TW101 SS『忘却・想起』
弓矢を携えた女性の彫像が、寒風に耐えて立っていた。
足元に大勢の男達がいる。黒い衣装に赤いマスクという同じ格好をした百名近くの戦士達と、その先頭に立つ金髪の男。
対峙するのは端麗な容姿の持ち主。
ゲスジャークの二等幹部、ヒョーガ。
華麗な容貌で異性からの人気も高いが、実態は残酷な趣味を備えている暗殺者だ。
「あの像を壊す? 馬鹿なことを言わないでくれたまえ」
極寒の地に相応しくないゆったりとした口調に、ヒョーガは眼差しを険しくさせる。
恐るべき技量を誇る暗殺者を前にしても、金色の髪の男は悠然と構えている。
「闘技場を見守る美しき女神を手にかけようなど……無粋の極みだ」
呆れたように両手を広げる男、ヴォークンの唇は笑みの形に曲げられている。
一方、ヒョーガの氷のような美貌は苛立ちにゆがんでいた。
女神像を破壊しようとするのには理由がある。
像には地球を守るシールドの発生装置が内蔵されているのだ。
女神像を壊し、侵略を阻む盾を消滅させ、地球を滅ぼすのがゲスジャークの目的だ。
大望の邪魔をするのか、やはり裏切るのかと糾弾するヒョーガに、ヴォークンは指を振ってみせる。
「ああ、キミキミ。やるべきことが違うだろう?」
激高するヒョーガを前に、ヴォークンは笑みを浮かべたまま言葉を吐き出した。
「力を以って屈服させる。それが全てだ。……違うかい?」
ヒョーガの眼光が燃え、冷気が吹き荒れた。
戦いが終わっても、ヴォークンの面に歓喜や高揚はなかった。
部下達に指示を出す声は冷めていた。
「墓を建ててやれ。そこの……ええと、何という男だったかな」
心底どうでもいいと言いたげな酷薄な口調が一転し、弾むものへと変わる。
「そうだ、後で我のおやつも供えておこう」
落差についていけないようにチューギ達は一瞬動きを止めたが、命令に従い黙々と作業を進める。
墓が作られる間、ヴォークンは瞼を閉じた。
血のように赤い霧が漂い、心がざわめく。
仇の一人を滅ぼしても霧は晴れない。
大切な者の面影も、名前も、隠れたままだ。
(何故だろう)
記憶力が低下しているのだろうか。
もう何年もまともに眠っていないから、当たり前かもしれない。
何かを覚えていようとしても、心に立ち込めた霧に飲み込まれる。
大切なものを思い出そうとしても、辿りつけない。
代わりに霧の狭間から現れるのは、悲痛な叫びや苦悶の声。
(そうか。力が足りないからか)
彼らは、その程度の力では恨みを晴らすことはできないと訴えているのだろう。
銀河最強の力を手に入れ、復讐を果たせば――きっと。
「ふふ……」
もうじき地球の戦士達がやってくる。
リーダーには好感を抱いた。
それ以外の感情も。
「教えてあげよう、ナンダ・レッド君」
力がなければ何も守れない。
暴虐に対抗する術は、それを超える力のみ。
絶対的な強さだけが拠り所になるのだと。
ヴォークンは気づいていない。己が、憎む相手と同じ行為をしていることに。