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ひよこの足跡ブログ

漫画やゲームなどの感想を書いています。 ネタバレが含まれることもありますので、ご注意ください。

とっとと見せろ

タワハノSS『とっとと見せろ』
※親密度D~Cくらいのナナシとコーラルの会話


 雑務用HANOIの視線が人間の男の横顔に当たっている。
 赤い眼の持ち主は、監察官のコーラル・ブラウンからナナシという名前を与えられた。彼はテーブルに肘をついて物思いに耽っていると見せかけて、コーラルに視線を注いでいる。
 他のHANOIと会話しているコーラルはナナシの眼差しに気づいていない。双眸に剣呑な光が浮かんでいることにも。
 ナナシが知りたがっているのはコーラルの内心だった。
 関心の正体は前向きなものではない。
 知りたいという欲求は冷ややかな感情から生まれている。
 彼は心の中で低く呟いた。
(……暴いてやる)
 狙うのは、善人の仮面に隠された本性。「人間様」らしい顔だ。
 ナナシは確信していた。
 人間はろくでもない奴ばかりで、親切そうに振舞っているコーラルもいつか必ずボロを出すと。
「えぇっ、本当? そっか……嬉しいなあ。そう言ってもらえると励みになるよ!」
 決意した直後に呑気な声が響き、ナナシは舌打ちをこらえた。
 HANOIに褒められてコーラルはにこにこ笑っている。眉は下がり、威厳の欠片もない。
 ナナシはコーラルの言葉の端から、表情の隙間から、HANOIへの蔑視や冷酷さを見つけ出そうとするが、上手くいかない。
 今の状況では収穫が無いだろうと判断し、ナナシはさりげなく視線を逸らした。

(手を上げるどころか怒鳴りすらしねェんだよな……)
 ナナシが記憶を探っても、コーラルの怒声や罵声は検出されなかった。
 大声が出せないわけではない。
 アダムスの悪戯に驚いたり、ローランドの極端な言動に慌てたり、風呂場の大きな蜘蛛に悲鳴を上げたりと、ナナシが聞く機会は何度もあった。
 負の感情が存在しないわけでもない。
 HANOIの境遇を知って声に憤りをにじませたり、陰鬱な場所を探索して暗い顔をしたりするのも見たことがある。
 だがコーラルは、HANOIに大声で怒りをぶつけたことはない。
「……見せて下さいよ」
 誰にも聞こえないようにこっそり呟く。
 HANOIへの怒りを。「いい人」でなくなる瞬間、どんな顔をするかを。
 ナナシは一瞬だけ口元をゆがめたものの、すぐに表情を改めた。
 善良な人間などいないという持論に従ってコーラルの様子を窺ってきたものの、標的は手ごわい。
 コーラルはどのHANOIに対しても友好的に接している。
 反社会的勢力に飼われ、逮捕歴のある雑務用HANOIに対しても例外ではない。
 ナナシにすげなくあしらわれてもめげることなく話しかける。
 普通の人間ならば十中八九腹を立てる言動にも、怒ることなく向き合っている。
(よくもまあ粘り強く付き合うモンだ。……本当に)
 己の態度の悪さにはナナシも気づいている。わざと挑発的な言葉を投げかけ、出方を窺っているのだ。
 現実世界ではこのような振る舞いに及ぶことはない。組の人間を相手に同様の真似をすれば、よくて拳と罵声、悪ければ銃弾を浴びる。
 わざわざ彼らの本心を暴く必要もない。どす黒い心のうちは嫌と言うほど見せられた。
 現実世界では余計な傷を負わぬよう、言葉で相手を持ち上げながら頭を下げ、内心を包み隠して過ごしている。それでも理不尽に怒鳴られ殴られるが、少しでも暴力を振るわれる理由を減らそうとした。
 そこまで考えてナナシは微かに鼻を鳴らした。
(しぶといのはお互い様か)
 人間を刺激すればどうなるか理解しているのに、不毛な行為を続けている。
 コーラルがなかなか「仮面」を外さないため、ナナシも半ば意地になって暴こうとしている。
 ナナシの理性は冷静に、これ以上試すのはやめろと囁いている。
 監察官の機嫌を損ねて享受できる利益など一つも無い。コーラルが「このHANOIは危険だ」と判断すれば、ナナシは廃棄されてしまうのだ。
 だが、ナナシは薄氷を踏むような行為をやめない。
 リスクを承知でコーラルに揺さぶりをかけては、手ごたえを感じられずにいる。
(……早く)
 ナナシの眉間にしわが寄り、心に暗い染みが広がる。
 彼がわざわざ刺々しい態度を取り、コーラルの「本音」を引きずり出そうとする理由。
 それは、安心したいためだ。
 人間などそんなものだと確認して、絶望の海に還ろうとしている。そこは心を揺らされない場所だからだ。
 闇の中にいることに慣れているのに、光が射しては余計な感情が生じてしまう。
 正常な状態に戻らねばならない。諦めに閉ざされた、薄暗く、狭い世界へと。

