かを聞き出す。その気になれば力尽くで情報を引き出せるが、まだ早い。
 村人の答えを聞いたシルバの目が軽く見開かれた。
 現在の日時は、かつて師事した男が処刑される前日だった。


 シルバは細い道を踏みしめて村はずれへと歩いていく。夕日が草むらを赤く染めている。
 彼が目指す先は教会だ。
 通っていたのは二百年前だが、足は迷いなく動いた。
 一切の躊躇なく扉を開ける。
 そこには何度も目にした光景が広がっていた。
 男が左奥の女神像にもたれかかって座っている。
 両目に走る傷跡。薄汚れた印象を与える髪や髭。くたびれた衣服。全てが記憶の通りだ。
 光を奪われた眼が来訪者へ向けられる。
 わずかな沈黙の後、男は首をかしげた。
「マルコ……じゃないな」
 頻繁にこの教会を訪れるのは少年くらいだ。
 他の村人が祈りに来ることもあるが、男への警戒心が足音に表れる。
 話しかけてくる少年でも、近づきたがらない村人でもない、第三者の存在が不可解だ。
 男が何者か問うように視線を向けるが、シルバは答えようとしない。相手の疑問を解消するつもりなどなかった。
 彼は鋭く切り込んだ。
「あんたは明日処刑される。切り裂き魔として」
 突然の宣告に男はぽかんと口を開けたが、すぐに表情を改めた。
 村人達が自分を疎ましがっているのは知っている。きっかけがあれば排除に動くことも。
「……そうか」
 男の返答はそれだけだった。
 シルバの話が嘘でないことを悟りながらも男は動かない。

 困ったような笑みを浮かべる男を見て、シルバは淡々と呟いた。
「やっぱりあんたは逃げないんだな」
 声に動揺は無い。どこかでこうなることを予想していた。
「おかしいと思ってたんだ。戦い続けてきたという話が本当なら、ろくな武器も戦闘経験もない村人くらい蹴散らして逃げ出せるんじゃないかって」
「買いかぶりだ。俺はただのくたびれたおっさんだぞ」
 男は即座に否定した。首を横に振る動作に合わせて色の薄い長髪が揺れる。
 見えない目でシルバを眺め回す男の声に訝しがる響きが混ざる。
「大体、俺の事情をどうして知ってるんだ。初めて会った気がしないし、ひょっとして――」
「満足か?」
 男の台詞を遮り、シルバは静かに問いを投げかける。
「他人のために戦った挙句殺される。そんな最期で悔いなく死ねるのか」
「そんなわけ、ないだろう」
 再度、速やかに答えが返された。
 男の顔が歪み、飄々とした笑みが破れた。マルコには見せたことのない表情だ。
「正直、『何で俺がこんな目に』とか『どうしてこの道を選んじまったんだ』とか、思わないと言ったら嘘になる」
 震える声が教会内に響き、男が軽く俯く。
 しばらく沈黙が漂った。

 顔を上げる頃には、男の口元には笑みが浮かんでいた。
「でも俺はきっと、同じ道を選ぶ。あんたもそうだろう?」
 どのような末路が待っていようと、一度決めた道を歩み続ける。その姿勢はシルバにも共感できるため、沈黙をもって肯定した。
 無言のシルバに男は意気込んで言葉をぶつける。
「それに、いつもどこでも嫌われ者だったわけじゃないからな! 受け入れてくれる人達だっていたぞ」
「今は?」
「むぐっ!」
 痛いところをつかれた男は頬をひきつらせた。こわばった表情をほぐそうとしながら、男は強がるように胸を張った。
「前向きに考えるなら、ここで俺が死んでも悲しむ奴はいないってことだ。良かった良かった……って、冷たい眼差しはやめてくれ」
 見えないながらも相手の表情を感じ取ったのか、男は申し訳なさそうに身を縮めた。
「すまん。わざわざ警告してくれたあんたに失礼だったな」
「別に、身を案じたわけじゃない」
 シルバの中ではけじめをつけたにすぎない。子供の頃に多少世話になったから、その分を返しただけだ。
 貸し借りを無しにしてさっぱりした心境で現代に戻り、英雄に挑む。それ以外の理由は浮かばない。
 シルバの冷淡な答えを聞いていないかのように、男は口元を綻ばせる。
「俺に、生きていてもいいと思ってくれる奴がいた。それだけで……少し救われる」
 シルバは溜息を吐いた。
 心配していないと言っても無駄らしい。面倒なので黙っていることにした。
 笑みを浮かべていた男はふと顔を曇らせ、髪をぐしゃぐしゃとかいた。
「ああでもマルコが……俺と関わったせいで責められないか? あの子がすぐ元の生活に戻れりゃいいんだが」
 少年の今後を心配する男にシルバは背を向けた。
 男が死を受け入れる気でいる以上、この時代でやることはない。
 運命は変わらない。
 男が生きていれば今のシルバは存在しないのだ。過去に移動した彼の行動も織り込んだ上で歴史は成り立っている。
 体の向きを変えないまま、シルバは冷ややかに吐き捨てる。
「俺は英雄になる。あんたとは違ってな」
 侮辱に近い台詞に男は怒らなかった。
 シルバの背を穏やかな声が叩く。
「教えに来てくれてありがとな。……それと」
 男の声が沈み、頭を下げる気配が伝わってきた。
「すまん。俺の都合に巻き込んじまって」
 男はシルバの素性を知らないはずだが、血塗られた道を歩んできたことや、自分が関係していることを察したようだ。
 男と出会わなければ、シルバはシルバと名乗ることもなく、平穏な人生を送っていた可能性が高い。
「俺がお前の道を……狂わせて――」
「くだらん」
 微かに震える声をシルバは切り捨てた。
「この道は俺の意思で選んだんだ。俺の望んだ英雄譚(ものがたり)だ」
 じゃあな、と告げて扉を開けたシルバに再び男が言葉を送った。
「……頑張れよ」
 励ましの言葉は、笑みを浮かべていると分かる声で紡がれた。
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