 成果を得られずナナシは焦り始めていた。
 彼がそっけなくしても、口数を増やして皮肉をぶつけても、コーラルは醜い顔を覗かせることはない。
 仲間との会話を観察しても綻びは発見できず、後で仲間から印象を聞き出しても好評ばかりだ。
 人間の男性に強い恐怖や嫌悪を抱いている歌唱用すらコーラルのことを信頼し始めている。
 忌々しいことに、ナナシにもその気持ちが理解できてしまう。
 最初は監察官と喋ること自体苦痛で、話しかけられるたびに睨んでいたのに、近頃は不快さを忘れつつある。
 「話すのも悪くない」。「自分の部屋にいてもいい」。その先に待つものが、ナナシには恐ろしい。
 それならばとナナシは一計を案じた。
 普通の会話では牙城を崩せない。
 ならば、普通でない状態にすればいい。
「アルコールの力を借りますかね……」
 コーラルは酒に強くはない。
 飲ませて口を滑らかにしてやれば、ナナシの求める言葉を囀り出すだろう。
 ナナシが誘いをかけると、コーラルはあっさり乗ってきた。
「珍しいね。君の方からゆっくり話したいなんて」
「嫌ならいいです」
 怪しまれないようナナシが一旦退くそぶりを見せると、コーラルは食いついた。餌に飛びつく動物のような勢いだ。
 コーラルは慌てて手をぶんぶん振りながら、絶好の機会を逃すまいと身を乗り出す。
「とっ、とんでもない! 嬉しいよ……!」
 予想以上に上手くいった。
 ナナシはほくそえみながら、あらかじめ考えておいた理由を並べ立てる。
「他の奴らが監察官と仲良くしろって口を酸っぱくして言ってくるからな。特にあのおっかない軍事用がうるさいのなんの……」
 嘘ではない。監察官への態度について、仲間から言及されたことはある。
 とはいえ、軍事用のローランドを除けば軽く促された程度で、やかましく注意されたわけではない。真実を織り交ぜた方が効果的だろうと考え、誇張したのだ。
 コーラルは感心したように頷いている。弾む声音で「みんないい子だなぁ」だの「君も仲間想いだよね」だの呟くのが聞こえて、ナナシは頭痛を覚えた。
(ちったぁ疑えよ)
 思わず口に出しかけて踏みとどまる。
 これも演技だろう。大した役者だ。
 そう己に言い聞かせながらナナシは言葉を足す。
「酒でも飲みながらだったら、少しは打ち解けられるかもと思ったんすよ」
「そういうことなら僕もご相伴に預かるよ。あまり強くないけど」
 ナナシが笑みを浮かべたことに、コーラルは気づかなかった。

 後は簡単だった。
 ナナシは酒を適当に見繕い、つまみなどとともに自室へ運び、コーラルと向かい合って座る。
 当たり障りのない話の傍ら、不審がられない程度に酒を勧めて、少しずつ酔わせていく。
 いつもの不機嫌な態度を若干抑えているナナシにコーラルは喜びを隠せない。ナナシが話す時は真剣に耳を傾け、聞き役に回った時は熱心に話題を提供する。
 多少ぎこちなさが漂うとはいえ、二人は今までにないほど友好的に雑談できている。表面上は。
 ナナシは控えめな笑みの裏で、コーラルの顔色や口調から酔いを測っている。
(……そろそろか)
 コーラルの理性の箍が外れかけていると判断したナナシは、タイミングを見計らって口を開いた。
 常にはない優しい口調を作って語りかける。
「俺……知りたいんですよ。アンタは俺のこと、どう思ってるのか」
「う~ん……でも……」
 コーラルはろれつが怪しくなっているのに抵抗を示している。話しづらいネタがあるということだ。
 手ごたえを感じたナナシは内心拳を握った。
「俺も腹割って話しますから」
「分かった……分かったよ」
 コーラルは躊躇った後、言葉を吐き出した。
「仲良く、なりたい」
「……は?」
 予想外の答えに思考が停止したナナシに、コーラルは同じ言葉を繰り返す。
「仲良くなりたい」
 ナナシは己の耳を疑ったが、聞き間違いではない。学校に入りたての子供のような願いに思考が追いつかない。
「別に隠すことじゃねえだろ」
 敬語も忘れて答えると、コーラルは情けなさそうにぼそぼそと喋る。
「こんなこと、僕を嫌ってる君に言っても困るんじゃないかって」
「はぁ?」
 混乱しているナナシにコーラルは切々と訴える。
「仕方ないって言い聞かせてるんだ。君は人間を恨むのも当たり前の仕打ちを受けてきたんだから。でも僕は……君に嫌われるのは悲しいな。でも嫌いっていうのも君のちゃんとした気持ちなんだから僕が無理矢理抑えつけたり変えたりするわけにはいかないし……ううぅぅ」
 おかしい。こんなつもりではない。
 ナナシはこめかみを揉みながら軌道修正を試みた。
「あの、他に言いたいことないんですか。俺に。愚痴とか」
「愚痴? 愚痴……愚痴かどうか分からないけど、あるよ」
 ナナシは身を乗り出し、決定的な情報を掴もうと耳を澄ます。
 コーラルは息を吸い、言葉とともに力強く吐き出した。
「ケガしても隠すのはやめてほしいな。ナナシ君」
 据わった目で宣言され、ナナシは黙っていることしかできない。
「誰かが元気ない時はすぐに気づいて声をかけるし、掃除当番だってミラが褒めるくらいしっかりこなすのに……どうして自分の身体は蔑ろにするんだ」
(ぼんやりしてるように見えて、油断ならねえな)
 敗北感を味わい、ナナシの眉間にしわが寄る。
 仲間とのやり取りや当番の状況にコーラルが気づいているとは思わなかった。自分が一方的に見定めているはずの標的に行動を把握されていたのは、居心地が悪く、腹立たしい。
 ナナシの苛立ちにも気づかず、コーラルは沈痛な面持ちだ。
「君はずっとストレス値が下がらなくて、辛い思いをしていて……どうすれば……和らげられるんだろう……僕に、できること――」
 頭がぐらぐらと揺れ、コーラルはテーブルに突っ伏した。
 すぐに寝息が聞こえてくる。
 ナナシは溜息を吐いて、コーラルの後頭部に視線を落とした。
「ったく。とっとと見せろよ」
 怒り。大声。命令。険しい表情。穏やかな眼差しの奥の本音。
 何でもいい。
 今まで出会った人間だと同じだと確かめねばならない。
 早く、早く、期待を捨てなければ――
「……何考えてんだか」
 宛先不明の呟きが酒の香りに乗って広がった。
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